表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第二章 未熟者の挑戦
33/137

”始まり”のはじまり

「ただいま」

「おかえり、羽花」

 泥だらけになった上着を脱いでいると、母の千美が台所から顔を覗かせた。


「起きてたの?」

 羽花の問いかけに千美は優しく目を細め答えた。


「なんだか寝付けなくて、」

 困ったわ、なんて言いながら朝の支度をする母の後ろ姿を見て浴室へと向かう。


 朝三時までの任務を終え帰宅すると、当たり前のように温かいお風呂が待っている。

 疲れた体を癒すように羽花は体を沈め、目を瞑った。


 ――当たり前じゃないことは、私が身をもって知っている。


 私が人々の平穏な暮らしを維持しているように、

 このお風呂だって、毎日食べているご飯だって、母が自分の時間を削って用意してくれているんだって。


『当たり前は存在しないんだ』


「ありがとう」

 温まった体を伸ばしながら、台所に立つ母に声をかけた。


「んー?何が?

 それより、今日はどうだった?」

 時刻は朝の五時。

 味噌汁をかき混ぜている母は視線を逸らすことなく問いかけた。


「今日は三体だった。

 二体目が、時間差の術を使う魔物でさ。ちょっと大変だったよ」

 ソファに体を沈めながら答えた羽花は、襲い掛かる睡魔に負けそうだった。


「睡魔もある意味魔物なのかな」

「何意味わからないこと言ってるんだ?」

 苦笑いしながら今に入ってきた朝陽は、母に挨拶をしてソファ前の床に座った。


「羽花ちゃん、お疲れ様」

「んー、ありがと」

「どうだった?」

「んー、うん」

「俺が今まで戦った中で一番大変だったのは――」

 千美はそんな二人を微笑ましく見守っていた。


「母さん、羽花ちゃん寝かせてくるね」

 妹を抱きかかえた朝陽は、揺らさないよう慎重にドアを開けながら声をかけた。


「はーい、お願いね。

 今日は土曜日なんだから朝陽もきちんと寝ておいで?」

「そうする」

 欠伸をしながら部屋を出て行った息子を見て、千美は火を止め寝室へ向かった。


「本当に親子って似るのね」

 笑いながら布団に潜り込み、目を閉じた。


 ※ ※ ※ ※


 目が覚め、洗濯物を干していると後ろから呼びかける声が聞こえた。


「母さん、今日の昼羽花と出かけてくる」

「お母さんも用事足しに行かないといけないからちょうどいいわね。

 楽しんできてね」

「うん」

 そう言った朝陽は支度をするため自室へ戻っていった。


「そう言えば今日の任務は優美達だったわね」

 母はソファに座りスマホを弄る娘に話しかけた。


「はい」

 顔を上げた優美は、母を見つめ頷いた。


 一人となった正統後継者。

 一方が欠けるという前代未聞の出来事から時間は経ったが、それでも羽花の紋様には何の変化もなかった。

 正統後継者が全ての任務を担当することを継続する代わりに、

 代理が認められている七日間。


 つまり月に七日間のみ、羽花に任務休みが与えられ、他の術者が代理を行うという新体制が作られた。

 羽花にとって今日がその貴重な休みである。


 朝陽は、そんな羽花を連れ出しあるところへ向かった。


「今日の昼はここで食べよう」

 二十二歳を迎えた兄の運転で辿り着いたのは羽花の大好きなお蕎麦屋だった。


「え!?本当に!?」

 羽花は目を輝かせて朝陽を見た。


「羽花、お蕎麦好きだろ?」

「うん好き!」

 一早く車を降りた羽花は、暖簾の下でソワソワと体を揺らしている。


「こう見たらただの中学生なんだけどな」

 朝陽は車の鍵をかけ、ボソッと呟いた。


 兄が近づいてきたことを確認し羽花は扉に手をかけた。

「お兄ちゃん、今日はもらって帰る?」


 羽花の視線の先には、大きな器に盛られた天かすがあった。


 このお店では、店先に自由に持って帰ることが出来る天かすが置いてある。

 家族で来た時には必ず貰って帰り、お好み焼きに入れたりトッピングに使ったり。

 蓮水家ではこのお店に来た時の定番となっていた。


「頂いて帰るか、母さんも喜ぶよ」

 朝陽は天かすの前を離れない妹の背を押し、強引に店内に押し入れる。


「私、かしわそば食べる」

「羽花ちゃんいつもそれだよね、どこに行っても」

 朝陽はメニューを見ることなく宣言する妹に視線を向けた。


「毎日来るなら色んなメニュー冒険すると思うけど、たまにしか来られないんだよ?

