均衡
「あっ、」
「貴方もご存じですよね、彼のこと」
「……はい」
「彼は――雪くんはあなたのことが大好きでした」
ピリカの口から出た自分も知っている名前。
あの日、あの姿に教えられたことは今の羽花の強さに繋がっている。
「お知り合い……ですか?」
羽花の質問に首を振ったピリカはゆっくりとベンチに戻り、再び腰を掛けた。
「いいえ、直接お会いしたことは一度もありません」
ピリカは人差し指を立て宙で何かを描く。
次の瞬間辺り一面に色とりどりの花が咲き誇り、羽花はその光景に目を輝かせた。
「……凄い!!」
それと同時に改めて感じた。
彼女の実力の高さを。
これほどまでの広範囲にこんなにも大量の花を咲かせるには膨大な力が必要。
同じ力を持つ者としてその過酷さを知っている羽花は、息をするように行うピリカの凄さを目の当たりにしたのだった。
「慣れないことをすると緊張しちゃいますね」
照れたように笑ったピリカは目の前の花畑を見つめ息を吐いた。
「私達が住む魔界、私がいる最上位。
そこには沢山の仕組みと、決まりがあります」
初めて聞かされる魔界の詳細。
羽花は真剣に耳を傾け、心の中に刻み込むのだった。
※ ※ ※ ※
魔界――魔物が巨万と生息する人間界に似ているもう一つの世界。
しかし人間界と直接的な繋がりはなく、異門と呼ばれる午後六時から午前三時まで解放する門を通ることにより二つの世界を行き来することが可能になる。
魔物には、人間と同じようにそれぞれが異なる力を持っている。
しかし術式を持たない魔物達はその力をそのまま放出し攻撃を行うというシンプルなもの。
複雑で、巧妙な術式を使う人間の方が一見有利に見えるが、それらを捻じ伏せるだけの威力があるのが魔物の力だった。
そんな魔物には”階級”が存在する。
下級、中級、上級、最上級。
その位を決めるのはただ単純に殺めた人間の数というわけではない。
その数に加え、魔物自身の持つ力の大きさや性格、対術者との勝敗の総合でその位置づけは決められる。
そして魔界をまとめ、引っ張る存在――最上位に君臨する魔物達。
それらは現在十九名。
魔界では最上位に属する者に反論してはいけない、そういった決まりがある。
また魔界で一番大きな建物の最上階に部屋が作られ基本的にそこに集っている最上位の魔物達にはある権限があった。
それは魔界の全てを監視・管理できるというもの。
室内にある望遠鏡――どんなことでも映しだすそれは魔界でたった一つしかない貴重な代物。
最上位の者しか踏み込めない部屋に設置されているため、これを使用できるのは必然的に十九名だけということになる。
魔界での争いごとが一切起きない理由は、人間にしか闘志を燃やさない者が先頭に立ち、日々監視をしているからだった。
本来最上位の中での順位付けは不毛とされ、同等な立場として過ごしてきた最上位に属する魔物達だが、ここ最近ある問題が起きているという。
※ ※ ※ ※
「魔界で争いが起きることはない。
何故なら最上位ないでの順位はなく、それは意味を持たないから。
しかし今、魔界の秩序を保つのに重要な最上位内での揉め事が起ころうとしています」
「揉め事?」
ピリカは頷き、隣の術者を見つめた。
憎き人間、吸収すべき術者、魔物と交わることのない存在を。
「最上位の魔物には人数制限がありません。
誰かが欠けたからと言って新しい魔物を入れることもなければ、枠がいっぱいだからと優秀な魔物を見過ごすわけでもない。
最上位に相応しい者が正しく評価される、それが魔界の決まりです」
「今の魔界にはその優秀な存在が十九名いるということですね?」
「そうです。
ついこの間まではこんな争いは起きていなかった。
始まりはそう――二十名いた最上位の魔物の一人が欠けたことによるものです」
「二十名?もう一人いたということですか!?」
羽花の驚きの声にピリカは頷く。
「それがあなたも知る雪くん、ですよ」
「雪が、最上……?」
雪の強さは知っている。
変幻した魔物を瞬殺するほどの力を持っていた。
それと同時に大量の雪を出現させ、永遠に雪だるまを作り続けていた姿はまさに今隣にいるピリカが出した花畑と同じだった。
納得はいく、いくけれど――
「それじゃあ、傀儡さんも最上位ってことですか?」
「傀儡?
