正統後継者と天力
「って言われても、いまいちピンと来ないよな」
あの後、二人はなんとなく家に戻るのが惜しくなり歩き彷徨った結果、何度も汗水流したこの地下室の稽古場に辿り着いた。
「お兄ちゃん達もいつの間にか任務に行ってたから話せなかったね」
羽花は残念そうに時計を見上げた。針は日付が変わり、もうすぐ二時を指そうとしていた。
本来ならば布団に入っている時間だが、濃い一日を過ごしたせいか、寝られる気配がなかった。
両親もそれを察してか
「今日は特別ね。ただし、外には行かないこと」
と起きていることを許してくれたのだ。
「これが、その証かあ」
翔は右手を上に掲げ、呟いた。
「どうして私達なんだろうね」
その様子を隣で見ながら、羽花は口を開く。
「うん」
「お兄ちゃん達の方がよっぽど向いていそうだけど」
「うん」
暫くの間口を開かなかった二人は、ふと思い出したように
「明日から私達だけで任務だって」
「やばいよな」
と声を揃えて言った。
そして二人は思った――強くなるしかない、と。
眠気は未だに来ないが、明日に備えて寝ようと二人は稽古場の扉を開く。
するとそこにはタイミングよくこちらに入ってこようとしていた景が立っていた。
「兄ちゃん」
「景兄」
二人に返事することなく一言だけ言い放ち、景は踵を返した。
「舐めるな」
その一言は二人を奮い立たすには充分すぎた。
二人は互いに「おやすみ」とかけ合い、全力疾走で自室へ向かう。
そして勢いよく布団に潜り込み、同じことを思うのだった。
――絶対に越えて見せる。
次の日から、稽古が今まで以上に過酷なものになった。
今まで一から十やってものを、突然一から百やっている感覚を二人は感じていた。
それもそのはず、朝稽古場に来た若匡の第一声――それは
「今から言う技を一週間で全て使いこなせるようになってもらう」
というものだった。
若匡が提示した技、それは『各属性の従二位』までの攻撃全てであった。
天力には様々な属性がある。
羽花の『花』、翔の『水』、景の『雷』、若匡の『時』のように、我々が生活していく中で触れている物すべての属性があり、通常一人につき一種類の天力が授けられる。
そしてそれぞれの属性の攻撃には『天力位』――つまり順位が付いているのである。
上から順に、正一位・従一位・正二位・従二位……と続き三位以降はそれぞれ上と下に分かれる仕組みだ。
基本的に並の術者は従二位を、才能のある術者は従一位を最高位として習得し、実践で自由自在に操っているのである。
羽花や翔は現段階の最高位は従三位の【水月鏡花】【明鏡止水】。
二人が如何なる状況でも自信をもって使いこなせるのは、この技のみだった。
これは恥じることではなかった。
技の習得は思っている以上に過酷で、難しいことである。天力を放出した後に、それぞれの術の型に変えるというのは、素人が弓矢で的の真ん中を狙う以上に難しいものだった。
使い方も、狙いもわかっているのに、上手く飛ばない、当たらない。
二人は思わず絶句した。
この従三位の中のたった一技でさえ、使いこなせるようになったのはつい数か月前。
つまり稽古を始めて、七年の時を要したのである。
それに天力位は各位に一つとは限らない。
従三位が二種類あったのならば、正三位は四種類、従二位は一種類――というようにその属性、天力位によって技数はバラバラである。
多い時には一つの位で十を超える場合もあるのだ。
二人は聞いた瞬間逃げ出したくなったが、奮い立たせくれたのは数時間前景に言われたあの一言だった。
そこから早くも数時間が経った。
二人は予想通り何一つとして形に出来ていなかった。
足りない時間――夜には長い任務も控えている。
心は焦るばかりだったが、二人は決して弱音を吐くことはなかった。
この天力位は術者の強さで決まるものではない。
ただ純粋に技本来の強さでその位置付けが決まる。
言ってしまえば例え実力が乏しかったとしても上位の術を習得していれば、自分より圧倒的な強者に勝てる可能性が出てくるものだった。
上位術なら勝てると断言できかねるが、これは『弱肉強食ではなく自らの努力により平等に戦える』ことを指していた。
だからこそ羽花と翔は頑張らねばならなかった。
正統後継者として戦っていくには、「他の人が使える術をまだ使えません」などと言える立場ではない。
一刻も早く高度な術を、自分の物にしなければならないのだ。
しかし二人に足りないものは実力でもなく、やる気でもない――時間だった。
この家に生まれた術者だからと言って、人々と違う生活をしているわけではない。
他の皆と同様に学校に通いながら、家の使命をこなしているのである。
世界を脅かす魔物の存在、両家に課せられた使命、十を過ぎても天力を持っていることなど、人々は何も知らない。
知られることも許されない。
この家に生まれた者は人々と同じ生活を送りながら、たくさんの試練・苦労を乗り越え、それらを隠しながら生活していた。
これはこの先も変わることはない。
昼間は学校へ行き、十八時には任務へ向かい、帰宅するのは朝方。二人に出された過酷な課題。
稽古に当てられる時間は極僅かで、二人は時間不足を痛感していた。
「時間が、なさすぎる」
「うん。学校から帰って任務まで平均三時間。
一週間の期限――土日の任務前を入れても四十時間程度」
「俺ら、今の従三位を一つ覚えるのに七年だぞ?
