三人目
「ポイント稼ぎ?」
空中を飛び回りながら、茉莉は口を開いた。
先程から天睛班との連絡が途絶えている。
恐らくこの双子どちらかの攻撃の影響。
連絡が付かないことで誰かが応援に来てくれるのを待つか、それとも――茉莉は女の子の攻撃を器用に躱しながら、未だ拘束されている弟に視線を向けた。
――まだまだね。
「火属性 正二位 活火激発」
【活火激発】『火』属性に属する術者の天力によって生み出される技。
激しい炎が勢いよく起こることを意味している。
茉莉によって生成された炎は、火山が爆発するように激しく燃え盛っており、辺り一面が熱気に包まれた。
しかしこれはあの幼い二人の命を奪うために発動したわけではない。
茉莉は、一部だけ術式を発動させない逃げ道を作っていた。
上空から見下ろしその時を待つ。そして炎の隙間から突然飛び出してきた三日月を、自身の炎の塊で受けた茉莉は一気に畳みかけた。
炎のない、その空間。
彼女の天力によって作られた唯一の逃げ場。
――今!!!
その空間に小さな影が入り込んだ瞬間、結界を張り閉じ込めた。
「あれ?」
しかしそこにいたのは、ベンチに座っていたはずの男の子ただ一人。
茉莉は、真横で刺さったまま動きを止めている三日月に視線を移した。
「もう一人は、」
その時、不意を突くように耳元であどけない声が聞こえた。
「残念でした」
その声と同時に笑顔がこぼれた。その笑顔は――
「雷属性 従一位 疾風迅雷」
相手の笑みを視界に映した途端、突然体に電撃が走った。
「ッ…」
笑顔を見せたのは、三日月の持ち主ではなく茉莉の方だった。
「残念でした。ずっとこの時を待っていたのよ」
ショックを受け気絶した女の子を脇に抱え、景は姉の横に立つ。
【疾風迅雷】『雷』属性に属する術者の天力によって生み出される技。
非常に速い風と激しい雷という意味から、動きや変化が非常に速い様子を表す。
景から発せられた稲妻は目にも留まらぬ速さで空間を切り裂き、女の子の体に直撃した。
拘束されていた景が、脱出できた理由。
茉莉は残りの天力を拘束を解除する目的で消費するのは勿体ないと判断した。
そもそも景程の実力を持ち合わせている者でも苦戦する拘束を、茉莉が一瞬で解くことは難しかった。
そこで茉莉が立てた計画。
離れる直前、拘束の解除を諦めたと見せかけ、天力を僅かに付与。
そうして相手が「敵は一人」と油断しているところで、攻撃をし続ける。
その間拘束への天力をバレない程度に強めていき、最終局面。
二人を完全に引き離し、片一方が仕留めに来たタイミングで拘束が解けた景の術式を発動させる。
タイミングがずれれば、即終了の賭け。
そして景の天力が足りなくても負けてしまうこの賭け。
でも茉莉は弟のことを信じていた。
温存させた三パーセントの天力が、相手にダメージを当てるほどの威力を出してくれることを。
「ない」
「そう」
命に問題はないと報告する景を確認し、茉莉は自らの結界内にいる男の子の元へ歩き出した。
その後ろを、女の子を抱えた景がゆっくりと追いかける。
「私の天力の三パーセントならしょぼすぎるけど、
景の三パーセントは、私の四十パーセントくらいあるでしょ」
「ねぇよ」
その時、二人の背後から驚くほどのスピードで駆け抜けるある人影があった。
その影は景に抱えられている女の子を奪い、あろうことか茉莉の結界内にいとも簡単に侵入し男の子を抱きかかえると、消失しつつある異門の中へ姿を消した。
「ちょっ!!!」
すかさず天力を放とうとしたが一歩遅く、何十年ぶりに開かれた第二異門の入り口は完全閉じられた後だった。
「今」
「ええ。
術式本人じゃない限り、結界内への侵入は難易度が高い。
流れるように自由に出入りするなんて、一体……」
茉莉はネックレスのチャームを口元に近づけ、呼びかけた。
