第20話「アストレイア、旅立つ」
風が変わった。
それは村の空気の変化ではなく、アストレイア自身の中に吹いた風だった。
星詠み庵、星座会議、十二神の集落、そして星邑の誕生――。
すでにこの村は、彼女の手を離れて動いていた。
「もう、ここは“始まりの村”ではないのね」
アストレイアは独り言のように呟いた。
リーブラが控えめに問うた。
「旅立つのですか?」
「ええ。ここから先は、“記録者”ではなく“観測者”として、村を渡り歩くつもり」
クラヴィスが巻物を手に差し出す。
「これは、次の地の星図です。未開拓の南方、森と水と霧の地」
ピスケスは魚形の香包を手渡した。
「水を忘れず、やさしさも」
そして、村の子どもたちが作った“帳面のしおり”が、アストレイアの記録帳に挟まれた。
その日、村では静かな出立の儀が行われた。
神々はそれぞれの祠から姿を現し、村人とともにアストレイアを見送った。
「責務は、預かりました」
リーブラが静かに言う。
「あなたの帳面が、戻る場所を忘れないように」
アストレイアは笑った。
「戻るつもりは、まだないわ。でも、誰かが必要とした時は、きっと記録に立ち返る」
その足取りは、軽くもあり、重くもあった。
彼女は“1万邑”を再建するために、次なる星の下へ向かったのだ。
そして夜。新たな旅の空の下。
アストレイアは一人、焚き火の前で帳面を開き、こう記した。
『私は、記録者であると同時に、語り部である。
星々の巡りが、一つ一つの村に宿るまで。
この世界が再び、神話になるその日まで。』
旅は始まった。
アストレイアの、そして1万の邑の物語が。
第20話は、ひとつの大きな区切り――アストレイアの旅立ちの回となりました。
彼女が残した制度、仲間たち、そして村人たち。
それぞれが自立し、次なる神話がまた生まれ始める。
これから彼女は、文明の種を抱えて各地を巡る“巡礼者”でもあり、“星を結ぶ者”でもあります。
次章では、新たな文化・神話・村の形が少しずつ描かれていきます。
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