三日間-1
「おい」
土曜日の昼下がり。
地下室で一人、術の練習をしていた羽花を呼び止めたのは全身を黒色に染めた景だった。
珍しい来客に、羽花は目を丸くし固まった。
昔から一緒に育ってきた景は、隣の家に住む翔の三つ上の兄で、姉と同い年だった。
しかし無口な上に、たまに発する言葉は素っ気なく、羽花は秘かに苦手意識を持っていた。
景は基本的に一人でいることを好み、あまり関わりがなかったことも原因の一つだった。
――まあ、お兄ちゃんと一緒にいるのは昔からよく見かけたけど。
それも景が望んだわけではなく、朝陽が迷惑がっている景をガン無視し絡んでいるだけであるが。
「どうしたの?」
そんな彼に見つめられ、強張る体に力を入れ立ち上がった。
「来い」
そう声をかけた景は、羽花の反応を見ることなく地下室を出て行った。
「あ、うん」
そんな景に置いて行かれぬよう、床に置いていたスマホを急いで手に取り追いかける。
振り返ることなく、黙々と歩き続ける景を羽花は必死に足を動かし追いかけた。
――早い、というかそもそも足の長さが違うよ!!
百五十五センチの羽花と百八十三センチの景の足の長さはかなりの差がある。
また男女の違いもあり、景の一歩の広さに羽花は追いつくどころか、離されないようにするだけで精一杯だった。
目的地もわからず、かと言って先を行く彼に声をかける勇気はない。
羽花は息を切らしながら、懸命に足を動かした。
数十分後、ようやく足を止めた景が見つめる先にあったのは、
「公民館?」
幼い頃のたくさんの思い出が詰まっている建物だった。
羽花の声に反応せず、自動ドアを潜る景は羽花に向かってあるものを放り投げた。
よそ見をしていた羽花は、自分の視界に黒い何かが現れ、咄嗟に手を広げた。
その腕の中に納まった袋を覗くと、そこには型崩れしていない真新しい靴が入っていた。
「え、これ誰の?」
見たことのないデザインの靴に、羽花は思わず戸惑いの声を上げる。
しかしその声は、一人外に取り残された自分にしか聞こえていなかった。
恐る恐る自動ドアを潜ると、右手すぐの体育館の入り口に背を預けた景がこちらを睨み付けていた。
その鋭い視線に羽花は思わず肩を跳ね上げる。
「おせぇ」
「ご、ごめん、なさい」
緊張と恐怖からどもりながら謝る羽花に舌打ちをし、体育館へ姿を消した。
また一人取り残された羽花は、体育館の入り口と手に持つ新品の靴を交互に見つめた。
どうしていいのかわからず立ちつくしていると、突然体育館の中から何かを叩くような音が聞こえ、羽花の顔はどんどん青ざめていった。
急いで新品の靴に足を通し、猛ダッシュで重い扉を開けた。
――怒っていらっしゃる!!!
体の速度とは裏腹に、ゆっくりと見つめた先には背中に背負った雷太鼓を、肘で叩く景の姿があった。
彼は何かを調合するように、不規則に八つの太鼓を叩く。
その度に床には稲妻を上げる塊が転がり、バチバチと鋭い音を鳴らしている。
羽花はそんな景に意を決して話しかけた。
「景兄、あの……この靴誰の?」
「買った」
「あ、お金、」
「いらねぇ」
「ありがとう?」
景の意図がわからず首を傾げた羽花に、景は告げた。
「当たるな」
その意味が分からず立ち尽くしていた羽花の背後に突然、電の塊が飛んできた。
それに気が付いた羽花は瞬時に切り返した。
次々と飛んでくる塊にを羽花は順調に天力で叩き落とす。
――右から一つ、左、右、前、前、後ろ。
後ろの塊を叩き落とし、正面に体が流れた瞬間。
気が付いた時にはもう、塊は顔面すれすれのところまで来ていた。
咄嗟に顔を傾け何とか交わした羽花は、再び塊に向き合おうと重心を落とす。
しかし五つの塊は、景の足元で微動だにしない。
不思議に思った羽花は、じっとこちらを見据える景に視線を移した。
「考えろ」
それだけ告げ、足元の塊に再び自身の天力を流すと、景は扉を開けどこかへ行った。
また取り残された羽花は、自分に飛んでくる三つの塊に全神経を尖らせ叩き落とし続けた。
どれくらいそうしていたか。
ふと我に返り時計を見ると、時刻は十六時を回っていた。
