交錯する任務
「う、そでしょ?景兄が?」
羽花は嫌な音を立てる心臓を抑えながら、呟いた。
鳳莱若匡、蓮水修、鳳莱徹、蓮水朝陽、鳳莱茉莉、蓮水優美、鳳莱景。
沢山の術者がいる中で、羽花にとって景こそが一番の術者だった。
他の先輩も足下に及ばない程強い。強いけども、景から放たれるオーラは格別だった。
他を寄せ付けないオーラと術式、相手のタイミングなんて関係ない自分主体の攻撃。
そんな彼が追い込まれるなんて、考えてもみなかった。
昔、若匡が『必ず勝てる戦いは存在しない』と言っていたが、どんな時でも勝利を手にする彼に敗北は無縁だと思っていたのだ。
羽花は横目で隣の術者を確認した。
そこには目を見開き固まる茉莉の姿があった。
こうなるのも無理はない。
ただでさえ数年前に弟を亡くしたばかりなのだ。
それに加え今回の、術者としてかなりの実力を持つもう一人の弟の応援要請。
また失ってしまうのではないか、という恐怖が茉莉の体を支配していく。
「茉莉姉、」
誰の耳にも届かない、蚊の鳴くような声で呟いた名前。
聞こえるはずのないその声に、茉莉は勢いよく顔を上げた。
彼女は瞬時に状況判断を始めた。
先程の爆発により、命途絶えた者の再生の可能性はない。
そして、生き残った魔物も僅か六体。
言語の有無、交戦中の力の使い方からして低級。
先手を打ってこないところを見ると、恐らくこれ以上力を持った何かに変化することはない。
「羽、」
「私は大丈夫。一人で戦える」
羽花は茉莉の言葉を遮り、相手を見つめながら言った。
「だから早く行ってきて」
茉莉の目を真っ直ぐ見つめ微笑んだ羽花に茉莉の脳内に流れた記憶。
『羽花ちゃんは強くなるよ』
シスコンのあいつが言っていた、自信ありげに。
あの時弟の後ろを必死に追いかけるだけだった彼女は、いつの間にかこんなに頼もしく成長していた。
私より、あいつの方が見る目があったということか。
茉莉は口元を緩め、自身の体を天力で覆った。
「ありがとう」
そして姿が完全に消える直前、茉莉は心の底から、初めて、この言葉をかけた。
「任せたわよ、羽花」
彼女の属性の天力が消え、この空間には羽花と残された魔物のみとなった。
『任せた』
偉大な先輩からの言葉に、羽花は緩む頬を必死に抑えた。
「任せてください、先輩」
その言葉と共に、羽花は駆け出す。
自分を頼りにしてくれた先輩の期待に応えるべく、目の前の魔物を祓うことに全身全霊で挑むために。
※ ※ ※ ※
『こちら鳳莱茉莉、鳳莱茉莉。
第一異門を蓮水羽花に託し、直ちに第二異門へ向かいます。どうぞ』
『了解』
その連絡に耳を傾けていた少女は、声を張り上げた。
「朝陽さん。
茉莉さんが第二に向かいました。第一は羽花さんが担当するそうです」
「わかった」
少女の目には、攻撃の残酷さとは比例しない爽やかな笑みを浮かべる兄の姿があった。
「君、そこそこ強いよね?」
土埃を上げながら相手の前に飛び立った朝陽は、そう問いかけた。
「うん」
問いかけられた相手は、迷うことなく首を縦に振る。
――最低限の意志疎通が出来ている。
会話ができるほどではないけれど、これだけコミュニケーションが取れるということは中級。
優美は、兄と戦う魔物を見ながら考えていた。
「あれ?――あの部分…」
その時朝陽の攻撃が、相手の腹部を切り裂いた。
「グッ……」
苦しそうに悶えるその魔物に、懐から出した術紙を触れさせ結界で覆った。
「さて、ここからだな」
うっすらと滲む汗を袖で拭い、体内の天力を集めた。
深呼吸をした朝陽は、顔を上げ残る一体を睨み付けた。
「朝陽さん、羽花さんが第一の魔物全て祓い終えました」
報告を伝える優美の目はどこか強張っていた。
