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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第一章 蓮水と鳳莱
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雨後

「そうか」

 修は静かに呟いた。


 数十分前。

 周囲の確認から戻ってきた修と徹は、泣きじゃくる千美・琴葉の隣に腰を下ろし、若匡への報告を始めた。

 その数分後、真剣な表情を浮かべ帰宅した四人の子供達は、大人に向き合うように一列で膝をついた。

 四人が目にしたもの、そこから導き出される答え。

 それらを聞いた大人達は、改めて口を閉ざした。


「以上のことから、鳳莱家に空きが出ます。

 蓮水家が存続とはいえ明日からの任務の体制を――」

「前代未聞じゃな」

「そうなのねん」


 茉莉の言葉に若匡、そして前回同様スクリーンに映されたアネモネが反応する。


「先代のどちらかが亡くなられた場合はどのように?」

 朝陽は若匡の目を見つめ問いかけた。


 見つめ返していた若匡は、思い出すように目を閉じた。


「今まで二十歳を前に亡くなる正統後継者はいなかった。

 亡くなったとしても、既に新しい後継者候補が必ずおったのじゃ」


「正統後継者は魔物に狙われやすい。

 だからこそ命を落とすことも少なくなかった。


 正統後継者が片方欠けた場合、次の世代がいた場合自然と証が消えたそうだ。

 次の世代に速やかに主導権を渡すことになっていた」

 徹のその声に、修は分かりやすく例を出した。


「俺か徹に証があったとして、片割れが命を落とす。

 でも俺達には次の世代――つまりお前達な?

 お前達がいるから何の問題はないんだ」


 頷く四人を見て、スクリーンのアネモネが口を開いた。


「だけど今回、その新世代が消えたのねん。

 それもまだ十三の歳、当然跡継ぎはまだいないのねん」


 肩を震わしていた琴葉はとうとう泣き崩れた。

「ごめ、ごめんなさっ」

 何とか堪えようとするものの心に追った傷は深く、琴葉は嗚咽が止まらなかった。

 徹はそんな妻の背中を支え、一礼しこの部屋を出て行った。


「前例がないのですね」

 そんな両親を一瞥し、茉莉は若匡そしてアネモネに声をかけた。


「先程一つの案が出たのですが僕達、」

「誰かが代役を、か?」

 言おうとしていることを当てられた四人は目を見開いた。


「確かにそれが”普通”の対処法だ。


 しかしこの世界でそれは難しい。

 なぜなら『対に生まれてくる』からだ。


 七日間の任務代理は認められているが、何か月・何年もの間正式に次ぐ者以外の任務は禁じられている。

 ましてや新しいペアを勝手に作るなんてご法度だ」


 修の言葉に、若匡はポツリと呟いた。


「これで羽花が大人で子供がおったら、自然と証は消え、次の代に任せることができたんじゃがな」

「じゃあどうしたら、」

「とりあえず朝陽、茉莉に七日間の任務を命ずる。

 正統後継者が欠けたことで、何か変化があるかもしれぬからな」

 茉莉の声を遮った若匡は、二人を見つめ任務を命じた。


「御意」

 二人は頭を下げ、その命を受ける。


「久しぶりね、私達で任務」

「ああ、羽花達の宿泊研修ぶりか?」

 後ろ手でドアを閉めた朝陽は、勢いよくしゃがみ込み頭を抱えた。



「クソ、間に合わなかったッ!!!」

 拳を握り閉める茉莉もまた、酷く悔しそうな表情で俯いた。


「何、」

 景と優美は不思議そうに二人に視線を向けた。


「何やってたかって?

