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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第一章 蓮水と鳳莱
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人間-2

 二人はその言葉を聞いた瞬間、同時に思った。

 ――時間をかければかけるほど、不利になるのはこっちだ。


 美蚊という女が動き出す気配は全くなく、大量の蚊を操っているだけ。

 それならば美蚊本人を祓えば、勝てる。


 翔は空中に足場の結界を作り、その上を駆け抜ける。

 そして、最後の一つを蹴った時

「水属性 従二位 晨煙暮靄」

 術を発動させ、周囲を覆う。


 その靄に紛れ、羽花は花びらのように空中に舞い標的との距離を縮めた。

 一瞬にして背後に回った羽花は、目の前の背中に三つ指を立て、術を発動させる。


「花属性 正三位 桜花爛漫(おうからんまん)

 その指を時計回りに回転させた時、美蚊の胸元から綺麗に咲き誇る桜の花が現れた。


 動きを止めた彼女に追い打ちをかけるように、翔は先程の短刀とは比べ物にならない長さを誇る薙刀を動脈を目掛け、一気に振り下ろした。


 

【桜花爛漫】『花』属性に属する術者の天力によって生み出される技。


 桜の花が開き、鮮やかに咲き乱れている様子。


 羽花によるこの術式は、花が咲くために必要とする養分は体内の力・血液であり、この術を受けたものは開花と比例しそれらを吸い取られる。


 血液不足・力不足により立つことすらままならなくなるため、命に関わるものである。



 二人は手応えを感じていた。

 薙刀が何かを貫いた感覚、花が綺麗に咲いた感覚をそれぞれの術者は感じ取っていた。

 しかし、なぜだか妙な胸騒ぎを感じた二人は痛む体を庇いながら後方へ飛び避けようとした。


「残念」

 頭の中にその声が響いた時にはもう遅かった。

 体にまとわりつく温かいぬめりのある液体、鼻を刺す鉄のような臭い。

 それらを受けた箇所は徐々に熱がこもり、皮膚には圧迫感を感じる。



 晴れた視界で美蚊は首を傾げ、微笑んでいた。

「一つだけアドバイスしよっか」


 艶のある唇をひと舐めし、目を細めた彼女は言った。


「あなた達の術は切り刻むことを得意としてるのね。

 あなたの花びら、ボーイの刀・結晶……」

 指を折り数える彼女は、視線を動かし困ったように笑った。


 その視線にあるのは、必死に花びらを放り続ける守るべき対象と――


「増えている……」

 先程の数倍の数が飛び交う蚊の集団だった。


 羽花は自分の口から言葉が漏れたことに気が付かないほど、困惑していた。

 美蚊が現れる前に、半数以上の蚊は排除済みだ。

 交戦中に加増させた――いや、彼女はそういった動きを一切見せなかった。


「あの数、最初に見た時よりも多いぞ」

「うん」

 熱をもつ体を動かしながら、二人は辺りを見渡した。


 加増した多蚊は一つの場所に集まっている。

 これは、こっちにとっては好都合。

 多蚊に覆われているみんなを、何らかの形で引き寄せられたら、まとめて一度で仕留められる。


 二人は目を合わせ、一気に駆け出した。

「ねーえ?」

 しかし進行方向に体を割り込ませ、阻止された翔は小さく舌打ちする。


「お話は最後まで聞かなきゃ駄目だぞ」

「……邪魔するんじゃねぇよ」


 どんどん広がる黒の範囲が二人の思考を混乱させる。


 目の前の彼女は変わらず何かをしている気配はない。

 ただ余裕そうに笑みを浮かべているだけだ。


 それならどうしてこんなにも急激に増え続けているのか。

 その時、羽花は今日一日の記憶のあるシーンが脳裏に過った。



 空腹を感じながら、クラスメイトと楽しく作業していたあの時。

 隣で材料を切り刻む友人の姿。1本の人参が食べやすい大きさとなり沢山の――



「やめて!!!!!!!」

 加増の謎に気がついた羽花は黒の集団の中に聞こえるように叫ぶ。


 羽花の術式解除により手にしていた花びらが消え、複数の悲鳴が聞こえた。


「羽花!!!」

 美蚊の気をひく翔は、羽花の背中を押すように声をかける。


 まるでその声がかかるとわかっていたかのように、既に羽花は姿を消し、黒の集団の中に割り込んでいた。



「羽花!!!」

 混乱していたみんなは、その小さな背中に安堵の声を上げた。

「この魔物は――」

「おい!!!!」

 羽花の声を遮るように、クラスメイトは羽花に詰め寄った。


「花びら消えたんだけど、どういうことだよ!?」

「助けて!!!」

「ちゃんと俺たちのこと守れよ」

「そうだそうだ」

 四方八方から伸びる腕に捕まれた羽花の体は、腫れ上がった箇所を力強く握られ顔を顰める。


「ちょっ、」

 どこからか制止の声が聞こえた気がしたが、今の羽花には関係の無い事だった。


 ――痛い、痛いなぁ。

 あの時、目を閉じるのが遅れて少しだけ目に入ったからか、右目が見えないんだよなぁ。


 小さな体は痛みに支配されていた。

 その痛みを表すかのように涙が流れ落ちる。見えない右目から流れる涙は赤色に染まり、染みるような痛みを感じた。


「羽花ちゃん、酷い傷……私達なんてまだ、」

「もっと技出せよ!!どうにかしろよ!!」

 顔に擦り傷を作った少年は力強く羽花の腕を握りしめた。


「羽花、頑張って!!!!」

 涙ぐみながらそう声をかける彼女もまた、左手を腫らしている。


 涙を流す少女は口を開くことなく、背を向けた。

 結界内にみんなを閉じ込め、それを覆うように飛び交う多蚊の中に身を投げた。


 その身体は、右目の視力を失い赤い涙を流していた。

 さらには頬にできた切り傷からは血が垂れ流れ、体の至る所は腫れ上がり熱をもっている。


 明らかに後者の方が重傷で、守らねばならない存在だった。

 それでも彼女は戦う――生まれた家の使命の為に。



 切り刻むことが駄目なら、私に出来るのは中毒死か失血死。

 けれど、羽花には自らの身を犠牲に学んだことがあった。


『放出された血に触れてはいけない』


 羽花は体制を整え、絶好の時を待った。

 そして、今!!!


