推し
「私は、自分に実力がないのはわかっています。
そして術者として認められていないことも。
評価されているのは正統後継者の証だけで、私自身には何の価値もありません」
「そんなこと――」
「大丈夫です、これは事実ですから。
だけど、いえ、”だから”私は諦めない。
いつか私がこの世界を変えて、自分の価値を証明してみせます」
術者として語り始めた羽花は徹の言葉を遮って言った。
『私が蓮水家正統後継者として――この世界を破壊します』
目の前の少女がまだ幼い顔つきのまま、そう宣言したあの日からかなりの月日が流れた。
自分の息子がいなくなって同じ時が経ったが、こちらはつい最近の出来事のように思える。
息子の死はかなりの年月――実際よりも何倍もの時が過ぎているように感じられるが。
すっかり身長が伸び、だいぶ顔つきが大人びてきた少女は二度目となる決意を口にした。
「そっか。
でも俺は、羽花なら出来るんじゃないかって思うんだよなぁ」
白い息を吐きながら空を見上げた徹は、心の中の思いを吐き出した。
「そう思ってくれる人がいるだけで充分です」
「そう!?……そう!?ねえ、嬉しい!?」
目を輝かせる徹に引き攣った笑みを返し、羽花は冷えた指先をカイロで温めながら呟いた。
「『諦めない』――ずっとその思いだけで突き進んできました。
諦めちゃったら、今まで培ってきた全てが無駄になってしまう気がしたから。
でも時折思うんです、本当に諦めなくていいのかって。
諦めることが周りのためになるんじゃないか、
諦めた方が上手くいくんじゃないか。
そう思いながらも自分を奮い立たせて今日まで来ました」
「私は――」
羽花は自身の紋様を撫でた。
「私は『諦めなくていい』と誰かに言われたかったのかもしれません。
『間違っていないよ、大丈夫だよ』と自分の存在を肯定してくれる誰かを探していたのかもしれない」
羽花はポケットから残る二つの結晶を取り出し、握りしめた。
「今の私に皆の期待に答えられる力はまだありません。
でも一つだけ訂正するのなら、異門の封印は中止ではなく延期。
頃合いを見て、必ず私がこの任務をやり遂げてみせます」
「うん」
徹は満足気に頷き、拳を差し出した。
「羽花」
「はい」
「応援、してるからな」
かけられるとは思っていなかった言葉に目を見開く。
噛み締めるように心の中で繰り返し、羽花は笑顔で答えた。
「御意」
二人の大きさの異なる拳が合わさった。
視線を絡ませた二人は歩き出す。
「じゃあまたな」
「うん、気をつけてね」
結界の外に出た徹は背中に感じる羽花の視線に気が付きながら浮かべていた笑みを消した。
透き通った結界内。
一般人にはいつもと変わらぬ光景が広がっているが、術者や関係者は中の様子が目視できる。
振り返ると、たった今別れたばかり少女は早速魔界から侵入してきた魔物と戦っていた。
優勢で進むその攻防を見届け、徹は歩き出す。
「――麻痺してるな」
険しい表情を見せ、暗闇の中に姿を消したのだった。
※ ※ ※ ※
「よし」
当初伝えられている期日であった三月三十日。
異門封印の儀が中止されたことにより時間が空いた羽花は第三異門の前に佇んでいた。
どれくらいそうしていただろう。
ようやく動く決心がついた羽花はゆっくりと歩き出す。
橋の上にいる四人の女性。
春、夏、秋そして冬。
四つの季節を表しているらしい彼女らの丁度中間地点。
特殊な羽織を着て橋の下に潜り込んだ羽花は、朝陽から託された魔除の結晶を埋め込んだ。
すぐ真下には大きな川が流れており気が気じゃない状況に鼓動が早まるが、無事目的を達成し地上に足をつける。
周囲の人通りを確認し羽織を脱いだ羽花は、橋の上でカメラを構える人に紛れる。
オレンジ色に染まる果てない空は綺麗で儚く、それでいて芯の強さがあるように感じ、眩しそうに目を閉じる。
