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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第一章 蓮水と鳳莱
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人間-3

 二人は痛む体に鞭を打ち、先程美蚊が見つめていた方向に顔を向ける。

 そこには見慣れた二つの姿があった。


「おい!大丈夫か!?」

 その姿を見た翔は、安堵からか全身の力が抜け崩れ落ちる。

 寸前のところで抱き留めた朝陽は、険しい表情で辺りを見渡した。


「どこに行った?」

「わかんねぇ、けど朝兄達を見て逃げたのは確かだ」

「俺達?」

 朝陽と茉莉は顔を見合わせる。


「最後の術は確かにあの女に効いていた。けど、」

「いつまで経っても倒れる気配はなかった」

 二人は全体重を二人に預け、静かに口を開いた。


「でも突然、ある一点を見つめて目を見開いていた。

 そして瞬く間に逃げたんだ」

「それが、私達が来た方向ってことね」

 姉の言葉に頷き、熱を持った腕で顔を隠す翔は言った。



「……っ、クソ。

 くや、しいな。羽花」

「……うん」

「いくら正統後継者だって言われても、敵に恐れられるのは俺達じゃないんだ」

 泣きじゃくる翔を朝陽は何も言わずに抱きしめた。

 茉莉もそんな弟を見つめ、汗や血で張り付く前髪を整える。

 痛みを与えないようにそっと頭を撫でた。


「遅くなってごめんな。頑張ったよ、二人は」

「やめろよ、朝兄」

 体中の傷口に温かい言葉が染み渡り、翔は涙が止まらなかった。


 そんな光景をぼんやり見つめていた羽花は音もなく立ち上がり、体を揺らしながら歩き始めた。

「羽花?」

 血まみれの手を優しく握った茉莉の手をすり抜け、羽花はひたすら前を向いて歩く。



 そして足を止めた時、勢いよく頭を下げた。

「怖い思いをさせて、申し訳ございません」


 右目が何も映してくれない、立っていることすら辛い、息をするのにも痛みが走る、全身の汚れが気持ち悪い。

 けれど羽花はずっと頭を下げ続けた。



 何分そうしていたか。

 ふと視界の端に見慣れた靴が入り込み、顔を上げた。

 そこには翔だけではなく、朝陽、茉莉までもが羽花と一緒に頭を下げていた。



「もっと早く到着するべきでした、申し訳ございません」

「守備体制を整えて置くべきでした、申し訳ございません」

 朝陽、茉莉に続き、翔も声を張り上げる。


「怪我をさせて申し訳ございません」

 そんな姿を見て、羽花は再び謝罪の言葉と共に頭を下げた。



 四人に頭を下げられた皆はしばらくの静寂後、ようやく口を開いた。


「守ってくれてありがとう」

 その言葉に勢いよく顔を上げた羽花は、その目を見て固まる。


「――なんて言うとでも思ってんのかよ!?」

 己に宿る怒りを顕に、各々声を荒げた。


「すごく痛いんだけど?」

「なんでもっと早く来れなかったんだよ」

「逃げられたんだろ?また来たらどうしてくれるんだよ」

 その時、人混みを掻き分け二人の前に立った少年がいた。


 宿泊研修に来ているクラスメイトだった。


「あんな化け物と戦うとか、格好つけてんの?気持ち悪い。頭おかしいんじゃねぇの?」

 その言葉を始めとして、色んなところから「怖い」「あいつらも化け物」「近づきたくない」という声が聞こえてきた。



「あいつら、好き勝手言いやがって!!!」

 グッと拳を握り、舌打ちした翔はふと隣が気になり視線を向けた。


「……羽花、」

 光のない瞳が細められるのを見て、体の芯から冷える感覚になる。


 翔の言葉に顔を向けた二人もまた、そんな様子に気が付き直ぐに術を発動させた。


「茉莉ちゃん」

「ええ」

 名前を呼ばれた茉莉は、両脇にボロボロの二人を抱え姿を消した。

 それを見届けた朝陽は、騒ぎ立てる一般人を見てにっこり笑った。


「皆さん、俺の目見てもらっても良いですか?」

「はあ?何を今さ――」

 朝陽の言葉に無意識にその指示に従ってしまった人々は目を見開いたまま意識を失った。



 群れの間隙を縫って歩き、全員の意識の有無を確認した朝陽はそっと笑みを消し、先程とは真逆の冷ややかな声で告げる。


「あいつらの努力も知らないくせに、傷つけてんじゃねぇよ」


 そうして再び笑顔を貼り付け、手を叩いた。

 乾いた音が空気に吸い込まれ、人々が意識を取り戻した時、そこにはもう朝陽の姿はなかった。



 ※ ※ ※ ※


「お疲れ様」

「うん」

 茉莉の労いの言葉に短く返し、二組並べられた布団を見つめる。

 すやすやと眠る二人に似合わない傷に朝陽は顔を顰めた。


「翔は転落した時の着地の仕方が悪くて踵骨骨折」

「踵骨って――」

「複雑な形をしている骨だから、痛みが残りやすいそうよ。

 それ故に、歩行に障害が起こるって」


「歩行ですら?」

「砂利道を歩くのですら痛みを感じるって先生が言ってた」

「飛んだり、走ったり、着地したりするこの世界で?」

「………そうね」

 布団で隠れている踵を見つめ二人は続ける。


「幸い毒の方は爺ちゃんの治癒で完治しそうよ」

「そっか」

 朝陽は翔の顔を一瞬見た後、隣の布団に視線を移した。

 それに気が付いた茉莉は、小さく呟いた。


「羽花も毒の方は問題ないみたい。

 前に毒が体内に侵入した時に抗体が出来てたから、命に別状はないって」

「あとは」

 羽花の手を握り寝顔を凝視する朝陽は、視線を動かすことなく問いかける。


「翔と同じで傷も、痣も残らない。けど、」

「なんだよ」

「粘膜に直接血液を浴びて解毒が間に合わなかった箇所が一つだけ、」

「……目、か」

 朝陽はガーゼで覆われた羽花の右目の下に触れた。


「爺ちゃんの力でも、そこだけはどうにも出来なかった。

 回復術を得意とする人が来たけれど『これは手に負えない』、そう言って帰られたわ」


「それなら仕方ないよな」

 淡々とした声に茉莉は顔を上げた。

 しかし言葉とは裏腹、彼の顔は怒り、憎しみ、絶望が彼を取り巻いており、直視できず視線を逸らす。


「回復術者が無理なら、もうどうしようもないもんな」

 茉莉の耳には、震える声、涙を呑む音が残酷に響く。


 ――泣いてはいけない。

 一番泣きたい人がいるのに、私が泣いてはいけない。


 そう思っていても溢れ出る涙を止めることはどうしても出来なかった。

 暫くの間お互いの音を静かに聞いていた二人は一斉に話を切り出した。


「ねえ」

「なあ」

 二人は口を紡ぎ、相手の目を伺った。

 そして先に口を開いたのは茉莉だった。


「私達は越えなきゃいけない。

 出来るかしら」

「やっぱりやるしかないんだ。

 今回の件で痛いほどわかった」

 茉莉は七つ下のまだまだ幼い二人を見て目を細めた。


「そうね」

 時刻は三時を回った。

 間もなく帰宅するもう一人の弟妹に報告するべく、二人は静かに立ち上がり部屋を出ていった。



 瞑っていた目を開け、天井に腕を翳す。

 拳を握りしめると、自身の体は瞬く間に光の中へ吸い込まれる。


 その光を確認し、暗闇の中でただ一人。

 意味ありげに笑みを浮かべていた。

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