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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第二章 未熟者の挑戦
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三日間-3

 鳳莱景による稽古はいよいよ最終日を迎えた。

 時刻は既に二十時を回っている。

 月曜日の今日、学校を終えた羽花は当番の掃除を終えると勢いよく学校を飛び出し家に帰った。


 同級生曰く、

「殺人鬼に追われている人ってあんな感じだと思う」

 らしい。


 脱兎の如く駆け出した羽花を、クラスメイトは思わず応援してしまったという。


 家から近い中学とは違い、少し離れた高校に通う景が帰宅したのは、それから一時間後のことだった。

「お、おかえりなさい」

 鳳莱家の玄関前で待機していた羽花は、おどおどしながら出迎えた。


 この二日間たくさんの時間を共に過ごしたが、まだどこか掴みどころのない景と接するのは勇気が必要だった。

 そんな羽花を一瞥し家の中に姿を消した景は数分後、動きやすい服装に着替え羽花の隣に立った。


 口を開かない景を見上げ、せわしなく動く心臓を宥めながら声をかけた。


「きょ、今日も、よろしくお願いします」

 勢いよく頭を下げた羽花から視線を外した景は、長い足を動かし我先にと歩き始めた。


 緊張のせいかギュッと目を閉じていた羽花は、何も反応が返ってこないことに疑問を持ち静かに頭を上げる。


「あれ?」

 目の前にいたはずの景が跡形もなく消え、羽花は急いで追いかけた。


 二日間通った体育館へ向かって走っていると、前方に見慣れた姿を見つけた。

「羽花ちゃん、どうしたの?」

 友人だろうか、一緒に歩き談笑していた朝陽は、すれ違いざま声をかけた。


「景兄に置いて行かれた」

「はあ!?あいつ、俺の大事な――」

「え、何々?めっちゃ可愛いじゃん」

「もしかして例の妹?」

 朝陽と共に歩いていた男性二人は、興味津々な様子で羽花を見つめた。


「やめろ、羽花ちゃんに話しかけるな。視界に入れるな」

「いつも兄がお世話になっております」

 頭を下げた羽花は、二人に挨拶をし再び走り出した。


「頑張れよ!!!」

 後ろから叫ぶ兄に手を振り返し、目的地へと急いだ。


「やっと、ついた」

 既に汗だくになった羽花は、息を整えながら公民館の自動ドアに向かう。

「おい」

 その時呼び止める声が聞こえ、振り返ると駐車場を指さす景がいた。

「こっち」

 どうやら最終日の稽古は、室内ではなくこの駐車場で行うらしい。


 時刻は十八時を周り、辺りは暗闇に包まれている。

 同じ時間帯でも屋内は明るく照らされているため、周囲の状況判断がしやすかった。


「暗さ」

「え?」

 靴紐を縛り直している景は短く呟いた。


「慣れとけ」

 その言葉に羽花はあることに気が付きハッとした。


 ――私達の舞台は、明るく照らされた屋内でも綺麗にワックスがけされた床でもない。

 街灯の光も当たらないような暗闇、不安定な地面、不規則に設置されている障害物。


 まだまだ身になっていない攻撃を整った環境でやるのもままならない現時点で、どれだけ通用するのか。

 自分のありのままの実力を、今まさに実感するところだった。


「やるぞ」

 両手に持った塊をいつもと同じように投げる。

 羽花は一度呼吸を整え、自分の周囲に神経を尖らせた。


 屋内のように、近くにそれらを跳ね返すものはない。

 けれどこの三日間、嫌というほど体で感じてきた天力の動き。


「来い」

 景は自身の天力から生成した八つの塊を飛ばしながら、体の表面を天力で覆った。

 バチバチと音を立て発光するその天力は、景の体を覆いながらもいつでも攻撃可能なようで、

 今すぐにでも狙った箇所へ落雷する勢いだった。


 羽花の稽古に天力を大量に放出して尚、ここまでの攻防体制を整えられる。


 ――やっぱり、すごいなぁ。


 羽花はそんな景の姿を見て、改めて実感した。


 暗闇の中に彼の放つ光が眩しく輝く。

 自分の周りの先輩術者には戦っている姿を見る度驚かされる。


 精密さ、判断力、冷静さ、威力、天力の保有量。

 自分とは比べ物にならないほどの実力。


 羽花は後ろから飛んできた塊を避け、切り刻んだ。

 振り向きざまにもう一体、真上からの攻撃に備え結界を張った瞬間、そこに二体の塊が激突し姿を消した。


 空中を自在に舞いながら景との距離を縮めた羽花は、その背にそっと手を伸ばした。

