変わるモノと居残るモノ
現若手世代に属する男性術者全員の離脱は両家に大きな影響を与えた。
ただでさえ人手不足のこの世界。
よりにもよって既に大人達に引けを取らない面々が姿を消したのだから当然だった。
「さて、どうするのねん」
スクリーンに映るアネモネの顔は影になっており誰もその素顔を認識できない。
しかし椅子に腰掛けていることだけが分かるその映像から聞こえてきた言葉に修は答えた。
「どうするも今いる術者の技術向上しか手は」
「この際はっきり言わせてもらうのねん。
この世界は終わりなのねん」
「終わりって……」
「君達はまだ優秀な術者。
しかしこの先歳をとる事にその力は低下し、衰えていく。
それを阻止するには今いる若手がどれだけ成長出来るかにかかっている。
けれど私は、残ったあの三人が朝陽や景程の実力をつけられるとは到底思わないのねん」
アネモネのこの辛辣な言葉は、女性術者を見下している訳ではなく事実だった。
その証拠にこの言葉に反論する者は誰もいない。
そんな中、若匡だけが体勢を変えながら口を開いた。
「茉莉はまだ見込みはあるんじゃが」
「今の状態じゃそれも確実ではないのねん」
茉莉はあの日以来、すっかり別人のようになってしまった。
皆の先頭を歩き、優しく相談に乗ってくれた茉莉は、今や魂が抜けたようにただ時間が過ぎるのを受け止めているだけだった。
声をかけてもどこか気の抜けた返答しか返ってこない。
そして優美も、元々口数が少なく自分を表に出す性格ではなかったが、部屋に引きこもってしまう程精神的に追い詰められていた。
優美に関しては誰と口を聞くこともなく、自分の殻に完全に閉じこもってしまったのだ。
あの日を境に目を覚まさない朝陽と景。
二人は回復術者のいる病院へ移り、家の中はなんとも寂しい空気が漂っている。
「にしても、羽花は強くなったな」
リッチャーとの戦いを終えてからも毎日欠かさず任務へ向かう変わらない羽花を徹は褒め讃えた。
「強さとは精神だけでは意味がないのじゃ」
しかしそれは若匡の言葉によって否定される。
「そうですが誰よりもこの事実を受けとめ、前を向いています。
簡単そうに見えて、出来ない人は多いのでは?」
現に茉莉は私情に左右されてはいけないと分かっていながらも、目の前で起こった悲劇にすっかり心を閉ざしてしまった。
あの茉莉ですら、だ。
「一先ず、異門の封印は中止。
術者のメンタルを回復させ、直ちに技術を向上させよ」
若匡の声に部屋の者は暫しの沈黙の後「御意」、そう小さく答えた。
※ ※ ※ ※
「というわけで、正式に中止になった」
二十三日午後五時。
本日の任務へ向かおうと靴を履く羽花の後ろで、徹は声をかけた。
一瞬動きを止めた羽花は、何事も無かったかのように立ち上がり頭を下げる。
「わかりました」
笑顔を見せ、暗闇へと姿を消した羽花を見送った父は居間に戻り、ストーブの前に腰を下ろした。
じわじわと熱を持つ背中を感じながら、徹は辺りを見渡した。
いつぶりだろう、静まり返った一人の空間は。
子供が産まれてから誰か彼か居間にいたし、いなかったとしてもどこからか楽しげな声が聞こえていた。
たまに隣の家から来客が来て、更に騒がしくなって。
正直煩わしい時もあったけれど、どこか心地よくて。
今思えば幸せだった、そう思う。
天睛班の仕事に出かけた妻、任務に向かった次女、入院中の長男そして部屋に引こもる長女。
変わってしまった蓮水家。
天と地は一瞬でひっくり返ることを実感した日。
あの日、二月十八日から十九日にかけてのたったの数時間。
いつもならばあっという間に感じる数時間がとてつもなく長いものに感じていたあの時間で。
こんなにも自分の人生は変わってしまった。
「あったかいなぁ」
人工的な温もりを感じていると手にしていた携帯が着信を知らせた。
「はい」
『よっ、何してる?』
電話の相手からの陽気な声に、修は思わず笑みを浮かべた。
「別に。
ってか、さっき会っただろ」
『あれは術者としてだろ?