 それなら大好きなメニュー食べて帰りたいじゃん!」

 早速メニューを決めご機嫌な羽花は、

「大盛りね」

 と付け加え、机の上にある掲示物に目を向けた。


「わからなくもないけどな。まあ、俺は冒険したい派だけど」

 メニューを隅々まで見ながら朝陽は口にした。


「翔と同じだ」

 羽花はニコニコ笑いながら、朝陽に向かって言った。

 一瞬表情を固まらせた朝陽は、唾を飲み込みそんな羽花に向き合った。


「似てるんだよな、俺達」

 目を細めながら視線を戻した朝陽は、動揺していた。


 あの日から、どことなく彼の話を避けていた。

 羽花は前を向いて突き進んでいるけれど、失った傷が癒えるのにはまだ時間が足りない。


 会議で彼の名前が出たとしても、こういった日常で、それも羽花から翔の名前が出ることは珍しかった。

 朝陽は思わず身構えてしまった。彼の名前が出た瞬間。


 目の前の妹の顔に悲しさは微塵もなかった。

 懐かしい思い出を引っ張り出し、それに浸るように微笑んでいた。


「翔は、お兄ちゃんの後ろばかり追いかけていたからね」

「あーな」

「一番近くにいる追いつきたくて、勝ちたくて、憧れだったんだって」

「はっ、べた褒めじゃん」

 朝陽は鼻で笑い、

「俺、湿原そばにしよ」

 そう呟き、お店の人を呼んだ。


 注文をし終えた朝陽は、メニューを立てかけ目の前に座る妹を見つめた。

 その目は温かい光のように優しいものだった。


「強くなったな、羽花ちゃん」

 兄の視線に気が付いた羽花は、スマホを見ていた視線を上げ困ったように笑った。


「まだまだだよ、まだ正一位も使えないし。

 従一位だって安定して使えるほど、極められていない」

 左手を見つめながら話す羽花を朝陽は遮った。


「そうじゃなくてさ、」

「え?」

「あんなに泣き虫だったのにな、って」


「怖い夢を見た」と泣きじゃくり、家族に「一緒に寝ようよ」と縋っていた。

 自分だけが出来ないことに悔しくて泣いて、次の日からまた立ち向かっていた。

 嫌いな戦いをしなければいけなくて任務の見学中いつも半べそをかいていた。


 泣くことが悪いことじゃない、今だって苦しいのなら泣いてほしいと朝陽は思っていた。

 けれどあの日以来、羽花の涙は見ていない。

 彼女が俺達、先輩術者達に宣言したあの日から、羽花は泣かなくなった。

 人を頼らなくなった。


「本当に、強くなったよ」

 良くも悪くも、そう心の中で付け加えた朝陽は自分の手に視線を落とす。

 ただ自分の属性の模様だけが刻まれている自分の手。

 ここに、あの証があれば――そう何度思ったことか。



「約束、したから」

 顔を上げると、自身の手を見つめたまま口を開く妹の姿があった。


「『強くなる』って。

『夢を叶える』って。


『誰よりも幸せになる』って」


 羽花は真っ直ぐ朝陽の目を見て告げる。


「だからもう、私は負けない」


「お待たせ致しました、かしわそば大盛りのお客様?」

「はい!」

「お熱いのでお気を付けください」

「ありがとうございます!」

 湯気を立て、美味しそうな香りを漂わすお蕎麦に視線を奪われた羽花は、もう食べることしか頭になかった。


 そんな妹への言葉を飲み込み、店員さんへお礼を告げ箸を割る。


「いただきます」

「いただきます」

 二人の声が重なる。


「あ、お兄ちゃん。そっちも少し頂戴ね」

「ワサビ混ぜる前に食べちゃいな」

「うん」

 ワサビが苦手な妹の為に一口目を譲り、美味しそうに頬張る姿を微笑みながら見つめた。


「ありがとう。

 そう言えばこの緑色の麺ってこの地域だけなんだって」

「え?そうなの?」

 朝陽の声に羽花は頷いた。


「他の所は白とか茶色が主流だってテレビでやってた。

 私達も食べるけど、お蕎麦と言えばこの色って思ってたよ」

「俺もそうだな」

 そんな会話をしながら、二人は空っぽになったお腹を満たしていった。


「あー、美味しかったな」

「うん。

 お寿司とのセットも気になるよね」

「そう言って羽花ちゃんは次もかしわだよ、絶対」

 朝陽の運転する車は蓮水家にの敷地に到着し、膨れたお腹をさすりながら車を降りた。



「あれ、二人でドライブに行ってたの?」

 そんな二人に声をかけたのは、隣の家に住む茉莉だった。


「うん!お蕎麦食べてきた」

「いいなぁ、私暫く食べてないな」

「お兄ちゃんは知らなかったけど、緑色の麺がこの地域だけって茉莉姉は知ってた?」


 羽花の質問に目を丸くした茉莉は

「え、全国共通じゃないの?」

 そう口にした。


「そうなんだってー。

 そう言えば茉莉姉、どうして家に来てたの?」

「ちょっとお父さんからの伝言をおじさんに伝えに、ね」

「お父さんもう帰って来てるんだ!!」

「さっき戻られたわよ」

 茉莉からの情報に手を振りながら元気に家に走っていく姿を二人は見つめた。


「”緑はこの地域だけ”…知らなかったんだ?」

 茉莉のその声に朝陽は口を閉ざす。


「『え?そんなことも知らないの?』って中学の修学旅行でお蕎麦食べてた時茶化してきたの誰だっけ?」

「うるさいぞ」

 隣の茉莉を睨み付けた朝陽は、ゆっくりと家の中に姿を消した。



 その姿に噴出した茉莉は、

「相変わらずシスコンね」

 そう口にし、隣に建つ自分の家へと歩き始めた。


 充実した兄と過ごした一日。

 天気に恵まれたドライブは、羽花の心を表すかのように雲一つなく綺麗な青い空が広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