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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第一章 蓮水と鳳莱
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 翔は数回瞬きをし、「おう」と一言返事をした。

 辺りを見渡し見つけたベンチに並んで腰かける。


 久しぶりのこの距離感に羽花は心臓が飛び出そうだった、

 ここ数週間、任務中も離れた位置から行い、言葉を交わすことがなかったからだ。

 家に戻る時もお互いが避け合うように、我先にと公園を後にしていた。


 そして、平然と前を見据えているように見える翔もまた別の意味で緊張していた。


 ――俺は知っている、羽花は悩めば悩むほど自分から行動出来なくなる性格だ。

 今、羽花の方から話しかけてきたということは。



 誰かが羽花に何かを吹き込んだ!!!!



 翔は心当たりしか無かった。

 授業中の居眠りも、おそらく周りは気がついている。

 しかし、それ以上に避けたいこと――それは、



『羽花を遠くから見ていたこと』

 翔は平然を保ちながら、心の中で頭を抱えた。



 ――絶対こっちだ。

 間違いない、あいつら余計なこと吹き込みやがった!!!



 頭の中で友人達の顔が思い浮かび、静かに顔を顰めた。



「え、怒ってる?」

 眉間に皺を寄せた翔を、不安げな表情で覗き込む羽花に

「いや、別のこと」

 と首を振って否定する。


 この会話をきっかけに、二人の間にあった壁が徐々に崩壊し始めた。


「ごめんなさい」

「え?」

「あの時たくさん泣いて、迷惑かけちゃったよね」

 翔は視線を逸らし「別に」と小さく呟いた。



「俺も話しかけるタイミング逃して、避けてた。ごめん」

「私もごめんね。……”ありがとう”」


 何の変哲もない普通の会話。

 羽花はその五文字にたくさんの思いを込め、口にした。


 あの時、優しく話を聞いてくれてありがとう。

 共感してくれてありがとう。

 気にかけてくれてありがとう。

 守ってくれてありがとう。

 隣にいてくれてありがとう。


 翔は一瞬目を見開いたあと、照れ臭そうに笑った。

「”どういたしまして”」



 この空間に広がる優しい空気を感じていた二人は、突然神妙な顔で話題を変えた。

 そこに居たのは宿泊研修に来ている小学五年生ではなく、蓮水家・鳳莱家の正統後継者だった。


「最近、私たちの周りに大量に発生する魔物」

「あぁ」

「本来魔物は、逢魔が時から決まったルートを通って人間界への侵入を始める」

「けど最近、日中にも低級の魔物が発生している。

 しかも、魔界と人間界を繋ぐあの公園ではなく、至る所に」



「翔も気がついてた?」

 羽花のその問いに、翔は頷いた。


「初めは見間違いかと思った。

 けど日が経つにつれ増えていく魔物達。

 時期から考えるとおそらく――」


「正統後継者が、現れてから」

 翔はぐっと体を伸ばし、欠伸をかみ殺す。


「ま、魔物っつっても空中に浮いてるだけの低級だから何の問題もなさそうだけどな」


「任務中なら出来る限り祓うけど、別に『そこまで急を要するものじゃない』って若爺も言ってたし」


 羽花は立ち上がり、炊事棟にいるクラスメイトを見つめた。

「今は任務のことは忘れて、思いっきり楽しもう」

「だな、向こうには姉ちゃん達がい――」



「ぎゃぁぁぁあああああああああ」

 その時、鼓膜を刺す悲鳴が視線の先から聞こえてきた。



 突然の出来事に二人は一瞬怖気づく。

 先に我に返ったのは、翔の方だった。


「行こう、羽花」

 その声に意識を戻した羽花は、嫌な音を立てる心臓を抑え走り出した。


 そんなわけがない、だって魔界からの侵入は決まった時間・時間で行われるのだから。

 そう頭ではわかっていても、どうしてもその可能性を捨てきれなかったのは――



「なんだこれ、おい、大丈夫か!?」

「痛いっ、痛い」

「しっかりして!!大丈夫だから」

「何、何が起きてるの!?」

「みんな!早くこっちに…きゃあああ!!」

「先生!!」


「なに、これ」

 羽花と翔が茫然と見渡すその先には、

「羽花ちゃん!!!大丈夫!?」

「翔!!!なんか急に体が腫れ始めて、」


 体の至る所を赤紫色に腫らし、痛みと痒みにのたうち回るクラスメイトの姿があった。


 そしてそのすぐ近くには三匹の蚊。

 勢いよく飛び回り次々と吸血していくその蚊は、野球ボールくらいの大きさがあり口元からは長く鋭い針が伸びている。

 血を吸われた者は、刺された箇所を抑えて倒れこむ。

 その手の隙間から見える肌は皆同じように赤紫色に腫れている。



 魔物が現れないと断言できなかったのは、最近よく目にしていたからだった。


「……羽花、行こう」

「うん」

 事態を飲み込んだ二人は一斉に三体の魔物に向かって駆け出した。

 その光景見ていたクラスメイトは驚きの声を上げるが、すでに集中の矛先は三体に向いていた。


「花属性 従三位 水月鏡花」

 羽花の体から放たれた大量の花びらは、一直線に三体の魔物に向かって飛んでいった。

 それを追うように、氷の結晶が鋭く飛び交った。


「水属性 従四位下 氷消瓦解」


 しかし三体の体は二人の攻撃をいとも簡単に跳ね返し、手当たり次第にその場に居る人間に襲い掛かる。


「花属性 正三位 空花乱墜(くうげらんつい)