 その瞬間、ふと天力の気配を感じ後ろに飛び避けた。


 掠った指先に電流を感じる。痺れを感じながら左に潜む塊を叩き落とし、再び距離を詰めた。

 一瞬気を抜いた羽花の体に残った塊がぶつかり顔を顰めたが、

 己を奮い立たせ最後の一撃に出る。


「花属性 従三位 水月鏡花」

 今までの羽花は自分の認識しているもの――つまり見えているものにしかこの技を発動することが出来なかった。


 けれど今、彼女は視界に入る一体だけでなく、死角の後ろ側にいる塊に対しても術を発動させた。

 景は、少しだけ口角を上げた。


 術を発動した直後、右の脇腹に異変を感じた羽花は地上に足をつけた。

 視線を移すと、生き残った塊がその場所に食い込むように密着しており羽花は目を丸くした。

 触れた時に感じる痛みが、今までと打って変わって優しいものだったことへの驚きからだった。


 次第に脇腹に感じる重みが弱まり、その塊は姿を消した。

 それを見届けた羽花は視線を景に向けた。

 景は静かに歩き出し、羽花の目の前まで来ると手を上にあげた。

 ぎゅっと目を瞑った羽花の頭には待ち構えた衝撃はなく、優しい手の温かさだけが残った。


「え?」

 キョトンと見上げる羽花に、少しだけ微笑んだ景は一言。

「よくやった」

 たった一言、されど一言。

 羽花はその一言に全身が震え立つのを感じた。


 口元のにやけを隠すように下を向き、既に先を歩く景を追いかける。


「景兄!」

 呼びかける声に振り向いた顔は、いつもの無表情に戻っていた。

 けれど羽花はそれに怯むことなく叫ぶ。


「景兄のおかげで、自転車に乗れるようになったよ」

「は?」

 意味が分からないといった表情を見せる景の横に並び、今度は目を見て伝えた。


「ありがとう」

 視線を逸らし前を向く彼からの返事は何もなかった。

 それでも羽花は自然と笑みがこぼれる。


 時計の針は火曜日を迎えたことを示していた。

 三日間の特別稽古は幕を閉じ、明日からはまた任務が待っている。


 今日のこの一言で、何よりも景の一言で、羽花はより一層稽古に励むこととなるだろう。

 自分よりも遥かに上にいる先輩術者からの言葉は、羽花の背中を力強く押し上げたのだった。


「おっ!羽花ちゃーん」

 羽花の申し出で一日早く任務地を訪れた二人は、代理中の二人の姿を見つけた。

 それよりも早く妹の存在に気が付いた朝陽は、大きな声で名前を呼び手を振った。


「いくら結界を張っているからって、深夜に叫ぶのはやめなさい」

 茉莉の言葉に軽く返事をした朝陽は、羽花の頭を撫で声をかけた。


「また明日から任務なんだから、今日くらい早く寝ろよ?」

「もう一時だけどね」

 眉を下げ割り込んだ茉莉は「ちゃんと送りなさいよ?」と弟にきつい口調で強制している。


「よし、じゃあここは俺達に任せて早く帰りな」

 二人の体を無理矢理回し、背中を叩いた朝陽は頼もしく笑った。


 羽花は二人に手を振り、家へと歩き出す。


「景」

 小さな声で名前を呼ばれ、景は足を止め振り返った。


「ありがとな」

 すっかり大きくなった弟的存在の頭を乱暴に撫でまわした朝陽は、現れた低級の魔物を祓いに走り出した。

 そこでは既に茉莉が交戦している。


 景は、止めていた足を再び動かし羽花の背中を追いかける。


「妹は強い」

 呟いたその声は、街灯のない暗闇に静かに溶け込んでいった。



 ※ ※ ※ ※ 


「ふーん、正統後継者……ねぇ」

 男は、たった今報告を受けたその情報に興味なさげに答えた。


「ええ。そろそろもう一人を吸収する頃合いかと」

 妖艶な笑みを見せる女は、組んでいた足を入れ替え付け足す。


「おそらく、今頃より一層力をつけた時。

 これ以上時間を置くと、手が付けられなくなるかもしれないですよ?」


「ふーん。

 それよりさぁ、その音。不快だから止めてくれない?」

 男は、女の周りを飛び回る蚊を指さし指摘した。


「私の大切な方たちですからお許しを」

 小首を傾げた女に溜め息をついた男は手にしていたぬいぐるみを抱き直し呟いた。


「ふ、ふふふふ。

 いよいよ正統後継者が途絶える。

 久しぶりに現れた証を持つ者がこんなに早く刈り取られるなんて……いといとほし」

 手にしていたぬいぐるみを視線の先へと持ち上げた男は、そのまま口付けた。


「さ思はずや?美蚊」

 美蚊と呼ばれた女はその問いに笑みを浮かべ答えた。


「ええ、本当に」

 可哀想ですね、そう答えた彼女の口元は怪し気に歪んでいた。

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