月と星
「遊ぶって、なにッ」
茉莉のその声を無視し、双子は先手を放つ。
鋭い弧を描く三日月が恐ろしい程の速さで茉莉を目掛けて飛んでくる。
ギリギリのところで躱した茉莉は、もう一度問いかけた。
「あなた達、遊びって」
「遊びだよ、こんなの」
「こんなの?」
「自分の理想を思い描いて、実行して、実現させる。
こんなに楽しいことはないよね?」
楽しそうに顔をほころばせる女の子は、次々と三日月を振り投げる。
遠心力により飛ばされたそれは、ブーメランのように円軌跡を描きながら元の場所へ戻っていく。
茉莉への攻撃も忘れずに。
複数の三日月が、絶妙なタイミングで周りを飛び続け、茉莉の動きは牽制される。
避けるので精一杯で、術の発動の余裕が全くない。
――やばいわね。
茉莉は、汗を流しながら思った。
攻防一体のこの場面。どうにかして反撃の機会を作らなきゃ。
「でたでた月が~丸い丸いまん丸い~盆のような月が~。
まあ、丸いお月様だけじゃないけどね」
頭を揺らし楽しそうに歌った女の子は、ぴたりと動きを止め目の前の茉莉に集中した。
「月属性 皓月千里」
その瞬間、辺り一面が白い光に包まれ、より一層月光が綺麗に映える。
【皓月千里】月を使う彼女の攻撃。
白く輝く月が、千里のかなたまで照らしている様子を意味する。
この技は文字通り、白い光で自分の領域内を照らし、自分優位の攻撃をすることが可能になるのだった。
自分の思うがまま、理想通りに物事が進んでいく、かなり難易度の高い技である。
しかし、茉莉は別の物に意識を持っていかれていた。
「い、今、属性って言った、わよね?」
「え?うん」
さも当然のように即答する女の子を凝視した茉莉は頭の中に複数の選択肢が浮かび上がった。
まず魔物か否か。
異門からの侵入と考えると前者の説が濃厚。
しかし、そうとは言い切れないのには理由があった。
なぜならば、魔物は天力とは違う、魔物独自の力を所持しているためどの属性にも所属しない。
あくまでも『火属性』ではなく『火の使い手』のように複雑な術の組み立てはなく、
己の力を最大限に使うというのが魔物の戦い方である。
次に一般人か否か。これは確実な答えが出ている。
おそらく見たところ、年は六歳前後。
通常十歳までは一般人も天力を保持しているため、力を持っていることは何も不思議なことではない。
しかし一般人と術者の大きな違いが一つ。
天力を攻撃として放てるかどうか。
一般人は天力を持っていても、我が身を守るため攻防に使用することは出来ない。
軽く力を放つ程度の放出しか出来ないのであった。
それなのにこの女の子は『月属性』に属し、それに加え術式を習得している。
一番確率が高いのは『術者』であるという答え。
――それでも
「属性を持ち、術式を使用できるのは代々伝わる鳳莱家と蓮水家だけなはずじゃ……」
茉莉が自身の導いた答えに確信を持てないのは、この言い伝えがあったからだった。
「鳳莱姉、一つ忠告させてもらうよ」
瞬く間に視界から消えた女の子は、気づいた時には茉莉の背後に移動していた。
「ッ…」
突然の出来事に、茉莉は心臓が嫌な音を立てたのを感じた。
――決して油断していたわけじゃない。
考えながらも、マークは絶対に離さなかった。それなのにどうして、
「やっぱりつまらないなぁ」
初めて、三日月を放り投げることなく手に握りしめた女の子は、茉莉の首を目掛けて振りかざした。
――間に合わ、
どの技も自分の身を守るのには遅すぎる。
鋭い先端は、既に残り数センチのところまで来ていた。
その時轟音と共に目を突き刺すほどの光が辺り一面に広がった。
