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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第一章 蓮水と鳳莱
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遠い背中

「雷属性 正二位 疾風迅雷(しっぷうじんらい)


 二人の背後から突然凄まじい足音と落雷音が聞こえ、翔は目を開けた。


「は?」

 そこに広がっていたのは、想像もつかない程残酷な世界だった。

 羽花が毒に支配され、二人の天力が底尽きるほどの相手。

 あんなにも苦戦した相手をこの男は一撃で仕留めたのだ。


 男の足元には、つい先ほど自分達に襲い掛かろうとしていた奴らが無造作に転がっていた。

 男が二人を振り返り、目が合った瞬間、翔は悔しさのあまり歯を食いしばった。


 ――俺が、俺が仕留めたかった。

 羽花を、こんなにも傷つけた奴は俺が…!!!


「なんで、来たんだ」

「時間」

「…俺が、倒したかった。俺が、」

「帰れ」

 地に跪く二人を見下ろす男は、抑揚のない声でそう告げ、向こう側へと歩いて行った。

 その数歩後ろを静かについて行く女はこちらを一瞥し、慌てながら男について行った。


 暗闇の中に姿を消した二人は、もうこちらから見ることは出来ず、翔は固く握りしめた拳を地面に叩きつけた。

 たくさんの砂利が皮膚を貫き血が滲み出るが気に留めることはなかった。


 歯を食いしばったまま羽花を背に抱え、必死に家まで走った。

 まずは羽花が優先だ、毒が進行している様子はないが、肌の変色は一向に収まる気配がない。

 一刻も早く手当てしてもらわなければ――そんな焦りと、悔しさが六歳の小さな体を蝕んでいく。


 背にいる羽花が目を開ける様子はない。

 翔は誰にも気づかれず涙を流しながら家で待つ爺ちゃんの元へ急いだ。



 勢いよく扉が開く音が響き、そこにいた全員の視線が一斉にこちらを向く。

 翔は一瞬、その視線に怯んでしまった。

 自分は今日何もできなかった。

 その上、羽花にこんな傷を負わせてしまった後悔の念からだった。


 涙が止まる気配がない。

 後悔、嫉妬、恐怖、己の情けなさ、数々の感情が渦を巻き、とうとう立っていることすら出来なくなってしまった。

 それでも唇を必死に動かした。


「羽花を、羽花を助けて」

 お願いします、と続く声は蚊の鳴くような声で縋る。

 その救いを求める小さな声を聞いた大人たちは、羽花の元へ駆け寄り急いで手当てを始めた。


 翔は座りこみ、その光景をぼんやりと見つめていた。

「ほら、翔も傷だらけだ。手当てをしよう」

 父親が救急箱を手に翔の隣に腰を掛けた。

 真新しい傷を見つけ父は翔の右手に手を伸ばしたが、それを彼は拒絶した。


「…ら、ない」

「ん?何だって?」

「いらない!!!」

 部屋中に響き渡る叫び声に、手当ての手が止まり静寂が訪れる。


 翔は居心地が悪くなり、俯く。

 ふと、視界に誰かの足元が入り込んできた。

 この足袋――


「よく、考えるのじゃ」

 若匡はそう一言告げると、羽花の後の手当てを他の人に任せ部屋を出ていった。



 ――考えろって、何をだ。

 自分が実力不足だった、それだけだろ。

 格好つけて状況を考えず突っ込んで。


 よりにもよって羽花の方が傷ついた。

 俺の勝手な判断だったんだから、俺がやられたら良かったんだ。



 一通りの手当てを終え別室へ運ばれていく羽花の姿から翔は目を背けた。

 俺のせいなんだ、俺が――


「……弱いから」


 もう涙は出てこなかった。

 今まであれだけやってきて、このザマだ。


 他の子達が寝ている間、遊んでいる間、俺は――俺達はずっと稽古をして、それでも適わなかった。

 景兄(けいにぃ)優姉(ゆうねぇ)が来なかったら、二人共絶対生きていなかった。


 一撃で敵をしとめた男の名は鳳莱 景(ほうらい けい)

