先輩
「なんかさ、最近多くね?」
翔は氷の結晶を、空中に浮かぶ小さな魔物に向け飛ばしながら言った。
「んー、確かに」
返事をする羽花もまた、翔が仕留めたものとは異なる種類の魔物を切り裂いた。
ここ最近、魔物の発生数が今までの比ではない程増加していた。
その殆どが言葉を知らない低級の魔物であるため、苦戦することはなかったが、二人は次々と湧き出てくることに嫌気がさしていた。
「ああもう!!鬱陶しいな!!!」
翔はつい先日習得したばかりの薙刀を生成し、辺りに漂う魔物達を一刀両断した。
「ねえ」
「ん?」
羽花の静かな声に翔は少しばかり緊張しながら続きを待つ。
「いや、気のせいかも。今度にする」
「そっか」
羽花に微笑み返す翔もまた、最近気になることがあった。
――きっと同じだろうな。
そう感じてはいたが二人は、それを口にすることなく黙々と作業し、本日の任務を終了した。
「あーあ、今日からまた学校か」
「あっという間だったね」
毎日欠かさず稽古と任務をこなしていた二人にとって、約一か月の夏休みはあっという間のものだった。
今の時刻は午前三時。
数時間後には、クラスメイトと久しぶりに顔を合わせることになる。
「翔、宿題ちゃんと終わったの?」
「任務来る前に終わらせた」
若干ドヤ顔をしている隣の少年を、羽花は冷ややかな微笑みを浮かべながら見つめていた。
ザワザワと賑わうこの空間。
「久しぶり!」
「夏休み何してた?」
「あれ?黒くなった?」
夏休み後特有の会話が飛び交う中、羽花と翔は机に突っ伏していた。
「やばい、眠い」
「わかる、どうしよう」
全ての任務を任されたのは夏休みに入ってすぐのことだった。
つまり朝方三時までの任務を終えてから、学校に登校するのは今日が初めてだった。
「よっ、翔。おはよう!久しぶりだな」
「おー」
眩しいほど明るい笑顔を見せる友達を、翔は気の抜けた返事で対応する。
「なんだ?夏休みばてか?あんなに休みあったのに」
「なになに?翔、夜中までゲームしてたの?」
近くにいたクラスメイトが輪を作り、机に突っ伏す翔を弄り始めた。
斜め後ろの席に座る羽花はその光景を見て、そっと姿勢を正す。
「んー、まあ、そんな感じだな」
へらりと笑った翔は、顔を机に着けたままそう返した。
「ちゃんとしろよー、寝てたら先生に怒られるぞ」
「そうだな、気を付けるわ」
その時、校内に朝の会が始める合図が鳴り響いた。
周りのクラスメイトは、焦りながら各々席に戻っていった。
翔はふと後ろを振り返る。
「なに?」
目が合った羽花はそう問いかけたが、翔は首を横に振り前を向いた。
そして時間は着々と過ぎていきあっという間に帰り会が始まった。
朝と変わらず、担任の先生が連絡事項を口にしているのをぼんやり聞いていると突然一人の名前を呼ばれた。
「羽花」
「はい」
「これはどういうこと?」
教壇に立っていた担任はカツカツと足音を鳴らし、羽花の席まで来た。そして手にしていた一冊のノートを机上に突き付ける。
それは朝に提出した、夏休みの宿題の一つだった。
「ほとんど書いていないじゃない。
駄目でしょ?しっかりやって来ないと」
静まり返った教室で、羽花は一人口を開いた。
「ごめんなさい。でも――」
「言い訳はいいから。どうしてやって来なかったの?」
言葉を遮り、強い口調で質問する担任の視線から逃げた羽花は机の上のノートを見つめた。
「書くことが、なくて」
「他の皆はちゃんとやって来てるのよ?羽花だけやらないなんて、ずるいでしょ?」
その時、一人の男子生徒が口を挟んだ。
彼はクラスの雰囲気を変えるムードメーカーだった。
「ずるすんな――羽花あああ!!」
冗談を言うように明るい口調だったが、羽花の心を抉るには充分だった。
クラスメイトは羽花のその様子に気が付かず、男の子の行動にクスクス笑っている。
「羽花は、ずっと俺といたから書くことがなかったんだよな」
翔は俯く羽花に声をかけた。
「全く同じ内容になっちゃうから、書けなかったんだよな」
その言葉に先程とは打って変わって、教室中がざわつき始める。
「やっぱりあの二人一緒にいたんだ」
「お家隣だしね」
「本当仲良いよな」
「ほら皆、静かに。それに、翔」
担任は羽花に向けていた視線を移し、声色を変えた。
「夏休み明けで気が緩みすぎよ。
二人とも今日も授業中、居眠りしてたでしょ。
