正統後継者の夢
蓮水家から五十メートル先。
朝陽は中学校の屋上から辺りを見渡しながら思い出していた。
※ ※ ※ ※
「なあ、朝兄。教えてほしいことがあるんだけど」
学生服に身を包んだ俺は一日の授業を終え、帰路につく。
もう少しで家につく、そう思った矢先後ろから声をかけてきたのは、
「翔」
妹と同じ六歳児で、隣の家に住む男の子だった。
「教えて!!!」
「え、何を?」
キラキラと目を輝かせながら両手の拳を握る翔は、まるで漫画の世界に出てくるキャラクターのようだった。
「自分以外を守る方法!!」
拳を交互に突き出し、敵を殴る動作を見せる翔。
心の中で「お前の術式はそんな使い方じゃないだろ」と突っ込みを入れたのは言うまでもない。
「あー、それは強くなるしかないんじゃないか?」
「違うって。そんなことは前から知ってる」
「あ、そうですか」
六歳児に怒られた俺は、気分を落としながら翔の言葉に耳を傾ける。
「朝兄のあれのことだよ」
『あれ』というのはおそらく――
数か月前の任務中、実践を見学しに来ていた羽花と翔が魔物に狙われた瞬間があった。
相手はそこまで強くはなかったが、低級とも言えない独独の技を使う魔物だった。
そこで見学中の二人を守るために使った術――それは『保護術』の一つだった。
自らの天力で相手を守り、触れたものを片っ端から排除していく術であり、結界とは異なる別物だった。
結界よりも守る範囲が狭いため、より少ない天力・より強度のある膜が出来上がるのがこの術の利点である。
「あれは、まだ翔には」
「今はまだ出来なくてもいいんだ」
「ならまずは基本から覚えなきゃだろ?
何事もまず基本から。基本を確実にこなせるまで駄目だ」
俺の答えに頬を膨らませた翔。
類稀なる才能を発揮し日々周りを驚かせているが、術を離れればまだまだ幼い子供だった。
「じゃあ、やり方だけ教えて」
「なんで?」
「俺、改めて夢が出来たんだ」
俺から視線を移した翔は真剣な眼差しである一点を見つめていた。
その視線を辿ると、そこには二つの家が並ぶ俺達の帰る場所があった。
「夢?」
ふと疑問に思い、翔に問いかける。
「俺が術者として何をしたいか、はっきり決まった」
「へー、それは何?」
口元が緩むのを感じながら問いかけると、六歳の少年は焦りながら口を開いた。
「え、いや、絶対言わねぇよ!!」
「なんでだよ」
「だって朝兄、怒るもん」
「怒られるようなことなのか?」
翔は「そんなんじゃないけどよ」と口を尖らせながら答えた。
詳しいことはわからないがまあ良いだろう。
そう簡単に成功する技ではないが、翔ならいつか絶対習得できる。
そう思った俺は時間がある時、その技の伝授を始めた。
案の定、すぐに習得できるわけではなかった。
それでも翔は”夢”の為に弱音を吐くことなく、その技を練習し続けていた。
そして――
※ ※ ※ ※
泣きながら帰ってきた妹は身も心もボロボロだった。
そんな羽花を覆う見慣れない光。
ずっと今日まで、大切な”夢”の為に打ち込み続けたたった一つの技。
土壇場で成功させる強さ。
「お前はつくづくかっこいい男だよ、翔」
その声は平和な世界に溶け込んで消えていった。
――どうか無事でいてくれ。
そんな願いを込め、朝陽は再び捜索するために姿を消した。
※ ※ ※ ※
―同時刻 公園―
「どういうこと、これ」
公園の入り口に立った茉莉は足を止め、目の前の光景に目を見開いた。
――おかしい、おかしすぎる。
茉莉は、泣き叫びながら家に帰ってきた羽花の姿を思い出す。
全身に切り傷、そして何かに貫かれたような跡。
見るも無残な姿で戻ってきた羽花の姿と、目の前に広がる景色がどうしても釣り合わない。
羽花だってやられてばかりの術者ではない。
今まで周りにどれだけ遅れをとろうと、努力を積み重ねてきた正統後継者だ。
そんな彼女があそこまでボロボロになっていた。
それに天才と呼ばれる翔がいて尚、倒せなかった相手と戦ったはずだ。
少なからず周りの環境に影響があるはずだった。
けれどどこを見渡しても激闘の影響は見つからず、木の葉一枚すら落ちていない。
数年前、まだ茉莉達が任務に就いていた頃よりも綺麗だった。
「工事していた、なんて情報入ってないわよね?」
茉莉は共に来た二人に問いかける。
「はい。今朝、いやもう昨日ですね。
ここの前を通りましたが、こんなに綺麗じゃなかったはずです」
茉莉の後ろに立つ優美は、視線を動かしながら答えた。
「違う」
ずっと口を閉ざしていた景が声を発し、二人は勢いよく振り向いた。
「え?」
茉莉が聞き返したときには、公園の門に背を預け怠そうにぼんやりしている景の姿があった。
そんな弟に、茉莉は声を荒げる。
「ちょっと!?