周囲の「綺麗だね」「すごいな」などの賞賛する声を聞きながらぼんやりと考えた。
――これが今現在の最善の道。
やがて夕日が沈み周囲の人数が減りそれに紛れるように退散した時、時刻は午後六時前を指していた。
開門数分前に辿り着いた羽花は兄の言葉を思い出し笑みを浮かべた。
『羽花ちゃん、応援してるからな』
何度思い出しても心が満たされる言葉に背中を押されていると突然その音は聞こえてきた。
「お花のティアラはいかが?」
羽花の正面、異門から侵入してきた中学生くらいの女の子。
つまり羽花と同年代の少女は百五十センチ程の身長。
白のシャツとピンクのワンピースを纏い、一目で女の子だとわかる恰好の彼女は、シロツメクサを器用に編みながら近寄る。
「私の名はイケレ・ピリカ。
以後お見知りおきを」
スカートを摘み頭を下げるピリカはどこかのお姫様のようだった。
その可愛らしい見た目からか弱い印象を受けたが、ここまでしっかりと会話できるところを見ると恐らく――「上級。若しくはその中でも上ね」
前回のリッチャーとの戦いで、会話の有無だけで位を判断することがいかに危険か身をもって知ったが、ある程度の相手の指標としては必要な情報だった。
「貴方は?」
にっこり微笑む彼女は鈴を転がすような声で問いかけた。
「蓮水……羽花、です」
「まあ、貴方が噂の」
両手で口元を覆い驚いた表情を見せたピリカに、羽花はずっと感じていた疑問をぶつける。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「ええ、勿論」
「魔界には位がありますよね?
それはどのように決まるのですか?」
羽花の質問にピリカは目を丸くする。
斜め上を見つめ、人差し指を顎に添え考え込むこと数秒、ピリカは再び笑顔を見せ答えた。
「わかりませんわ」
「え?」
思いもよらない返答に、今度羽花が目を見開く。
「だって明確な決まりはありませんもの」
「それじゃあ何故階級なんか――」
「もしあるとするならきっとあれですね」
「”あれ”?」
「魔界では数百年に一度、自身の脳を取り出し審査に提出する儀式がありまして、おそらくそこで階級分けが行われているのでは?」
「……脳?」
あまりにも不気味なその光景を想像し、眉を顰める。
そんな羽花の表情に気づき、ピリカは笑う。
「別に痛くも痒くもないですよ?
魔物の体は丈夫ですから」
身をもって知っているその事実。
術者が血だらけになろうと内臓を負傷しようと、同じ攻撃を受けても魔物は掠り傷で済む――なんて場面は今まで何度も経験してきた。
自分の身ならば最強の味方、敵となれば厄介なその仕組み。
何度その強さに心が折られそうになったことか。
「私達も判断基準はわかりませんが、一説では”人間への憎悪の濃度”によって割り当てられているのではないかと言われております」
「人間への」
――憎悪。
魔界から来る者は人間の力を欲していると同時に、何やら良くない感情を持っていることは薄々気が付いていた。
もしイケレ・ピリカの言うことが本当ならば、上級であればあるほど人間への憎しみは大きな物で、当然それに比例して戦いは勢いを増すだろう。
――だとしたらリッチャーは、
「立ち話はここまでにしてそろそろ始めましょうか?」
ピリカはスカートをたくし上げ、服のテイストを変える。
動きやすそうなショートパンツ姿になったピリカは笑みを絶やすことなく告げた。
「私だって、人間様を好いてはいませんもの」
クリスマス期間、仕事の終わり時間が読めず更新をお休みさせて頂いております。
次回投稿は26日予定です。
週末投稿出来なかった分複数話更新予定ですのでよろしくお願い致します。
2021-12-24 桜音愛花