「任務に行かなきゃ」
それに気が付いた羽花は、今だ動きを止めることのない三体を結界に閉じ込め体育館を出た。
ロビーを見渡しても探している姿は見つからず、階段に足をかけたところでふとあることを思い出した。
「やっぱり」
玄関右手、体育館と向かい合うようにある障子の襖を開けると、案の定長い足をさらけ出し横になる景の姿を見つけた。
その声に目を開けた景は、視線だけ羽花に移し声を出した。
「今日の任務はお前の兄貴達が行く」
それだけ言うと、背を向けるように寝返りを打ち口を閉ざした。
そっと静かに襖を閉めた羽花は、頬を膨らませながら体育館に戻る。
「それならそうと先に言ってくれてもいいじゃんか」
扉に触れ力を込めた瞬間、羽花の目の前を横切った塊。
「勝手に結界から出たの?」
休憩する暇もないことに溜め息をつき、再び三体の素早い動きに向き合った。
『考えろ』
普段他人に興味がなく、恐らく一番関わりのない羽花に言った貴重な言葉。
朝陽はあの性格だ、煙たがられてもめげずに距離を縮める。
優美との会話もあまり見ないが、なんせ同い年に生まれた任務同行者だ。
茉莉と翔は姉弟だけあって、それなりに会話しているところを見かけた。
思い返してみると自分だけが殆ど関わって来なかったことに気が付いた羽花は、「今日が初めてかも」、そう心の中で呟いた。
――考えろ。
自分が最も避けやすい体制、動きの流れ。
羽花は休みなく向かい来る三つの塊を躱し、叩き落としながら、自らの動きについての分析をし続けた。
体の動きが滑らかになってきた時、突然体育館内を飛び回っていた三体が姿を消した。
羽花が腰を下ろし息を整えていると、扉の開く音が聞こえた。
汗で張り付く前髪を整えながら振り向くと、壁にもたれかかった景が羽花のスマホを拾い上げているところだった。
「帰るぞ」
時刻は二十二時。
すっかり暗くなった世界に、羽花は足を踏み出した。
履きなれた靴に足を入れ辺りを見渡していると、ふと目についた看板。
そこには”本日貸切”という四つの文字が並んでいた。
「え、景兄、ここ貸切ったの!?」
「三日」
「え?三日?」
「明日も」
またもや置いて行かれそうになる羽花は小走りで、大きな背中を追いかけた。
まだ怖さはあるけれど。
自分よりも圧倒的に強い景兄に、稽古してもらえる。
強くなることに貪欲な羽花は、己の恐怖心よりも向上心の方が勝っていた。
――そのためにはまず、
「お兄ちゃんに、コミュニケーションの取り方教えてもらおう」
小さく呟いた羽花は、隣で過ごした少年の兄と初めて向き合う覚悟を決めたのだった。
※ ※ ※ ※
静かな空間に、突然響き渡る着信音。
「なに」
寝そべった男は不機嫌を露わにして電話をとった。
「俺の大事な妹、拉致ったらしいじゃん」
電話口の相手もまた、何やら不機嫌そうな声を上げた。
「切るぞ」
「あー、待て待て。
一個聞きたいことあるんだよ」
「なに」
「どういう心境の変化?」
その問いかけに、男は暫くの沈黙後ようやく口を開いた。
「……なんとなく」
男のその答えに、相手の笑い声が聞こえてくる。
眉をひそめ舌打ちをした男は、最後に
「三日間」
そう呟く。
「ああ、任務ね。おっけーおっけー」
相手の気の抜けた返事に思わず通話終了ボタンに触れてしまい男は一瞬固まった。
そのままスマホを放り投げた再び目を閉じる。
明るく光る画面に書かれた『シスコン』の文字は、数秒後真っ暗な画面の中に消えていった。
「素直じゃないな、本当に」
耳元で聞こえる通話終了の音を聞き、そう呟いた男はそっとスマホを離した。
「朝陽、行くわよ」
「おー」
自分を呼ぶ声に返事を返し、男はパーカーを羽織る。
「任せたぞ」
そう呟いた男は、歩き始めた彼女と共に任務の代理へ出発したのだった。
この度、初評価頂きました!!!
とてもとても嬉しいです……*
まだまだ未熟で至らぬ点ばかりですが、
これからも毎日投稿を頑張ってまいりますので、
お手隙の際に読んでいただけると嬉しいです。
2021-09-14 桜音愛花