今俺は、俺として電話してんの!』
「なんだそれ」
相変わらず陽気な男だ、と吹き出した修に電話口から聞こえた声。
「今から行っていい?」
懐かしいその言葉。
その言葉に昔から変わらない返事をする。
「お好きにどうぞ」
通話が切れた音が聞こえ、数秒後。
今度は来客を告げる音が家に鳴り響き、修は腰を上げた。
「本当にさ、」
引き攣った笑みで出迎えた修に怯むことなく家に上がり込んだ徹は家主よりも先にソファに腰掛けくつろぐ。
「ほら」
居間に戻ってきた修は手にしていたペットボトルを突き付け、その正面に座る。
「おっ!カラナじゃん!!ありがと!!」
「昔からそうだろ」
同い年の修と徹はしきたりを継ぐ者として蓮水家・鳳莱家に生まれた。
秘密を背負う二人は同い年ということもあり常に一緒に過ごしてきた。
赤子、保育園、幼稚園、小学校――今日までずっと一緒に歳を重ねてきた二人は所謂幼馴染というもので、互いの好物や苦手な物まで意図的に覚えようとしなくても自然と記憶に残るほど同じ時を過ごしてきたのだった。
「上手いじゃん、これ」
「俺駄目だ、甘ったるい物」
「昔っから食べないよな。
それで言ったら朝陽もだろ?」
「お前の所はがっつり受け継いだよな」
懐かしく胸が締め付けられる話で盛り上がっていた二人は、会話が一段落ついた瞬間静まり返る。
「で、話があってきたんだろ?」
修の問いかけに、徹は苦笑いした。
「まあな」
言いにくそうに濁した徹は、異様に乾く喉を潤そうとペットボトルを口に当てた。
「おい、それやめろ」
生理現象を堪えることが出来ず、頬を膨らませ眼を見開きながら目の前に座る友人を見つめると叱りの言葉が返ってきた。
ツンとした鼻の痛みを乗り切り、ようやく本題に入る。
「あれ本当にやめるのか?」
「やめるしかないだろ」
「でもわからないじゃん」
「リスクを冒してまでやることじゃないと判断されたんだ。
術者は魔物を祓うためにいる。
解放された異門の数が増え、一般市民に影響が出る恐れがあるから封印しようとしている。
けれど今、封印が成功する確率は限りなくゼロに等しい。
この意味がわかるか?
封印が失敗してその反動で大量に魔物が現れる。
異門が開き魔物が増える。
どちらも同じことだ。
それなら封印の儀に向けて先の見えない特訓をするより、この先の為に技術を磨いた方が良い――上はそう判断しているんだろう」
「わかんねぇよ」
「要は上の連中は元々、封印が成功するとは思っていなかったんだろうな。
失敗して魔物が大量に現れてもその場を丸く収められれば問題ない。
万が一成功したのならラッキー、そういうことだろ。
そのために朝陽が呼ばれたんだ。
しかし同行予定の朝陽が離脱した今、失敗する未来と魔物を祓える術者不在という事実。
それしか残っていないからこの話は白紙に戻されたんだ」
拳を固く握りしめ、徹は悔しそうに呟く。
「それがわかんねぇ」
「は?何が、」
「成功するかもしれないじゃんか。
たとえ失敗したとしても、そこで何かを見つけるかもしれないじゃんか」
「けどそれで誰かが死んだら元も子もな」
「俺は反対だ。
封印の儀をやらせる」
「馬鹿なこというな。
本人もそれを了承している。
もう覆せるものじゃない、決まったことなんだよ」
最後の一口を流し込んだ徹は立ち上がり、ソファに腰掛ける修を見下ろし言った。
「知ってる。
だから俺は今日ここに来た」
「何、」
「俺はやってもいないのに決めつけられるのが心の底から大っ嫌いだ」
そう言い放った徹は空のペットボトルを掴み、
「ごちそーさん。帰るわ」
そう言い放ちそのまま玄関へ歩いて行った。
引き留めることも、顔を上げることもしなかった修はそんな徹の表情を見ていない。
しかし四十五年の仲である修には、見ていなくても彼が笑っていないことくらい気が付いていたのである。
階段の途中で立ち止まっていた人影は、誰にも気づかれぬように踵を返す。
パタンという扉の音が悲し気に小さく鳴いた。