『正統後継者の剥奪』だ」

「剥奪!?」

 優美は思いもよらぬ答えに驚きの声を上げた。


「なんで」

 景は静かに問いかけた。


「あいつらに、任務をさせたくなかった。


 正統後継者ってだけで魔物は倍以上命を狙ってくる。

 常に死と隣り合わせだ。


 それに加え、稽古も求められるスキルもきつくなる。


 俺、あいつらのこと大事だからさ。

 自由になってほしかったんだ。


 そりゃ、この家のしきたりはどうしようもないけど、せめて――」


「正統後継者が別にいれば任務の回数だって減る。

 そうしたら友達と遊べたり、ゆっくり好きなことが出来たり、命を狙われる確率だって当然減る。


 百パーセントまでとはいかなくても、少しでも普通の生活をさせてあげたかったのよ」


 朝陽と茉莉は、静かに涙を流しながら答えた。


「朝陽さん、茉莉さん……」

 優美は今まで二人が秘かに頑張っていたことを知り、涙を浮かべた。


「嫌い」

 景のその言葉に朝陽は顔を顰めながら叫んだ。


「そうだよ、羽花は戦うことが嫌いだ。

 二人のためでもあるけど、一番の理由は妹の心を守るためだった。


 いつも苦しそうに任務に行く羽花を、俺が解放してやりたかったんだ」


「正統後継者は出現するだけで奇跡、そう言われています。

 一体どんな方法で、」


「私達も詳しい方法は分からなかった。

 ある日会議で、アネモネ様がその話をしていたから『ようやく見つけた』と思ったわ。


 けれどその方法は正統後継者を殺すことだった」


「殺す……?」

 大きく目を見開いた優美は驚きの声を上げた。


「証をもった者を排除し、別の誰かに現れるのを待つらしい」

「けど、私達にそんな選択肢はない」

「そこで見つけたのが――」


「術者の最大限の術:正一位の習得」

 二人は声を合わせ答えた。


「正一位、ですか?」


 各属性の術は全てランクがつけられている。


 正一位、従一位、正二位………従四位上、従四位下。


 術の発動範囲、力量、相手との駆け引きの度合い、複雑さ。

 全ての項目から位階を定められた術は、『正』『一』に近づけば近づくほど難易度が上がっていく。


 並みの術者は従二位まで、センスがあるものは従一位までの攻撃を習得できる。

 そして最上位に君臨する『正一位』――これは選ばれし者つまり正統後継者にしか使えない技である。


 しかし羽花と翔には正一位の術を使うことはまだ出来なかった。

 そこで二人は、証を持っていない者に不可能だということは百も承知で、難関な試練に挑んでいた。


「結果は、」

 景は二人を静かに見つめて問いかけた。


「一瞬だけ、術を発動できそうな感覚はあった。

 けど、放出までのあと一歩がどうしても出来なかった」


「寸前で体が耐え切れず、痙攣が起きたのよ」

 意識を失ったこともあったわね、茉莉は顔を伏せながら朝陽に声をかけた。


 朝陽は壁に頭を預け、手の甲を額に当て天を仰いだ。

「その時、一瞬だけ二人の手にある紋様が浮かび上がったんだよ。

 薄かったけど」


 クソ、そう何度も悔しそうに呟いた朝陽は右手を握りしめ床に叩きつけた。


 鈍い音が響き、優美はそんな兄の姿に肩が跳ね上がる。


「惜しいとか関係ないんだよ。

 結果がこうじゃ意味ないんだ」

 床についた拳に頭をつけた朝陽は、小さな子供のように丸まっていた。


 いつもならば、

「何馬鹿なことやってるのよ」

 と相手をする茉莉も、今はそんな余裕はなかった。

 茉莉は、そんな朝陽を視界に入れず左手をじっと見つめていた。


 四人の間に居心地の悪い空気が流れる。

 そこに誰かの足跡が聞こえ、四人は立ち上がった。


「まずは羽花だ」

 表情を無くした朝陽が、一歩踏み出し目的地へと歩き始めた。

 三人もまた、そんな彼の後を追う。



 扉の前に立った朝陽は、取っ手に手をかけ、ゆっくり開いた。

 ベッドに横になる羽花の頬には涙の後があり、朝陽はそっと指でなぞった。


「間に合わなくてごめんな、羽花」

 あそこまでボロボロになった妹を見たことがなかった。


 二人のデビュー戦、任務、美蚊との交戦。

 今まで数えきれないほどの厳しい戦いの中で、今回が群を抜いて酷かった。


 身体面だけではない。今回は精神面が心配だった。

 生まれた時からずっと隣で過ごし、どんなことも二人で乗り越えてきた。


 朝陽は昔、妹が言っていたことを思い出した。


「俺達みたいになりたいって言ってたよな」


 今よりももっと体が小さく、言葉もそこまで達者ではなかった頃。

 初めて敗北を知って、己と向き合った時。


『強くて、一人でも戦っていけるけど、二人が力を合わせたら無敵なんだって。

 信じ合ってるのが、遠くで見てた私でもわかったから。


 だから私も、翔と一緒に戦う。翔と一緒に頑張りたいの』


 布団に頭をつけた朝陽の表情は、誰にも見えなかった。


「昔、まだ稽古を始めたばかりの時翔が言ってた。

『羽花を守るんだ』って」

 茉莉は、羽花の左手に視線を落としながら呟く。



「そして六歳の頃、『俺は羽花を守るために強くなる』って言ってた」


「翔さんは、最後の最後までその意思を貫いたんですね」

 優美は、ボロボロになった羽花を纏う結界を思い出していた。



「私、もう泣かないわ」

 茉莉は涙を拭い、深呼吸した。


「弟に負けていられないもの」

 泣き腫らした目を細め、微笑んだ茉莉は部屋を出て行った。


 その音に耳を傾けていた朝陽は、むくりと上体を起こした。

 羽花の頭を優しく撫で、立ち上がる。


 弟を亡くし辛いはずなのに、誰よりも強くあろうとする彼女に負けていられない。

 そう朝陽は思った。



「羽花のこと、頼んだぞ」

 二人の肩を叩き部屋を出て行った朝陽の背中に二人は答えた。


「御意」



 朝陽が部屋を出ると、壁に背中をつけた茉莉が立っていた。


「待った?」

「だいぶ、ね」

「ごめんごめん」

 へらへらと笑いながら近づく朝陽に、茉莉は手にしていたものを突き出した。


 その手に握られていたのは、両家に代々伝わる上着だった。


 昔から術を使う際、必ず着用しているものがあった。

 袴から始まり、それはその時の生活スタイルに合わせて変化していった。


 人々に紛れられるよう変化を続けるその服は、今の世界では、誰もが手にしている上着に形を変え術者の存在を守っていた。


 茉莉から受け取ったそれを羽織り、二人は歩き出す。


「あいつだけは、絶対に俺達で祓ってやる」

「ええ」

 二人は新たな目標を掲げ、強く一歩を踏み出した。



「やるか」

「はい」

 そしてもう一組。


 そんな兄姉の姿、そして守らねばならない妹の姿を見た二人は、しっかりと前を見据え静かにその場を立ち去った。



 残された二組がこの先どう動いて行くのか。

 それはまだ誰も知らない、これから刻まれていく蓮水家・鳳莱家の物語だった。

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