その声を受けた朝陽は、目を細めそっと呟く。
「よくやったな、羽花ちゃん」
誇らしげな笑みを浮かべ、完遂した妹を讃えた。
「兄ちゃんも負けないよ」
俯き、髪の毛で隠れていた顔がさらけ出される。
その表情は、いつもの爽やかな彼とは別人の恐ろしく無表情の男だった。
数分後、優美は見た。
爽やかな彼が残酷に微笑む姿を。
「ハァ、ハッ、ハァ」
息を切らす朝陽は稀有な光景だった。
――いつも余裕の笑みを見せながら戦う朝陽さんが、中級相手にこんなにも天力を消費するなんて。もう殆ど残っていない。
優美は、佇み呼吸を整える兄の後ろ姿を凝視していた。
その視線に気が付いたのか、はたまた偶々か。
朝陽は、勢いよく振り返り優美に顔を向ける。
もうそこには、先程のような冷酷さはなく、いつもの人当たりの良い爽やかな笑みを浮かべていた。
その表情の差が、優美にはとても恐ろしいもののように感じた。
朝陽はそんな優美の頭に手を乗せ、
「お疲れ様、優美ちゃん」
と優しい声色で告げた。
「はい、朝陽さんも」
軽く頭を下げた優美の頭を数回撫でた朝陽は、自身の左耳に触れた。
朝陽の指が触れたその箇所には、小さく輝く光があった。
その光を摘み、電源を入れた朝陽は自らの口で報告を始めた。
「こちら蓮水朝陽、蓮水朝陽。
第二異門、任務終了致しました。どうぞ」
『了解。
第四異門より、祓後新たな魔物の確認あり。
念のためその場での待機を命じます。どうぞ』
「了解」
報告を終え、二人は目を合わせ頷いた。
暫くの沈黙後、優美は小さく口を開いた。
「鳳莱家のお二人は、大丈夫でしょうか」
振り返った朝陽は「ん-」と唸りながらその声に答えた。
「”あの”景が応援要請するくらいだからな。
それに最後のあの声、あまりいい様子じゃなさそうだけど」
彼は目を細め、遠くを見つめながら答えた。
その方角には、二人がいる第二異門がある。
優美は、その視線を辿りながら思った。
――絶対に、助けが必要だ。
茉莉さんが行ったとはいえ、あの様子じゃ戦力が多いに越したことはない。
残る術者、その中で最も技術があるのは朝陽さんだ。
今の交戦によりほぼ天力を失っているが、それでも羽花さんよりも……
優美は視線を落とし、沢山の感情が渦巻く心を抑えた。
――私にこの場所を守る力があったのなら、朝陽さんは第二に向かえるというのに。
どうして私は、
「優美ちゃん」
「は、はい」
朝陽のその声に、勢いよく顔を上げた優美は隣にいる兄と真っ直ぐ向き合った。
「気に病むなよ?」
背中を優しく叩いた朝陽は、立ち上がり疲労で重い体をぐっと伸ばす。
「大丈夫だ、あいつらならきっと」
空中の結界を足場に、次々と飛び乗った朝陽はかなりの高さから地上を見下ろした。
「実の弟を亡くしてんだ。
あいつらは魔物には負けるわけにはいかない。
俺達の中で一番それをわかっている奴らだからな」
再び二人の方向へ視線を向け、そっと呟く。
――だから、負けんな。そっちは頼んだぞ、茉莉、景。
※ ※ ※ ※
第一異門を若き後継者に託し、この第二異門に来た少女が見たもの。
「け、い?」
十字架に固定され、頭を項垂らす弟の姿。
彼の強力な雷光は、周りを囲う眩耀によって存在感を全く感じられない。
いつもならば眩しいほどの光を放つ彼の雷よりも輝くそれは、彼の身を拘束しているものと同じだった。
「星と月?」
「あれ、あなたが来たの?鳳莱姉」
「本当だ」
その声に勢いよく振り返る茉莉が見たもの。
それは瓜二つの容姿をした、六歳くらいの男女の姿だった。
「まあ、いっか」
「うん、いいよね」
「あっそびましょ」
二人は声を合わせ、茉莉に向かってにっこりと笑った。