 多蚊が羽花を狙い集まった瞬間、

「花属性 正三位 桜花爛漫」

 ――危ない要因は直ちに排除する。


 周りを飛び交う大量の蚊。

 その一匹一匹から鮮やかな桜が咲き誇り、徐々に綺麗に色づいて行く。


 そうして全ての桜が綺麗に咲いた時には、大量の屍が地に転がっていた。

 羽花は急いで懐に手を入れ、術紙を取り出した。

 震える手で握りしめると、背後から温かい手が伸び、羽花の掌に触れた。

 その手は術紙を避けるように手を這わせ、爪を食い込ませる。


 鋭い爪が突き刺さり、羽花は眉をひそめる。

「ねえ、どうして増えるのかわかった?」

 無機質な声が耳元で鳴り響き、身の毛がよだつ感覚に陥った。


 動きを止めた羽花の体を、美蚊は優しく抱きしめる。

「あなたのせいで死んでしまったけれど、ここにいるのは全員女の子なの」


「女の子、」

「そう。

 あなた、『蚊なら全員血を吸う』と思っているでしょ」


 大量の屍に囲まれた中心で、体を寄せ合う二人はどこか儚げで美しかった。


「でも残念。

 吸血行動をするのは女の子だけなのよ」

 硬直する羽花に気を良くした美蚊は唇を舐め、潤ったそれを羽花の首筋に近づけた。


「女の子は産卵に必要なタンパク質を得るために血を吸うの。

 だからボーイが血を吸うことはないのよ」


 首筋に柔らかなものが触れるのを感じながら、羽花は思った。


 ――あぁ、だからか。

 きっとこの蚊達は、自らの命と引き換えに体内にいる子供を放出する。

 だから切り刻めば切り刻むほど、個体数が増えていったのだ。


 羽花の最後の術は正しかった。

 産卵のために吸った血を、羽花の術式で吸収し枯渇させたことにより、命を繋ぐ存在を放出できず力尽きたのだった。


「……ふぅ、ごちそうさま」

 背を向けている羽花は、妖艶に微笑む彼女の姿に気づいていない。


 今の羽花には後ろから囁く声も、視界に映る人々が何かを必死に叫んでいる声も、何も届いていなかった。

 美蚊の口づけた箇所が徐々に痒みを増し、熱を持つ。

 昔から虫に刺されると腫れやすいタイプだったから、相当だろうな。

 ぼんやりした頭でそんなことを考えていた。


 そして痒みが頂点に達した時、羽花は変化を感じて口角を上げた。

「ゴフッッ」

 吐き出された血が背中一面にかかり、「またかかっちゃった」と羽花は呟いた。


「私、花属性なんです。

 体内に流れる天力は『花』によるもの。

 毒を生成することなんて簡単なこと」

 諦めることなく何かを叫び続ける人々を眺めながら、羽花は静かに喋りだした。


 羽花の血に混ぜ込まれた花毒に気が付かず、美蚊は吸血した。

 その血液は美蚊の体を徐々に蝕み、力の全てを奪っていく。


「あなた、花属性なの」

 羽花の体にもたれかかった彼女は、掠れた声でそう呟いた。


「散々、花に纏わる攻撃してたでしょう?」

「そう言えばそうね」

 淡々と会話しながら、羽花は秘かに焦っていた。

 明らかに力を失っているのに、いつまでも命が絶える気配がないのだ。


 ――焦りを悟られてはいけない。


 羽花はその一心で、口を開き続けた。


「私、女の子には興味ないけれど、いつかあなたの血を吸いつくして殺してあげたいわね」

「それならそれよりも先に、私があなたを殺しますよ」

「無理よ。あなた弱、あ”あ”」


 突然聞こえた苦しみ喘ぐ声に後ろを振り返る。

 そこには荒い息を繰り返し、薙刀に支えられるように立つ翔がいた。


 彼は、美蚊と一対一で交戦した際に出来た傷を庇いながらにじり寄り、美蚊の心臓目掛けて短刀を突き付けた。

 その体は羽花同様、至る所から流血しており、美蚊の血を受けた箇所は酷く腫れあがっていた。


 美蚊の攻撃により、強制的に術式を解除された翔は地面に叩きつけられ全身打撲――いや骨折の可能性があった。


「ふふ、ふふふふ」

 それでも崩れ落ちることなく笑みを見せる彼女は、突然目を見開き遠くを見つめた。

「それではごきげんよう。また会いましょうね」

 その声が聞こえ術を発動しようと構えた時には、美蚊は跡形もなく消えた後だった。



「くそ、どこ行きやがった」

 辺りを見渡しても、あの妖艶な姿はなくまるで夢であったかのようだった。

 しかし自らの体に刻まれた傷、クラスメイトの怯え、なにより地面に散らばる大量の蚊が現実である証明だった。


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