お休みを満喫するのは良いけれど、遊んでばかりいないで規則正しい生活をすること」
そう言い教壇に戻っていった担任は、教卓に置いてあったプリントを手に取り、配り始めた。
「これは――」
翔は後ろを振り返る。
そこには下を向き俯いているせいで、表情が見えない羽花の姿があった。
「羽花さぁ、もっと適当に生きろよ」
時刻は二十一時。
先程、本日一体目の魔物を払った翔は、ロケットの形をした遊具の上から声をかけた。
「あんなの全員分細かく見るわけないんだからさ、嘘書いとけばいいじゃんか」
地面に立つ羽花は、自分の目線より上にいる翔を見上げることなく口を開いた。
「どうして、」
「ん?」
小さな呟きに翔は聞き返す。
「私達は、どうして戦ってるんだろう」
俯くその顔は、彼女の綺麗な髪の毛に隠されていた。
「そりゃ『人々を守る』ためだろ?」
「みんなは私達のことを何も知らないのに?」
翔は足底をつけていた遊具を蹴り、視線を上げない羽花の隣に飛び降りた。
羽花はその事に気がついているはずだが、反応せずに続ける。
「みんなは私たちが何をしてるか知らないのに、どうして――」
翔は羽花の肩に手をかけ、力を込めた。
「羽花?」
強い力ではなかったが、羽花の体は弱々しくその力に従った。
ようやく見られたその表情に、翔は目を見開いた。
――なんで。
「な、んで泣いてんだ、」
ポロポロと静かに涙を流す少女の肩から、ダランと腕を戻す。
それでも翔はそんな羽花の涙から目が離せなかった。
「私達のことを誰も知らない。
こんなに辛いのに感謝一つされない。
私達がどれだけ頑張っているか、どれだけ時間に追われて生活しているか。
――誰のために、こんなにも頑張っているのか」
「……羽花」
「今日だって、寝るつもりなんてなかった!!!
でも気がついたら授業が終わってた!!!
私だって授業中に寝たりしないよ!!!
任務を、稽古を理由にしたくないけど実際そうでしょ!?」
「みんなが寝ている時間、私達は必死に戦っている。
みんなの暮らしを守っている。
それを何も知らないのに『規則正しく』『遊んでばかりいないで』
守ってる相手にそんなこと言われたら」
「……羽花!!!!」
泣き叫ぶ少女を、少年は声を荒げて止めに入った。
突然の大声に肩を跳ね上げた羽花は、ピタリと止まり唇を噛み締めた。
「羽花、やめろ。……血、でる」
温かい手を頬に伸ばし、翔は優しく涙を拭った。
その手の温かさに、羽花はより沢山の涙を流す。
度々出る嗚咽を、羽花は口にしかけた言葉と共に呑み込んだ。
――守ってる相手にそんなこと言われたら、守る意味がわからなくなるじゃない!!!!
翔は自らの手に伝う温かく切ない水を感じながら、静かに羽花の言葉を待っていた。
「……宿題だって、」
悲痛な叫びとは違い、ただの独り言のようにポツリと呟く声を決して聞き逃さないように、翔は耳を傾ける。
「本当は書こうとしたんだよ」
「うん、知ってる」
「でもどうしても書けなかった。
『今日は家族で旅行しました』
『○○ちゃんと遊びました』
『みんなで外食しました』
嘘を書くことは出来たけど、私にはわからない。
体験したことがないからどういう気持ちになるかわからないの」
「うん」
「私もみんなみたいに自由に好きなことがしたい。
家族ともっと思い出を作りたい」
「……うん」
「この――」
羽花は咄嗟に口を紡いだ。
泣き疲れ、ぼんやりした頭に浮かんだ”この先は言ってはいけない”という警告。
口を閉ざした羽花の代わりに、翔は深呼吸し口を開く。
「俺達、この家に生まれなかったらもっと楽しかっただろうな」
その言葉に、羽花はようやく顔を上げた。
泣き腫らした目がこちらを向き、翔は眉を下げ笑った。
「もしこの家に生まれたとしても、正統後継者の証が出なかったら、もっと好きなことができたと思う。
俺達より後継者に相応しい人が周りにいるのに、どうしてなんだろう。
そのせいで俺達は更に技術を求められるようになった」
……こんな家に生まれたくなかった」
羽花の目はゆらゆらと揺れており、動揺しているのを感じた。
その目から逃れるように視界を閉ざし、あの時間を思い出す。
自分が嫌いになっていたあの時、全てを拒絶して自分を取り巻くこの環境に嫌気が差していた時。
この少女を失いかけた時。
「俺も前に思ったよ」
翔は泣きそうな顔で笑った。
――俺は、その感情の先輩なんだ。




