終わりと始まり
「七日目、任務終了いたしました」
「ご苦労」
いつもの面々が集まる部屋に、七夜目の任務を終えた朝陽と茉莉が戻ってきた。
「七日間、低級どころか魔物が一体も侵入なし。
………これも吸収の影響でしょうか?」
腰を下ろした朝陽は、目の前に座る若匡に問いかけた。
「おそらく、な」
若匡は静かに頷き、この部屋には母親達の啜り泣く音だけが鳴り続ける。
今のこの会議――あの時と全く同じ光景だった。
期日に達し、この先に進む方法が見つからない。
この七日間、正統後継者の証に変化はなかった。
羽花の左手の紋様が消えることも、新たな術者の手に刻まれることもなかったのである。
重苦しい空気の中、口を開く勇者がいた。
「もうタブーとかどうでもいいんじゃ?」
「徹、」
「我々の根本は『人々の平和を守ること』。
任務に就く人がいないからって放置していれば、必ず犠牲が出る」
「魔物の姿も見えないし、天力を使えるわけじゃないしな」
徹と修はどんどん会話を進めていった。
「確かに犠牲者が出るより、我々に罰を課せられた方がマシじゃな」
若匡は目を閉じ呟いた。
「一体、どんな罰なんでしょうか」
茉莉が口を開いた時、デジャブのように後ろの扉が開かれた。
「その必要はないです」
一斉に振り返った先には、数日前に目を覚ましてから何かを考え続けていた羽花の姿があった。
沢山の視線に怯むことなく、羽花はしっかりと前を向いて口を開いた。
「正統後継者は私です。
一人でも証をもつ者が任務に就いているならば、お咎めなしですよね?
任務は私一人で大丈夫です」
「……羽花」
朝陽は笑顔を見せることなくそう宣言する妹の姿を目に焼き付けていた。
※ ※ ※ ※
皆泣いていた、悔やんでいた。
目が覚め、ふらりと歩いた先で聞こえたのはそんな声と音ばかりだった。
入っていける空気ではなく、声をかけずに部屋に戻ると突然人の気配を感じた。
咄嗟に寝たふりをすると四人は各々前を向いて歩き出した。
――強いなぁ。
一番初めに出てきた言葉はこれだった。
ずっと、十三年も隣にいたあの大きな存在が一瞬にしていなくなってしまった。
昔、愛犬が亡くなった時のことを思い出す。
亡くなった時、
「もっとこうしておけばよかった」
「もっとなにかしてあげられたはずなのに」
そんな後悔ばかりが押し寄せ「もう二度とはこんな思いをしないように、後悔がないように過ごそう」、そう決意したはずなのに。
いつしかその決意さえも薄れ、またそれなりの毎日を過ごし、また同じ後悔を繰り返している。
私がもっと強かったら、翔を助けられたのに。
もっと稽古をしていれば。
あの時、こうしていたら。
そんな”たられば”ばかり思いついてしまう。
悲しい、悔しい、腹立たしい。
沢山の感情があるはずなのに心の中は空っぽで、泣きたいはずなのにもう涙は出てこない。
学校には”亡くなった”という報告ではなく”急遽転校することになった”、そう伝えられた。
天睛班が裏で動いてくれたらしい。
「羽花!!翔、転校したんだって?」
「どこの学校に行ったの?」
「あいつ何も言わないで行ったのかよ」
クラスメイトに色々聞かれたけれど、私から言えることは
「うん、私もびっくりしたよ。
お家の都合で急に遠くに行かなきゃいけなくなったんだって。
お別れ言えなくて謝っていたよ」
それだけだった。
学校から帰ると、家の中には誰もいなかった。
こんな時いつもなら、翔が
「羽花!任務まで特訓しようぜ」
「なあ、宿題いっしょにやらね?」
なんて窓から顔を覗かせていたけれど、そんな日常はもうやって来ない。
ぼんやりと窓を見つめていた視線を動かし、なんとなく家の中を彷徨った。
そして聞こえてしまった。
『今回の件は本当に驚いたけれど、羽花の方が生き残るとはねん。
翔は天才、その上向上心もある。
彼が残ったなら何も文句なく任務に向かわせるんだけどねん』
この言葉を聞いて何も感じないのはおかしいのだろうか。
でもなんとなく自分でも気が付いていた。
翔がいると、皆少しだけ安心した顔になることを。
翔だったらこんなに両家を悩ませることなく解決していたであろうことも。
だから尚更
「どうして私が生き残ったんだろう」
そう思ってしまった。
『わずかな可能性もないのじゃな』
『書物の中に、天力で刻まれる家系図みたいなのがあるのは知ってるのねん?