ようやく繋がった天睛班、そして他の異門に報告を終える。
「他の異門も無事閉じられたみたいよ」
二人はこの後行われる会議に参加するため、急いで家へ戻った。
騒がしかった四つの異門の周りには人の姿が無くなり、静寂が訪れた。
そこに響く一つの声。
「なるほどねぇ。をかしきものを見き」
声の主はその場を静かに立ち去り、謎の緊急事態はこうして幕を閉じたのだった。
※ ※ ※ ※
「まず第一異門から」
若匡は傷だらけの景を後ろから回復術で癒しながら口を開いた。
景は呼吸が苦しそうだったが、暫くすると落ち着き始め、今は軽い傷の痛みだけで治まっていた。
「はい」
一歩前に出た羽花は、交戦中の記憶を呼び起こしながら口を開いた。
「鳳莱茉莉と第一異門に到着した際、既に七十体程の魔物がいました。
言語の有無からして低級と判断し、二手に。
途中、鳳莱茉莉を第二異門へ。
数の多さは引っかかりますが、全ての魔物を祓済みです」
「ご苦労」
若匡は続いて、朝陽に視線を向けた。
「はい。
蓮水朝陽、優美、鳳莱景は第二異門へ到着後、複数の中級魔物を確認。
鳳莱景一人で充分だと判断し、僕と優美は第三へ移動。
そこで二体の魔物を確認しましたが、無事完了致しました」
「次、第四」
「はっ、」
「蓮水修、鳳莱徹は――」
「ちょ、俺が言いたい!!!」
若匡の声に元気よく返事をした徹を遮った修は、相手にすることなく報告を始める。
「時間外の侵入は気になりますが、数もレベルも大したことはなく、無事完了致しました」
「ご苦労。問題は、」
若匡は第一、三、四と報告を受け、飛ばしていた第二を担当した二人に目を向ける。
景の回復術を施し終えた若匡、二人の正面に腰を下ろした。
「普通だった」
「何がじゃ」
「最初は」
相変わらず口数が少ない景は、壁に背を預けながら短く言葉を紡ぐ。
「魔物祓後、突然後ろから襲撃。
あとは茉莉に聞けばわかる」
しんどそうに目を閉じた弟を見た茉莉は、若匡に向き合い口を開いた。
「第一異門を蓮水羽花に託し、第二異門へ移動。
その時には鳳莱景は拘束され、全身大量の傷跡あり、天力も本人曰く三パーセントしか残っていなかったそうです」
茉莉は時に景の言葉を借りながら、あの時起こった全てを報告する。
そして一通り話終え、一番の疑問をぶつけた。
「魔物ではなく、私達術者同士が争うことに何かメリットはあるのですか?」
若匡はゆっくりと瞼を閉じ、息を吐き出し告げた。
「そもそも、この家以外の術者など見たことがないんじゃ」
「ましてや、異門を出入りできる術者なんて……」
修は顎に指を当て、考え込んだ。
『それは、直接聞き出すしかないのねん』
静かに傍聴していたアネモネが、突然声を上げた。
「直接ってどうやってですか?」
朝陽のその問いに、アネモネは指を突き立て答える。
『要は考えても分からないからこそ、誰かに聞くしかない。
それなら方法としては、相手との接触を図るしかないのねん。
どうやって会えるのかは分からないけどねん』
「あのー、」
その時会話に割り込んだ人物がいた。
彼女は下を向きながら、小さく呟く。
「その双子の方達の言葉に、何かヒントはないんでしょうか?」
その時、双子と交戦経験のある貴重な人物が声を上げた。
「あ、」
「なんだ!?茉莉!!」
誰よりも早く食いついた徹は身を乗り出し、問い詰めた。
「あの時、双子は私達を『鳳莱姉』『鳳莱兄』と呼んでいました」
「もしあの場にいる人物だけで考えるなら、『姉弟』だな」
ホントだぁ!!!と騒ぎ立てる徹の横に座る修は、冷静に思考を巡らす。
「ということは考えられるのは――」
朝陽はそこで口を閉ざし、ある一点を見つめた。
この部屋の全員が、そんな彼に促されたかのように視線を移す。
その先には。
「……私?」
蓮水家七代目正統後継者の姿があった。




