第6話「蠍神スコルピオ、毒と真実をもたらす」
朝、粉が吹いた。
それは麦粉だった。だが、白くない。
ほんのりと青みを帯び、指で触れると粉というよりも、何か湿った砂のような感触があった。
「……この色、何か混ざってるわね」
アストレイアが眉をひそめた。
技術庁の風車から挽き出された粉が、明らかに異常だった。
「まさか、カビ?」
「いや、違う」
そう言ったのはアクエリアだった。
彼は粉を少量、金属の皿に乗せて火にかけると、ふっと独特の香りが立ち上った。
「甘いようで、微かにピリつく。……これは毒だ。合成されている。偶然ではない」
「毒? 誰が、なんのために……?」
アストレイアが言い終わらないうちに、広場の空気が冷えた。
「毒は、真実をあぶり出すものよ」
女の声がした。
その声と共に、村の端の井戸近くに一人の神が立っていた。
黒い衣、長く引きずるマント、蠍の尾を模した杖を持つ女神。
「蠍神スコルピオ……」
リーブラが低く呟いた。
「スコルピオ様、なぜこの村に?」
「この村に“秩序”が戻り、“技術”が芽吹いたと聞いてね。
次に必要なのは、“真実”を知ること。そうは思わないかしら? アストレイア」
アストレイアは沈黙した。
「ちなみに、その青い粉は私の民が混ぜたもの。致死性はないけれど、摂取すれば軽い幻覚を見る。
そしてね、その幻覚は“心の奥底で抑えていた後悔や不信”を映すのよ」
アクエリアが睨む。
「何がしたいんだ。村を混乱させる気か?」
「いいえ。混乱は起きている。ただ、表に出ていなかっただけ。
村人たちはね――“働かない者”に苛立ち、“支配される感覚”に戸惑ってる。
“技術庁”に不満を持ってる者も、“木札制度”を競争と感じている者もいる。
全部、黙っていただけ。毒が、それを引き出しただけよ」
アストレイアは拳を握った。
「……なら、どうしろって言うの。私に何をさせたいの?」
「選ぶこと。
“誰の言葉に耳を傾け、どの不満を見逃すのか”。
秩序の女神は、最終的に“選別”する立場にある。そうでしょ?」
スコルピオは微笑むと、地面に数枚の羊皮紙を置いた。
「ここに、村人の“匿名の告白”を書いておいたわ。
どう向き合うかは、あなた次第」
彼女はそう言い残すと、黒い煙のように風に溶けて消えていった。
その日、アストレイアは村の焚き火の前で、一人静かにその紙を読んだ。
「……私は、“働くふり”をして、木札だけ取っています」
「本当はもう、アリエス様が怖いんです。あんな強い斧を持っていると、逆らえません」
「最近のごはん、おいしくない……って言えなくてつらい」
「技術庁の人たちは、なんであんなに偉そうなんでしょうか」
アストレイアは、紙を静かに畳んだ。
「……“みんなが頑張ってる”なんて、ただの幻想だったんだ」
リーブラが傍に座る。
「でも、それを知ることが、あなたの仕事です。
“真実の重さ”を、目を逸らさず受け止める。それが、秩序というものです」
アストレイアは頷いた。
「――ありがとう、スコルピオ。
次の邑では、最初から“声を聞く場所”を作る。
誰も取りこぼさない秩序を目指すわ」
その夜、村に新しい施設が立てられた。
“耳の庵”――匿名で意見を届けられる、焚き火横の小さな小屋だった。
(続く)
二、グレンムラ 村内勢力図(神と民)
【指導神】
アストレイア(乙女座):村全体の秩序と方針。判断役。
【協力神】
リーブラ(天秤座):均衡と裁定。中立のまとめ役。
アリエス(牡羊座):戦士の民のリーダー。開拓・狩猟。
カルキノエ(蟹座):庇護の神。寝具・炊き出し・福祉。
アクエリア(水瓶座):技術の神。風車・水汲みなどの自動化。
スコルピオ(蠍座):真実・影の神。内心のあぶり出し。
【村人の民(派閥的分類)】
秩序の民(アストレイア創造):記録係・議事運営・木札管理
戦士の民:狩猟・伐採・外敵対応
護民:看病・食事・布団・子ども守り
技術者:風車整備・水汲み器調整・機械操作
闇民:秘密裏に生まれた者たち。主に情報収集や密告役