時間がない上に、難易度も上がっている」
「どうしよう」
二人は日々考えていた、効率の良い稽古方法を。
「この間言ってたさ、」
「うん?」
「任務中に新技練習しながら魔物と戦うの」
「うん」
「きっとあれが一番いい方法だと思う。実践も兼ねているし」
羽花は翔の言おうとしていることが分かり、言葉をかぶせた。
「万が一失敗して、人々に影響を与えたら――」
問題はそこだった。
二人が両家が高度な技を日々練習するのは、強い敵が来た時に戦い勝利を収めるため。
戦うのは、魔物が人々の平和な暮らしを壊さないため。
そもそもの根本が、二人の着想を阻害していた。
羽花は静かに考え、提案した。
「翔、あのね――」
※ ※ ※ ※
そして迎えた期限の時、若匡は言った。
「合格じゃ」と。
二人はその言葉に欣喜雀躍した。
羽花と翔が、自らの判断で物事を考え、実行し成功させる。
これは任務にも役立つ大切なことであった。
天力位の中で難易度の高い術の習得。
一週間という期限を設けたのは、若匡の判断。
正統後継者として直ちに術を極めることは確かに必要だったが、一週間という過酷な期間を突き付けたのは、二人にこのことを体験して欲しかったからである。
二人はそれに気が付くことなく、達成感で胸がいっぱいになった。
「やったな」
「やったね」
互いに手を伸ばし、握りしめた。
※ ※ ※ ※
「翔、あのね――前に言われたことを思い出したの。
『お互いを理解』『支え合う』『二人で、一緒に』『足りないところを補い合う』って」
これは今日に至るまで、自分よりも遥かに先にいる術者達から言われた言葉の数々。
翔は前を見つめる羽花に視線を移した。
「翔は技の習得に集中していていいよ。
その間私が守る、絶対に誰も傷つけさせない」
強い眼差しで前を見据える少女を見て、少年は笑みを浮かべた。
「おう、任せたぞ。こっちも任せとけ」
二人は拳を合わせ、頷いた。
その光景を一人の男が見ていた。
「へぇ、あいつらが”噂の”お二人さんね。
――にしても、」
男は不敵な笑みを漏らしながら、呟いた。
「うまいこと成長しやがったな、クソガキ」
鼻で笑ったこの男は、暗闇に紛れるように静かに姿を消した。
「うわっ!!!」
直後、同じ場所に氷により生成された薙刀が突き刺さる。
「あっぶね、やっぱり上手く使いこなせないな。
勝手に飛んでくから、扱いづらいんだよ」
翔は手元から離れた新しい武器を回収し、元居た場所に戻っていく。
元々吞み込みが早く、行動に移すセンスを持ち合わせている彼は次々と新しい技を習得していった。
かつての悪行の再来かと思われるが、これは羽花の協力があってこその成長であり、以前のような片一方が置いてけぼりになっているというわけではないのであった。
そして数日後には、羽花も着実に高度な術を習得していった。
※ ※ ※ ※
こうして技術も、絆も高めた二人を待ち受けていたのは、
「いやあああああああああ」
「ごめんな、羽花」
あまりにも残酷なものだった。




