謎の人影
少年は目を覚まし、自らの力を目の当たりにし笑みを浮かべていた。
そしてむくりと起きあがり、隣に眠る少女の顔を優しく見つめた。
その顔にはもう前回のような自分を責める感情は微塵もない。
「先に行ってるからな、羽花」
少年は少女の頭をひと撫でし、この部屋を出ていった。
少年と入れ替わるようにして、羽花の隣にある人影が出現した。
「あいつはすごいやつだな」
感心しながら少年の出て行った扉を見ていた視線を、目の前で眠る少女に移す。
「お前の✖✖✖✖は、おっかないな」
せせら笑いながら手を伸ばし、ガーゼで覆われた右目に手を伸ばす。
少女を起こさないよう優しくそれを取り除き、右目を覆うように掌を被せた。
その瞬間触れた二つの間から不思議な煙と光が同時に現れ、消えるのを確認し立ち上がった。
「お前が消されるのは今じゃないからな。
目は回復させといてやる」
その言葉が言い終わると、この空間には何事もなかったかのような静寂が訪れる。
「あれ?」
数分後、少女は目を覚ました。
隣の布団がもぬけの殻であることを確認し、震える体に力を入れ立ち上がった。
――きっと待っている。
少女は自らに刻まれた証を一目見て、部屋を出て行った。
「生き延びて俺のところまで辿り着け、クソガキ」
※ ※ ※ ※
「羽花……!!!」
朝陽は触れていた肩から手を外し、妹を力強く抱きしめた。
「お兄ちゃん痛い」
「あ、ごめん」
朝陽はそっと体を離し、顔を覗き込んだ。
「どこか痛いところな、」
その時、朝陽は気がついた。
羽花の両目の色が違うことを。
「羽花?右目」
「右目?」
「……見える、か?」
直視できず視線を逸らすと、目を見開いている翔と目が合った。
――そうか、一緒に眠っていたから知らないよな。
動揺を隠せず黒目を彷徨わせている翔を見て、そう思った。
「見えるけど、どうかしたの?」
羽花の言葉に、部屋の空気が一変した。
「羽花、見えるの!?」
「本当か!?」
「でもそれならどうして色が違うんだ?」
茉莉、修、徹それぞれが声を上げ羽花の目を覗き込む。
一斉に取り囲まれた羽花は、困ったように眉を下げ、
「え?どうしたの?」
と困惑していた。
涙ぐんでいた母親達は、そっと立ち上がり羽花の頭を撫でる。
「目の中に血が入って、処置が間に合わなかったの」
「お医者さんには『もうどうすることも出来ない』『右目は何も見えない』って言われたのよ」
よかった、そう息を吐きながら千美は羽花をそっと抱きしめた。
「えー、お母さん?」
どうしていいかわからず、視線を巡らすとこちらを見つめる目に気が付いた。
羽花は手を伸ばし、笑顔を見せた。
そしてその手を握った翔もまた、安心したような顔で笑っていた。
「良かったねん。一件落着だねん」
アネモネの声が響き、一同の視線が集まった。
締めの言葉を述べ、この緊急会議は幕を閉じた。
「翔、羽花。本当に復帰させて大丈夫なんじゃな?」
スクリーンが真っ暗になったことを確認した若匡からの問いに、二人は笑顔で頷いた。
「本当はもっと休むべきだけどね」
「大丈夫だよ。俺達が頑張れば”そのうち”そうなる」
仲良く手を繋ぐ二人を優しい眼差しで見つめた二人は、一礼し部屋を出て行った。
その姿を修は静かに見つめ、羽花と翔に視線を移す。
「子供達、みんな幸せになってほしいんだけどな」
その声は、徹を筆頭に騒ぎ立てる声に紛れ拾われることはなかった。
※ ※ ※ ※
「羽花、本当に目は大丈夫なのか?」
解散し、それぞれの家に戻っている最中、翔は隣の羽花に声をかける。
「うん、本当になんともないんだよ?
失明だって言われてたみたいだけど、前と何も変わらないよ」
「羽花も天力で回復したのか?」
その声に首を横に振った羽花は、洗面所に入り鏡を覗き込んだ。
「起きた時から普通だったよ?