いいえ、彼は上級です」
ピリカの答えに眉間に皺を寄せる。
明らかに傀儡は雪を見下していた。
そのことから我々は二人は共に上級魔物であり、その中でも順位があるのではないか。
そう推測していたのだ。
傀儡、彼は強かった。
大切なものを蔑ろにするのと引き換えに得た強さで我々を窮地に追い込んだ。
雪、そしてマリオとマリアがその身を犠牲にしてようやく倒すことが出来た。
それほど彼には実力があるというのに最上位ではないという事実。
「雪くんは異質でした」
小さく独り言のように言葉を吐き出したピリカは、髪の毛で顔を隠す。
俯き表情が見えないがその声はどこか寂しそうだった。
「雪女という強大な力を持つ魔物の血を受け継いだ彼は他の魔物が敵わない程の力を持っていました。
そしてそれを使える体もあると判断され、最上位に選出。
しかし母からの愛を受けられず、雪女の信者からは存在を否定された彼に魔界での居場所はありませんでした。
いつも一人、姿を見れば馬鹿にされ貶される。
最上位に属する者に歯向かってはいけない。
しかし彼相手にそれが適用されたことは一度だってなかった。
最上位の仲間からも、自分よりも下の階級の魔物からも。
魔界にいる自分以外の全員にそういう仕打ちを受けてきた」
「そんな彼が人間界で命を落とした。
その訃報は当然魔界にも知らされましたが特に反応はありませんでした。
しかし時間が経った今、その影響が出始めているのです」
「影響?」
疎まれ、いないもののように扱われたのなら変わるはずがない。
だって必要のないものが無くなっても、不便になることもなければ悲しくなることもない。
それがどうして今になって――
「魔界での決まりが少なからず全魔物達のストレスとなっていた。
逆らってはいけない魔物達。
同等の立場として扱われる最上位内。
それらの今までのストレスの捌け口が雪くんだったと知ったのは争いが始まって少し経った頃」
※ ※ ※ ※
「なあ、✖✖✖さんよぉ。
そろそろどっちが上か決めようぜ?」
「は?うるせえな。
俺の方が上に決まってるだろうが」
「あーいやだいやだ。
これだからむさくるしい連中は」
「あ?」
「黙って私の尻に敷かれていれば良いものを」
「ちょっとおばさん。
それって✖✖君も入っているの?
だとしたら許さないけど?」
「誰がおばさんよ、この幼児体型が!!」
「幼児体型?馬鹿じゃないの?
幼児なんだから当たり前じゃない。
ぼけてきたんじゃないの?お、ば、さ、ん」
「うるさいわね。
ちょっとそこのあんた、何こっち見てんのよ」
「え?別に何も。騒がしい人達だなぁ、と」
「美蚊さんはクールビューティーですもんね?
お姫様は私達を見下して優雅にお茶会ですか?」
「え、私は――」
「なんかよぁ、歯向かったら駄目って何様のつもりだよ」
「俺達のこと見下してるよな」
「俺達には無理でもよ。
上級の上の奴らなら最上位の奴一人くらいは殺せるんじゃね?」
※ ※ ※ ※
「荒れに荒れている今の魔界。
今までそのストレスの矛先は全て雪くんに向いていた。
それにより日頃の鬱憤が晴らされ秩序を保っていましたが、その存在がいなくなった今その均衡が崩れ、互いを憎みぶつかり合う――そう変化しています」
本業からバイトまで自由な時間がなく、バイトが終われば既に日付が変わっている......
12/28投稿分です。