 鳳莱家の二番目の子供であり、翔の三歳上の兄である。

 彼は『雷』を操る術者で、冷酷なオーラを纏う彼から放たれる術式は、術者本人のように残酷さを持ち合わせている。


 彼の実力は高く、昨年突如訪れた魔物百二十五体をたった一人、それも一撃で仕留めたという記録が残されている。

 しかし本人はそのような偉業に興味はないため、ひけらかすことなくただ無心で魔物を狩り続けるのだった。



 俺の周りは凄い奴ばかりだ。

 視野が広く、周りへの配慮も欠かさない実力者の朝兄。

 先陣をきって攻撃を仕掛け、味方に有利な道を作る茉莉。

 一瞬で沢山の魔物をたった一人で倒す景兄。

 優姉だって、景兄と一緒に任務に行くくらいだ。強いに決まっている。



 それなら俺じゃなくて、兄ちゃん達が任務に行けばいいのに。

 そうしたら誰も傷つかない、絶対勝てるのに。



「なんで、俺なんだ」

 小さく呟いた声は、誰もいないこの部屋に消えていく。

 その直後後ろの扉がバンッと大きな悲鳴をあげた。



「よっ、翔!お疲れさん」

 勢いよく片手を上げ入ってきたのは、たった今考えていた朝陽だった。

 翔は、入ってきた人物を確認し、再び視線を床に戻す。


「どうだった?初任務は」

「………聞いているだろ」

「あぁ、報告はな。俺が聞いてるのは、お前の感想だ」


 感想。そんなの――


「悔しい、苦しい、辞めたい、怖い。

 俺なんて、か?」

 自分の心境をドンピシャに当てられ大きく目を見開く。

 けれど顔を向ける勇気はなかった。



「お前は、俺に似てるんだよな」

「似てねぇよ。朝兄ならこんなヘマしないだろ」

「お前は俺をなんだと思ってんだよ」

 口を紡ぐ翔とは反対に、朝陽は大きな口を開けて笑いだした。


「ごめん、一人になりたい」

 いつもならばここで馬鹿騒ぎが始まり茉莉に怒られるのだが、今日は違った。


 朝陽はそんな翔を見つめ、立ち上がる。

 その姿を横目で盗み見た翔は強ばっていた体から力が抜ける。


「――なぁ、」

 頭上から聞こえたその声は、低く落ち着いたものだった。


「勘違いするなよ。

 お前がすごいと思ってる俺は"今の"俺だ」

「十三の俺だ。

 七年の差、舐めんなよ」

 そう告げると、今度こそ歩き始めた。



「じゃ、俺任務行ってくる~!いい夢見ろよ!」

 先程とは打って変わって、明るくおちゃらけた男は大きく手を振り扉を閉めた。


「……寝られるわけ、ないだろ」

 体を揺らすと、重力に従って床に叩きつけられた。

 全身に感じる痛みは、今の彼にとって心地良いものだった。


 腕で顔を覆い動きを止めた翔は、静かに目を閉じる。

 嫌でも脳裏に浮かぶあの光景を、早く振り払いたかったのだ。



 ※ ※ ※ ※


 バタンッ、扉の閉まる音が廊下に響く。

「行かなくて良かったの?」

「私が行っても逆効果だから」

「そっか」

 壁に背を預けた二人は、俯きながら言葉を交わす。


「どうだった?」

「すげー落ちてたな、あれは」

「そう」

「七年の差はデカいぞ、って釘を指してやったよ」

 茉莉は自分達の始まりを思い出し、笑みを零す。


 私達のデビュー戦――七年前の、翔達と同じ歳の時。


「景達と交代しに行きますか」

「おう」


 壁から背を離した二人は神妙な顔持ちで歩き出した。


 ※ ※ ※ ※



 翔がこの二人に追いつけるのか、何年先の話なのか。

 これは神のみぞ知るものである。


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