その光は、圧倒的な存在を放つ月の光を消し去るように鋭く地面を刺す。
相手の一瞬の動揺を感じた茉莉は、振り向きざま渾身の一撃を放った。
「火属性 従一位 十字砲火」
振り向くと同時に、左右の手を交差させた茉莉から放たれた火の塊は、交差しながら女の子の体に向かって飛んでいく。
「わっ、びっくりした」
寸前のところで躱されてしまうが、今の数秒で茉莉は彼女と距離を取ることに成功した。
「景、大丈夫?」
背に庇う弟に声をかけ、先程の感謝を伝えた。
「助かったわ。危うくやられるところだった」
切り傷だらけの弟に視線を移した茉莉は、その傷の多さに目を見開いた。
「あんたが普通にやられるとは思わないけど」
景は視線だけ動かし、問いかけてくる姉に答えた。
「攻撃力は女の子の方が高い」
作戦を立てているのか、双子は何かを離しながらこちらの様子を伺っている。
「そう言えば、あっちの子は参加してこないわね」
茉莉は、ずっとベンチに座りこちらを静観していた男の子に目を向けた。
「あいつの方が怖え」
その言葉に、弟の方へ顔を向ける。
身をもって知った言いっぷりに茉莉は改めて今の状況を確認しようとしたのだった。
「これ」
そう言って景が指したのは、自分の身を拘束している十字架だった。
「これは、あいつのだ」
茉莉は自身の天力を使い、拘束を解除しようとした。
しかし景の声により、茉莉はその手を止める。
「やめろ、無駄だ」
「え?」
「何をやってもびくともしねぇ」
力が消費されるだけだ、そう呟いた景は、遠くにいる男の子を睨み付けた。
「何者だ」
茉莉は口を開けなかった。
悔しいが、両家の中で一番の実力を誇るのは弟の景だった。
そして彼は、桁違いの天力も保有している。
そんな彼が歯が立たない相手。
凶悪な魔物でもなく、経験の差がある術者でもなく、あの謎の幼い子供に。
「残りの天力は?」
「多く見積もって三パー」
「そう」
茉莉は背を向け、弟から離れた。
「じゃあその時が来るまで、そこで休んでいるといいわ」
それだけ言い残し、茉莉は振り返ることなく双子の元へ消えていった。
「は?」
訳が分からず声を出した景は、自身の体を襲う痛みに逆らえず静かに目を閉じた。
「ねえ?」
仲良く会話をしている双子に、茉莉は背後から声をかけた。
「なーに?」
気配を消して近づいたのにも関わらず、二人は驚くことなく不思議そうに見上げた。
いつ攻撃が飛んでくるかという警戒心を持ちながら、茉莉は静かに問いかける。
「あなた達戦うことが好きなの?」
二人は目を丸くし、キョトンと茉莉を見つめた。
「え?」
「え?」
二人のその声に、思わず反復してしまう。
「私達、別に好きとか嫌いとかどうでもいいもん」
「いいもん」
「相手が生きるとか死ぬとかも興味ないよ」
「興味ない」
女の子の言葉を繰り返す男の子は、初めて自分から口を開いた。
「僕達の狙いはあなた達だから」
「魔物とか論外なの」
「論外」
「え?私達?」
確かに、景の周りには魔物と交戦した跡が残っていた。
――つまり魔物の祓後に、この二人が乱入してきた?
この言いっぷり、恐らく二人は魔物がいても景を狙うに違いない。
そう確信した茉莉はもう一度静かに問いかけた。
「今の言い方、あなた達は魔物ではなく術者よね?」
「うん」
声を揃え首を縦に振る、二人を見つめ本題に入った。
「術者同士の争いに意味なんてないでしょう?」
茉莉のその声に、顔を見合せた二人は満面の笑みで答えた。
「ポイント稼ぎだよ、鳳莱姉」
「ポイント稼ぎ」
殺気を感じ取った茉莉は、瞬時に空中へ避難する。
女の子の手には、先程と同じ鋭い三日月が握られていた。
「だからやられてよ、鳳莱家」




