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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第二章 未熟者の挑戦
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無意識

 雪はその手に抗うことなく、受け入れた。


 自分の腕を強く握る冷え切った手、宙に浮くこの感じ。

 それらを感じながら、雪の顔はとても幸せそうに笑っていた。


 数秒待っても一向に感じない痛みに、雪はそっと意識を戻す。

 ――そう言えば、本当に強い奴の攻撃は痛みを感じないって聞いたことがあるなぁ。

 握り拳を作り、過去にあちらの世界で聞いた話を思い出す。


 しかしそれにどれだけ力を加えても、体には何の変化もなかった。

 いくら正統後継者とはいえ、こんなにも痛みがないのかと不思議に思った雪は、閉じていた瞼を薄く開けた。


「……えっ、?」

 うっすらと開けた雪の視界に入ったもの。

 それはあと数秒で閉鎖される魔界との繋がりに近づく自分の体だった。


 羽花の考えていることを瞬時に読み取った雪は、自分の体を抱える羽花から離れようとしたが、それはあと一歩のところで失敗に終わる。

 体に力を入れようとした瞬間、雪の体は宙に浮き、思わず異門に触れてしまった左腕はぬるりと不快な感覚を残し吸い込まれていく。


「な、んで」

「私は、人間を襲う気のない魔物を祓いたいとは思わない!!」

「でも、それは違反行」

 反論する雪だが、時刻は既に三時に差し掛かっていた。タイムリミットはもうすぐそこまで来ている。


 徐々に飲み込まれていく雪はそのことに気が付き、顔を顰める。

 体が少しでも飲み込まれてしまえば、もう後には引けない。それが魔界と人間界を繋ぐ異門の吸引効果だった。


「明日、」

 体が完全に人間界から姿を消す寸前、その声は聞こえてきた。

「また明日、話をしよう。雪」

 その一言を告げた時異門は光を失い、本日の任務が終了したことを示した。


 数分間異門をジッと見ていた羽花は、公園を一周し最終確認を行う。

「こちら蓮水羽花、蓮水羽花。

 本日の任務が無事終了したことを報告いたします」

 天睛班からの返答を受け取り、羽花は公園を後にした。


 だから知らない。


「優しさは、時に残酷なものに変化するんだよ」

 廃れた街並み――草木は枯れボロボロになり、至る所に転がっている。

 そこには数えきれない程の遺骨が積み重なり、山を作っている。


 その山に触れある布切れを手に取る。

 それはつい先ほどまで同じ時を過ごした少女の物と同じだった。


「お姉ちゃん」

 手にした布をそっと骨の山に被せ、その場を去る。

 一つの骨が音を鳴らし動いたことで、綺麗に積まれていた骨は次々と崩壊していく。


 最後にカタリ、と音を鳴らし静まり返ったこの空間。

 そこにはバラバラになった大量の骨が見るも無残にばら撒かれていた。


 そこに一人の魔物が通った。

「綺麗に積み重なって出来た偉大な山が、ふとした些細な出来事であっけなく崩壊する」




「見物だぜ」

 ニヤリと口角を上げたその人は、次の瞬間には姿を消し、その場には散らばった遺骨と布だけが悲し気に放置されていた。



 ※ ※ ※ ※


 時刻は午前三時四十分。

 羽花は任務を終え公園を後にし、家についた。

 しかし到着から何分経っても、羽花には扉を開ける勇気が出なかった。


 引き戸に手をかけては引っ込め、また手を出し。何度繰り返したかわからないその動作に終わりは見えない。


「初めて、故意に魔物を逃がしてしまった」

 小さな声で呟いたその声は、人っ子一人いない朝の寒さの中に消えていく。

 昨夜から続いていた吹雪はすっかり治まり、静かな空間が広がっていた。



 羽花は罪悪感から家の戸を開けられずにいたのだった。

 タイムリミットが迫り、咄嗟の判断で私情を優先してしまった。


 ――蓮水羽花としての判断ならば、間違ってはいない。

 なぜならば、後悔はしていないから。


 けれど使命を言い渡されている蓮水家の術者、それに加え正統後継者としてはあるまじき行為であると自覚している。


 一向に温かい室内に入れず、羽花の体は芯まで凍っていく。

 その時、ポケット内のスマホが振動し何かの知らせを告げる。


 積もる雪を掻き分け、家の正面から少し離れた羽花は着信を知らせるスマホを取り、耳に当てた。


「もしもし」

『もしもし、羽花?』

「茉莉姉……?」

 耳元から聞こえてきたのは、隣の家に住む七歳年上、兄:朝陽と同い年の茉莉の声だった。


「どうした、」

『……大丈夫?』

 羽花の言葉を遮った茉莉は、静かに問いかけた。

「うん、大丈夫だよ」

 電話越しで表情は見えないというのに、口角を上げ拳を上げ答えた。