普段はいいけれど、こんな時にまで無気力でいるのやめなさいよ。
私達の弟が連れ去られたのよ!?
もっと焦るとかあるでしょうよ!!?」
「……無理」
真横で大声を出す姉を迷惑そうに距離を取った景は、茉莉から顔を逸らした。
「は?」
「景さん、それってどういう」
「景はもう少し口数増やしなさいよ。全く伝わらないでしょうが」
「チッ」
「舌打ちしないでくれる?」
「てめぇには伝わってんだからいいじゃねえか。
代わりに喋ろよ」
「こういう時だけ饒舌なのか」
三人の間に割り込んだのは、一人別行動をしていた朝陽だった。
朝陽に舌打ちした景は、お役御免だと言わんばかりに地面に腰を下ろした。
そんな景から視線を逸らし、朝陽は溜め息をつき目を閉じた。
そして再び前を見据え、真剣な顔で口を開く。
「一通り、異門を見てきた。そしてそれらすべてに共通することは一つ。
異門の半径五百メートルが別世界のように綺麗になっていた。
枯れた草木は青々と育ち、ボロボロの建物は新築のように変化、消えかかっていた道路の白線も綺麗に書き直されていて、ひび割れていたコンクリートも真っ平だ」
三人は朝陽の報告に耳を傾け、訝し気に眉を顰めた。
【異門】
人間界と魔界を繋ぐ出入口である。
全部で四つあるうちの三つ異門は、数十年前から全く使われておらずほぼ封印済みと言っても過言ではない。
そのため任務で守るのは、残る一つこの公園なのである。
「まあ、特別新しいものができたわけじゃないけどね。
建物、自然の在り方は何一つ変わっていない」
「……同じ」
ここで座り込んだ景がポツリと呟いた。
「ん?……ああ、ここと同じだ。新品に変わった、みたいな。
ねえ、いい加減やめてくれない?
俺だけに伝わるとか仲良しみたいじゃん」
「………」
「おい、そこの二人。そんな顔で見るな。
この役は君たちのお父さんのものでしょうが!!」
二人の冷ややかな視線を感じ、朝陽は茉莉、景を交互に指を差しながら反論した。
「別に何も言ってないじゃない。ねえ?」
「はい」
女性陣が頷き合うのを見た朝陽は、ガラリと空気を変えた。
「で、だ。ここからが本題」
その真剣な顔に、三人の表情が引き締まった。
景は立ち上がり、話し出した朝陽に視線を向ける。
「半径五百メートル。この意味が分かるか?
門を囲うようにして直径一キロ。
この公園を除く三つの異門。
ここ何十年も使われていない門だけど、その全ての範囲を合わせると、」
「約四キロ分の範囲………相当ね」
朝陽の問いかけに、茉莉は口を開いた。
「そう、この地域全体を覆うほどの範囲を何一つ傷つけることなく変化させる力。
よほど力をもった奴の仕業だろうな。
ここで問題が一つ。
そんな奴がもともと向こうにいたのか、それとも」
「翔を吸収したのか」
茉莉の答えに朝陽は頷き、続けた。
「後者がベターな考えだ。
むしろこのタイミング、そうとしか考えられない」
「確かに、それほどの力を持っている魔物がいるなら皆さんの耳に入らないはずがないですもんね」
静かに話を聞いていた優美の声に、三人は頷く。
「と、まあ。ここまではただの報告だ。
今から術者として今後の話をする」
三人は姿勢を正し、改めて朝陽に向き合った。
「これらの結果から、鳳莱翔は魔物に取り込まれた後だ」
「ああ」
「ええ」
「はい」
「鳳莱家に空きが出る。どうする」
次の後継者が見つかるまでお咎めを受ける覚悟でどちらかの代が任務にあたるのか。
それとも蓮水家の正統後継者を固定させ、鳳莱家は代理を出すのか。
一見、後者の方が簡単そうに見えるが、踏み切れないのには訳があった。
基本的にこの世界では同年に生まれた二人がコンビを組み、二人組で行動するのが代々受け継がれてきた暗黙の了解だった。
「どっちにしろ何らかのお咎めはありますよね?」
「多分な」
優美の質問に肯定した朝陽は、茉莉が口を開こうとしていることに気が付いた。
「どうした?」
朝陽の問いかけに茉莉は答える。
「言い伝えでは同じ年に生まれるからこそ戦術的なバランスが取れていて、トレードは向かないらしいけど」
どこまで本当なんだか、そう呟いた。
「ヘルプ」
「ああ、実際ヘルプで一緒に戦うことは今までもたくさんあったけどね。
あくまでも二組が合流した、みたいなイメージだからな」
「特にやりにくさはなかったけど、」
そんな三人のやり取りを優美は静かに見守っていた。
「このままじゃ埒が明かない。報告に行こう」
三人はそれぞれ返事をし、姿を消した。
優美はそっと後ろの公園を振り返り、深呼吸をして帰路についた。