 その時、舞い上がる花びらの数がより一層増えた。

 魔物は切れ味の鋭い刃物を警戒し、体内に溜めた血液を一気に放出し、飛び交う花びらに当てた。


「!?」

 三蚊の一匹はそのことに驚き、動きを止めた。

 それもそのはず狙った的が突然消えたのだから。


【空花乱墜】『花』属性に属する術者の天力によって生み出される技。

 妄想・幻覚を意味する。

 実際存在しないものを、存在しているかのように錯覚させる技である。


『空花』とは『空想の花』――つまりこの世に存在しない花が乱れ落ちることを意味する。



 羽花の発したこの花びらは全て空花であり、自らに向かって飛んできているように”見える”だけで存在していないものであった。

 困惑した三蚊は手当たり次第に血液を狙い飛ばすが、当然当たるはずはない。

 その花びらに紛れ、翔はより強度を高めた結晶を放った。


 しかし、この魔物の対応力は凄まじかった。

 数秒後、この花びらは幻覚であると判断した三蚊は羽花からの攻撃を切り捨て、翔の放つ結晶に全神経を注いだ。


 一見、三蚊有利に見えるこの状況――しかしこれは掌の中であった。


 氷の結晶に体内の血を吐き掛け溶かし消している三蚊の体が、勢いよく切り離された。


 ジジジジジジ

 翅のバタつく音が鳴り響き、三体の蚊は地面に転がった。


「花属性 従三位 水月鏡花」

 羽花は初めの攻撃を跳ね返される前提で放ち続けた。

 相手が慣れてきた頃にフェイントを入れ、油断したところでもう一度奇襲をかける。


 一筋縄ではいかない相手だからこそ、羽花は複数の技を囮に使い、相手を惑わした。

 そこに割り込む翔の術。

 彼の圧倒的な天力の強さは、少しの油断も許されない。

 この一連の攻撃に、二人の力がどれほど発揮されていたか瞬時に理解するものは少ないだろう。


 翔は懐から術紙を取り出し、三蚊の元へ近づいた。

 念のため早く処理を――

「持っておいてよかった、な」


 翅の動きが完全に途絶え、命が尽きたのだと思っていた。

 しかし三蚊はどんどん腹部を膨らませ、次の瞬間けたたましい破裂音が響き渡った。


 二人の交戦中に薬を塗り、症状が緩和されたクラスメイトは

「何?怖い、」

「何だ、今の音」

 とざわめきだしていた。


 二人は目の前で起こった光景に意識を向けたまま、その声を聞いて一安心した。

 ――とりあえず、無事でよかった。


 天力には回復術もあるが、今の二人に交戦しながら術を発動させる余裕はない。

 そのため、予め天力を付与し保管しておいた回復薬――『天薬(てんやく)』を持ち歩いていた。

 これは羽花が毒に侵された時に教えられた薬で、塗るだけで回復術の六割ほどの効果がある優れものだった。


 破裂した腹部から現れたのは、当初の姿より二回りほど小さい大量の蚊だった。


「またこの展開かよ」

 翔は目を細め、苦笑いする。


 二人は瞬時に術を発動させた。

 強くはないのに、仕留められない理由――数が多すぎることだった。


「はぁっ……質より、量かよっ」

 翔は額から汗を流し、呟いた。

 隣で汗を拭う羽花も、息を整えることに必死でかなりの体力を消費していることが目に見えてわかった。


 それもそのはず、レベルは低いが数が多い。

 クラスメイトや先生――ここにいる全員をこの大量の蚊から庇うには圧倒的に人数が足りなかった。


「このままじゃ、犠牲者出るぞ」

「うん、」

 荒い息を繰り返しながら、状況判断を行っている羽花は言った。


「一番厄介なのは”見えていないこと”」


 魔物の存在を知らない一般人が目視できないのは当たり前のことだった。

 魔物を視界に映せるのは蓮水家・鳳莱家――天から使命を与えられた者のみであった。

 しかし、術により目視を可能にすることは出来る。


一蓮托生(いちれんたくしょう)

 結果のよしあしにかかわらず、行動・運命を共にすることという意味。


 自らの所持している力を共有し、相手に同じ空間を共有させる術式。

 この結果が良くなるかは、この戦いが全てである。


 しかしこの術は安易に発動してはいけない決まりがあった。

 本来、人々は自らを脅かす魔物の存在を知ることなく生活している。

 そんな彼らに突然得体のしれない生物を見せて、自我を保っていられるかどうか。

 そして『やむを得ない場合を除き、使用を禁ずる』という掟に反するのではないか。



 この二つの観点が二人の判断を遅らせる。

 その時羽花は見てしまった。

 自分から翔と向き合うきっかけを作ってくれた恩人が、多蚊に刺される寸前だということを。


「翔、」

「おう」


 羽花は目を閉じ、紋様を額に当てた。

「使おう」


 翔もまた、同じ動作を行い術式を発動させる。


「わかった」


 この場にいる全員の手の甲には蓮水家・鳳莱家の家紋が刻まれ、準備は整った。

 二人が目を開けた瞬間、術式が発動し、人類は初めて魔物と対面することとなる。

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