ユキンコ
「それじゃあ、行ってきます」
羽花は重い腰を上げ、寒さの中に足を踏み入れた。
「うぅ、寒い……雪も酷いし風邪ひいちゃうかも」
今日は大雪に風が着くという最悪のコンディションだった。
しかし、人々の平穏を守る術者には関係の無い事だった。
そしてそれは魔物にとっても同じだった。
時刻は十九時。
任務開始から一時間程経った第四異門では一つの会話が行われていた。
「雪だるまはねぇ」
「うん?」
「下の丸を大きくするといいんだよ」
「バランスをとるためかな?」
「うん!」
この吹雪の中、なぜ雪だるまを作っているのか――それは数十分前に遡る。
※ ※ ※ ※
羽花がこの公園に到着したのは十八時の任務開始時刻三十分前の事だった。
雪に埋もれたベンチの上を払い、そこに腰かけた羽花はぼんやりと考え込んでいた。
――こんな天気じゃ戦うの大変だし、来ない方がいいなぁ。
でも動かないと寒いから、来てくれた方が動けていいのか。
羽花は自身の腕で輝くブレスレットに視線を移す。
時刻は任務開始時刻数秒前を示している。
羽花は寒さで固まる体を動かし、異門の目の前に移動した。
そして長針が真上を向いた時、現れたのがこの、
「ねえねえ、もうちょっと大きい方がいいかな?」
謎の少年だった。
謎の少年は異門の解放と同時に人間界へ侵入してきた。
相手の一手目を待っていた羽花は、天力の解放準備をしながら少年を見つめた。
しかし、その少年の行動は驚くものだった。
「雪だるま作ろ!!!」
年相応な無邪気な笑顔で手を伸ばし、羽花の手を待っていたのだった。
※ ※ ※ ※
それから一時間。
二人の周りには沢山の雪だるまが並んでいた。
それもそのはず、少し手を抜けば
「お姉ちゃんもちゃんと作って!!」
とお叱りを受け、渋々手を動かしていたのだ。
二人がかりで一時間も作り続けていたのなら、相当な数が出来上がるのは言うまでもないだろう。
しかし不思議なことが一つ。
この吹雪の中、二人が作った雪だるまは風に吹かれても形を崩すことなくしっかりと立っていたのだった。
――なんでだ。
風に煽られ、時々体制を崩す羽花は、恨めしそうにその雪だるまを見つめていた。
「ねえ、何個作るの?」
先の見えない地道な作業に、羽花は意を決して問いかける。
「いっぱい!!」
何十個目が分からない雪だるまの頭を乗せた少年は、笑顔で答える。
羽花は戸惑っていた。
異門からの侵入、恐らくこの子も魔物だろう。
しかし魔物特有の力を感じるのに、羽化に対する厭悪は微塵も感じられない。
脳裏によぎる、前回の会議。
6歳前後の男女の双子・謎の少年が我々術者を狙い、ポイントを集めている。
もしかしてこの子が双子の片割れなのだろうか。
「違うよ」
少年は手の中で丸みを帯びていく雪の塊を見つめ、視線を逸らすことなく答えた。
「なんで、」
口には出していないはず――それなのに心の中を読まれた。
「僕は正真正銘の”マモノ”だから」
新しい雪だるまを作り終えた少年は、更にひと握りの雪を掴み答えた。
「魔物は人間を襲うんじゃないの?」
羽花は躊躇いながら、疑問をぶつけた。
「うん。
人間は ”魔物達”の力の源だからね」
ならどうして、その言葉が口から出ることはなかった。
いや出せなかったのだ、隣で雪を丸め続ける少年の姿を見てしまったら。
「君、お名前は?」
羽花の口からはこの質問が飛び出した。
「雪だよ。この ”雪”」
手の中で丸くなった塊を見せ、答える。
「雪くん?」
「そのまんまでしょ?」
ようやく顔を上げた少年は笑顔を見せた。
「うん」
肯定した羽花から視線を外した雪は、
「そうだよね」
と声を漏らした。
「まあ、似合ってはないけど」
「え?」
羽花のその言葉にゆきは目を丸くして顔を上げた。
その顔に、無意識に口にしてしまった言葉を思い出し羽花は慌てて謝罪する。
「ご、ごめん!!!失礼だよね!!
