第8話「双子神ジェミニ、言葉の毒と踊る」
村に、静かに染み出す“空気の変化”があった。
それは臭いでも温度でもない。
言葉の輪郭が、崩れてきていた。
リーブラが集計した“耳の庵”への投書には、奇妙な特徴が出始めていた。
「昨日も“働いているふりの人”がいました。がんばるだけ損です」
「村をまとめてる人たち、最近ちょっと偉そうじゃありませんか」
「正しさは必要ですか? 私は気楽に生きたいだけです」
アストレイアは眉をひそめた。
「“指摘”と“揶揄”が混ざってる……これは“言葉そのものが崩れてきてる”わね」
その翌朝、村の掲示板に、正体不明の紙が張られていた。
『この村は、笑顔で崩壊していく。
あなたの正義は、誰の利益?』
その言葉の主は、すぐに現れた。
「おや。見つかっちゃったか」
陽光の中、身軽な姿で現れた者。
銀髪、細い体。両肩に左右反転の仮面を掛け、片目に星の紋章。
「双子神、ジェミニと申します。言葉と鏡の眷属。
真実と虚偽の区別を、“あなたの中”に問いに来ました」
アストレイアが慎重に言葉を選ぶ。
「……あなたが村に投書を?」
「書いたのは、私じゃない。書かせたのは、私かもしれない。
言葉とは、“扇の骨”みたいなものでね。ちょっと開けば、扇風機にも、刃物にもなる。
それをどう使うかは、話す者と、聞く者の“力”なのよ」
リーブラが問う。
「あなたの狙いは何ですか。村を混乱させることですか?」
「混乱は、自己認識の副産物だ。
……たとえば、木札制度が“公正”だと思ってる人がいる。
でもその裏で、“評価されるために働く”ことに疲弊してる人もいる。
私はただ、“その矛盾に気づかせる火”を、ほんの少しだけ灯しただけ」
その夜、村はざわめいた。
誰がどんな札をもらっているか、
誰が“気に入られているか”――そんな言葉が、焚き火の周囲に浮かび上がる。
翌朝。
木札を掲示する掲示板の前に、ひとりの青年が札を叩きつけて立ち去った。
「……俺は、人のためにやってきた。でも、
“よく働く”って言われるたび、道具みたいになってく気がするんだよ」
それを見ていたアストレイアは、そっと呟いた。
「“正しさ”が、誰かを壊すのなら……私の秩序は、まだ未完成だわ」
ジェミニはその様子を高台から眺めながら、空を指した。
「あれがカストル、そしてあれがポルックス。
私は、ふたりでひとつの矛盾。
人間の心も、きっとそうでしょう?」
星はまだ微かに光っていた。
「――あなたは、“言葉を信じる者”ですか?
それとも、“言葉を疑う者”ですか?」
そう問いかけて、ジェミニは村の影へと消えていった。
アストレイアは空を見上げる。
「私は……“言葉を持っている者としての責任”を、果たすだけよ」
夜の星々は、今日も問いかけている。
(続く)
村の状態(第8話終了時点)
登場:双子神ジェミニ(真実と虚偽の狭間に棲む存在)
村の課題:言葉による無意識な分断と“正義疲労”
星語り:カストルとポルックス――ふたつでひとつの矛盾存在
アストレイアの変化:言葉の扱いに“倫理と慎重さ”を意識し始める
星語り:ジェミニは「口がふたつある星」として語る
問題点:情報過多と感情疲労が一部の村人に影響