そこにはこの家に生まれた全生命の名前、そして正統後継者の名前が記されているのねん』
『なるほどな』
『そうねん。
命を落としたものは天力の反応が消え、記されていた名前も消えるのねん』
『確かに』
そんな会話を聞いていると、部屋に呼び出し音が鳴り響いた。
羽花は咄嗟に身を隠す。
数分後、外へ出かけた若匡を確認し、先程の部屋へ忍び込んだ。
書物の在りかはわかっていた。今まで興味がなくずっと手にすることがなかったそれに初めて触れる。
パラパラとページを捲ると、先程話に出てきた家系図が現れた。
【蓮水家】
修、千美、朝陽、優美、羽花
【鳳莱家】
徹、琴葉、茉莉、景
他にも兄弟やその子供など数えきれないほど枝分かれし、たくさんの名前が記されていた。
【七代目正統後継者】
蓮水家 蓮水羽花
鳳莱家
自分が一番知っている名前がそこにはない。
力なく書物を元の場所に戻し、静かにこの部屋を去った。
現実逃避するように布団で顔を隠し目を瞑る。
『お前が吸収されればよかったのに』
『なんでお前が生き残ったんだ』
『何もできないくせに』
『翔を返せ』
『役立たず』
毎日そんな罵声を浴びせられる夢を見た。
現実の皆がそんなことを言わないとはわかっていても、そう思われているという自信はある。
その夢はどんどん羽花の心を追い込んでいた。
――この証を持っているのに、今任務に行っているのはお兄ちゃんと茉莉姉だ。
その事実でさえ羽花の心をきつく締めあげる。
一人じゃ何もできない、任せてもらえない。
いくらこの紋様が出ていても、私じゃ――
そしていよいよ最終日。
本来ならば翔と二人で任務に出ている時間、羽花は自分の布団に潜り込み目を閉じていた。
何度も頭の中で繰り返されるたくさんの罵声。
もううんざりだった。
――自分が一番わかってる。
そう心の中で反論しても、その声が止むことはない。
無意識に左手に爪を立て抉る仕草をしていると突然いつもと違う声が頭の中に流れてきた。
『この鈍間』
『才能がないんだよ』
『どうせ一人じゃ何もできない』
『正統後継者にふさわしくない』
『やめてしま』
『羽花』
何日間も聞き続けていた罵声を遮るように自分の名前を呼ぶのは
「つ、ばさ」
隣で一緒に成長してきた大好きな声だった。
『羽花なら最強の術者になれる』
後ろで聞こえるたくさんの罵声は、翔の声で霞み羽花の耳にほとんど入って来ない。
今まで心を蝕んでいたものが一瞬で遠くに消えていった。
羽花の耳には、翔の声だけがクリアに届く。
『強くなれ、羽花。まずは誰よりも、一番幸せになれ』
羽花は上体を起こし、窓の外を見た。
漫画のように部屋が隣で、いつも向こう側を気にしていた。
初めて自分の夢を打ち明けた。それを応援してくれた。
布団を抜け出し部屋を出て行った彼女の頬には一筋の涙が流れていた。
あの日の先輩たちのように、その目には強い光が灯っていた。
※ ※ ※ ※
真っ暗な空間に啜り泣く音が反響し、胸がギュッと締め付けられる。
――もう迷わない。後悔も、絶望も、苦しみも、もううんざりだ。
もう泣くだけの私じゃない。誰かの後ろを追いかけるばかりの私じゃない。
あなたの背中を隣でずっと見てきた私が、「絶対に無理だ」と笑われる夢を、あなたが信じて応援してくれた夢を必ず叶えてみせる。
「私が蓮水家正統後継者として、この世界を破壊します」