ごめんなさい!!可愛い名前なんだけどね、 ”ゆき”って。
私のクラスにもいるんだよ”ゆき”って名前の子。
その子は女の子なんだけどさ。
『可愛い名前だな』ってずっと思ってたの。
あ、いや。女の子みたいだって訳じゃなくて、えーと、その」
もはや自分でも何を言っているのか分からなくなった羽花は、一度深呼吸し口を開く。
「雪って可愛いけど、雪くんは凄く優しくて温かい子だから『雪が解けちゃうな』って思ったから」
それだけ、と強引に話を終わらせた羽花は新しく雪を掴み丸め始めた。
「……そっかぁ」
雪は納得したように声を上げ、手元に視線を戻した。
その時、突然騒音が鳴り響き辺り一面が光に覆われた。
「ナニ、シテル?」
毛玉に手足が生えたようなその姿。
毛玉の中心には大きな眼球が一つついており、地面に並ぶ大量の雪だるまが気になるのか視線を動かし問いかける。
――言葉によるコミュニケーションが可能。中級以上。
瞬時にそう判断した羽花は、戦闘態勢を整え相手の動きを待つ。
「ナニ?」
「雪だるまを作っています」
「ユキ……」
「うん。雪を丸めて、こう」
実際に目の前で作って見せると、魔物は手を叩きながら目を細めて喜んだ。
「スゴイ。ダルマ、スゴイ」
嬉しそうに飛び跳ねる魔物は、次の瞬間ぴたりと動きを止め、ある一点で視線を止めた。
「ソレ」
「え?」
羽花が魔物の視線を辿ると、そこには自身に刻まれる証があった。
「あ……」
隠したところで意味はないのだが、咄嗟に逆の手で覆った羽花を見て、目の前の魔物はより一層目を細めた。
「コウケイシャ、チカラ。
ホシイホシイホシイ、チカラガホシイ、ツヨクナリタイ」
貪欲に力を欲する目の前の魔物に、羽花は思わず後ずさる。
耳には届いているはずだが、雪は一切その声に反応することなくひたすら雪だるまを作り続けていた。
「……違い、過ぎない?」
羽花は対照的な二人に思わず、言葉が漏れた。
その油断を見破ったのか、魔物はいよいよ戦闘態勢に入った。
緩められていた口元は閉じられ、細めていた目を極限まで見開き、全身の毛を逆立てた。
羽花は右に素早く移動する。それを追うように逆立った毛は、鋭い刃に形を変え、羽花を目掛け一直線に飛んだ。
――正面右、左から三本、異門の裏側から二本が飛んできている。
「後ろから四本、」
全ての攻撃を避けながらも、魔物との距離を詰める。
相手の心臓に術を発動させようと手を伸ばした瞬間、ある違和感に気が付き動きを止めた。
――変幻……!!!
魔物の体は突然黒い煙に覆われ、姿が見えなくなった。
『変幻中、魔物は自身を覆う煙で全ての攻撃を跳ね返す』
以前、若匡が言っていたことを思い出す。
試しに一撃放ってみたが、案の定魔物に届くことはなく煙によって消されてしまった。
『黒い煙に包まれ魔物は変幻する。
低級から中級へ、中級から上級へ。そして上級からトップ連中へ。
ひと位ずつ階級が上がり、力を多く所持し、攻撃も強くなる。
それが魔物と交戦する際に起こるであろうことじゃ』
今まで数え切れないほどの任務をこなし、たくさんの魔物と戦ってきた。
当然、変幻を目の当たりにしたのも初めてではない。
しかし今まで見てきたのは低級が変幻する姿だった。
元々、人間とのコミュニケーションを取ることができる中級が変化するところなど、今まで見た事がなかった。
それもそのはず、変幻というのは誰でも出来ることではない。
ある一定の天力を貯えて、初めて発動できるものなのだった。
例えて言うならば、欲しいものを買うためにコツコツ貯金し、大金を支払って手に入れる、それと同じだった。
変化中の魔物には、あらゆる攻撃は通用しない。
羽花は身をもって実感したそれを噛み締め、ただひたすら魔物が真の姿を表すのを待っていたのだった。