「じゃあ、どうしてずっとそこにいるのよ」

 耳元から聞こえるその声が、すぐ後ろから聞こえ、羽花はゆっくりと振り返った。


 そこには暖かそうなもこもこの部屋着に身を包み、カーディガンを羽織る茉莉の姿があった。

「茉莉姉、風邪ひいちゃうよ」

 羽花は咄嗟にそう口にしたが、茉莉はその声には答えなかった。


「今日の任務に何があったのよ」

 眉を下げ、心配そうな眼差しで見つめられ羽花は言葉に詰まった。

「私の部屋からここがよく見えるの、忘れてたでしょ」


 茉莉が見上げる席には、小さな窓が二つある。

 右側の窓は茉莉の部屋で、羽花は小さい頃遊びに行ったことがある。


 けれど、七歳も違えば当然生活時間に違いが起こり

 いつしか茉莉の部屋へ遊びに行くことは無くなっていった。


 その代わり、生まれた時から隣にいた翔の部屋には何度遊びに行ったことか。

 そこからの景色にすっかり慣れてしまっていた羽花は、完全に油断していたのだった。


「そう言えばそうだったね」

 羽花の部屋の正面、向かい合うようにある翔の部屋は壁の死角になりここからは視界に映すことは出来ない。反対に、玄関側に面している茉莉の部屋からは、何の障害もなくはっきりとこの場所が見えるのだった。


「……もしかして」

「大丈夫。朝陽は何も知らないよ」

 羽花の言いたいことに一早く気が付いた茉莉は、先に否定した。


 茉莉が自分を心配しているのは兄が妹の帰宅がまだなことを教えたのか、又は既に兄へ情報が入っているのではないか、その可能性を考えていた。

 そのことに安堵した羽花は、居心地の悪いこの空間から逃れるように視線を逸らした。


「えーっと、」

「ねえ、羽花?」

 その時、目の前に立つ彼女から名前を呼ばれ咄嗟に顔を上げた。


「家来ない?」

 微笑みながら提案した彼女の鼻は、寒さのせいで赤く染まっていた。



「はい、ミルクティー」

 先に部屋に行ってて、そう言い台所へ姿を消した茉莉が戻ってきたのは、あれから十分程経った頃だった。


 ストーブで温まった室内、受け取ったカップの温かさ、喉を流れるミルクティーが芯まで冷えた体を温めてくれる。

 その温もりにホッと息をついた羽花は、意味もなくマグカップの模様を凝視する。


 自分でもわかっていた。

 この居心地の悪さから逃避するための悪あがきだということは。


「今お風呂沸かしてるから、温まっておいで」

 茉莉は正面に座り、優しく声をかけた。


「そんな!!すぐ帰るから大丈夫だよ」

「いいからいいから」

 そう言って茉莉が差し出したのは、昔からよく食べてきた馴染みのあるパンだった。


「お腹空いたでしょ?

 ごめん、今家にこれしかなくて…」

 申し訳なさそうに謝る茉莉だが、羽花にとっては嬉しいものだった。


 一つ入りで梱包されている長方形のカステラ。

 昔はよく、母の買い物に付いて行き買ってもらっていたっけ。

 そしてもう一つ。

 食パンの白い部分の中にいろんな味のクリームが挟まっている菓子パン。

 赤茶色のパッケージには板チョコのイラストが印刷され、いつもこのパッケージを見るたび食べたい欲が増していた。


「懐かしいなぁ。任務の前、翔と二人で食べてたな」

 羽花はパンを手に取り、眺めながら呟く。

「二枚入りだもんね」

「うん」

 任務前に母親に持たされ仲良く一枚ずつ食べたり、はたまた味違いの物をシェアしたり。

 このパンには遠い昔の、大切な思い出が詰まっている。


 羽花は手にしていたパンの封を切ると一枚取り出し、残り一枚を差し出す。

「はい、茉莉姉」

「羽花が食べなよ」

「ん-ん、こっちも食べたい」

 カステラを指さす羽花に微笑み、パンを受け取った茉莉は「ありがとう、いただきます」そう言って一口頬張る。


「いただきます………美味しい。茉莉姉ありがとう」

 続いて羽花も一口かじり、口の中に広がる程よい甘さに思わず顔をほころばせる。

 食べ終わって数分後、お風呂に向かった羽花を見送った茉莉は、先程から壊れたかのように振動を続けるスマホを手に取り、耳に当てた。


「おはよう、しつこいわね」

「羽花ちゃんは?」

「お、は、よ、う」

「おはよう。で、羽花ちゃんは?」

 渋々挨拶を返す朝陽に溜め息をつき、その問いかけに答える。


「家にいるわ。何か思い詰めていたから、何かできないかなと思って」

「そうか、わかった」

「随分物分かりが良いのね、珍しい。吹雪くのかしら」

「いや夜中まで吹雪いてたよな?」

 唸り声を上げた朝陽は、深い溜め息をつき口を開いた。


「今回は俺の出る幕じゃないからな」

「そう?」

「ああ」

 朝陽の言葉を最後に、二人の間には静寂が訪れた。



「どうしてかって、聞いてもいいのかしら?」

 それを破ったのは、いつも皆を優しく引っ張る茉莉だった。

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