わ、本当だ。
色が違うって言っていたけど本当に違う」
左目と比べると、右は明らかに薄い色だった。
「血の影響かな?」
羽花は鏡から顔を離し、廊下に出る。
その隣に並んだ翔はグッと伸びをしながら口を開いた。
「夕方からまた任務が始まる」
「うん」
「正直、寝てたから体はしんどいけどな」
「わかる。けど頑張ろう」
「おう」
二人は鈍った体を戻すべく、地下へ足を向けた。
「あれ?羽花と翔は?」
外出していた修は居間でスマホを弄っている息子に声をかけた。
「もう出て行ったよ」
時刻は十六時を回ったばかり。しかし二人は久しぶりの任務に落ち着かず、ある程度体を慣らした後直ぐに家を出て行ったのだった。
「元気だなあ」
朝陽の答えを聞き、父は大きな口を開けて笑った。
テレビをつける父の姿を横目で確認した朝陽は、そっとスマホの画面を消し顔を上げた。
「父さん」
「ん?」
リモコンを持ち、振り返った修は真剣な表情をしている息子を見て声をかける。
「朝陽は最近そんな顔ばかりだな」
「え?」
「思い詰めすぎるなよ?」
朝陽は父の顔を見ていた視線を移し、手元のスマホを見つめながら問いかける。
「俺が、無茶なことしようとしたらどうする?」
「んー、そうだな」
修は考える素振りをしながらテレビのチャンネルを変えていく。
「理由を聞くかな」
「そっか」
しばしの間訪れる静寂。それを切り裂いたのは父の声だった。
「けど、朝陽が欲しいのはそれじゃないだろ?」
「え?」
「朝陽は誰に似たのかわからないほど、自信たっぷりだからな。
気づいた時には、もうすでに何か始めている時だ」
スマホから顔を上げ再び父と顔を合わせる。
「だから”今”の朝陽に言えることは一つだけだ。
『足を踏み入れたのなら、自分が納得できるまで頑張れ』」
朝陽は拳を固く握りしめ、口を開いた。
「わか、」
「女の子を巻き込んでいるなら、更に頑張れ」
――なんでもお見通しかよ。
朝陽は苦笑いし、スマホの電源を入れた。
「わかった」
先程遮られた言葉を、はっきり言い放った彼は再び何か調べ始める。
その姿を見つめていた修は目を細め、テレビへと視線を移した。
「お、これこれ。見たかったんだよな」
そんな二人は、同じように目を細め、穏やかに笑っていた。
※ ※ ※ ※
「出てくるの早すぎたな」
「まだ十七時前だもんね」
二人は公園の遊具に乗り、ぼんやりと遠くを見つめていた。
羽花はブランコに乗りゆらゆらと揺れ、翔はロケットの鼻先に羽花と向き合うように腰かけていた。
「今日は出るかな?」
「どうだろう、今日だけはやめてほしいね」
そんな会話を交わしていると、ふと二人を呼ぶ声が聞こえた。
「あー!翔と羽花ちゃん!!」
「え、嘘」
「本当だ!おーい!!」
そこには五人のクラスメイトが手を振り、駆け寄ってくる姿があった。
一瞬身構えた羽花を見逃さなかった翔は、遊具から飛び降り羽花のブランコに飛び乗った。
所謂二人乗りである。
「おー、久しぶりだな」
「おいおい、お前ら大丈夫かよ?熱出てたらしいじゃん?」
駆け寄ってきたクラスメイトの一人は心配そうに二人を見つめた。
「大丈夫、大丈夫。
熱はすぐ下がったんだけど念のため休んでただけだから、月曜からまた学校行くよ」
「ならいいけどよ。
よりにもよって宿泊研修の時に熱出るとか残念だったな」
「いやー、行きたかったわ。どうだった?」
「めっちゃ楽しかったよ!!」
「夕飯のカレー、美味しかった!」
「二人も一緒に行けたらよかったのに……」
「俺も羽花も熱出ちゃったからな」
「羽花ちゃんももう大丈夫なの?」
「あ、」
肩を震わせた羽花を遮った翔は、
「あー、羽花はまだ喉痛くて声出せねぇんだわ。気分転換で来ただけだからすぐ帰るよ」
羽花の頭を撫でながらクラスメイトに告げた。
「そっか!じゃあ私達も行こうか!」
「また学校でな」
「羽花ちゃん、お大事にね」
手を振り歩いて行く背中に、二人も手を振り返した。
そしてその姿が見えなくなった瞬間、翔は張り付けていた笑みを消した。
「『万が一一般市民に我々のしきたり、魔物の存在を知られた場合、それらに関する全ての記憶を抹消すること』
掟に従って、朝兄があの場にいたみんなの記憶を消して、俺達は熱で宿泊研修を休んだことにしてくれている」
あの日、朝陽が発動させた術式は『記憶操術』。
この術式に属性は関係ないが、習得するにはかなりの技量が必要である。
術者は対象者を自身の目と合わせさせ、意識を失わせる。そして記憶を断ち切るように手を鳴らした瞬間、対象者からそれに関わる全ての記憶を消すことが出来る術であった。
この術は、今回のように消したうえで別の記憶とすり替えることも可能だが、ただ単純に消し去るだけでも使用できるものである。
この術はかなり難易度が高いため、術者・魔物ともに習得しているものは少ない。
魔物の習得は未知だが、現在術者で習得しているのは――鳳莱若匡、鳳莱徹、蓮水朝陽の三名のみである。




