第16話「もう一人のアストレイア」
旅の隊商が村に到着したのは、乾いた風が舞う午後だった。
彼らは東方の地“稲邑”からやって来た。和の風土に根ざしたこの村では、十二神信仰が独自に発展し、見慣れぬ衣装と礼儀をもって村の神々を讃えていた。
「これは当邑の律姫像です」
そう言って、隊商の長が持ってきた巻物には、星座神・乙女座の姿に酷似した女神が描かれていた。
しかし、アストレイアとは異なる。表情はやわらかく、衣は和装の白と青。頭には菅笠、手には巻物ではなく“秤付きの鈴”。
「……私では、ない」
アストレイアはぽつりと呟いた。
クラヴィスが呟く。
「だが星座は、乙女座を指している。律姫はこの土地で語られたあなたなのです」
稲邑の信徒たちは語る。
「律姫は“裁きよりも調和”を選ぶ神。正すのではなく、整える女神です」
リーブラが驚く。
「それは、私の領分にも近いな」
アストレイアは、その像をじっと見つめた。
「私が秩序であり、記録であることは変わらない。だが、この像のように笑ったことが、あっただろうか」
リシェルは静かに語る。
「文化が違えば、神も違う顔になるのです。人は、“自分たちが必要とする神”を創るものです」
夜、星詠み庵では“星の名前と言葉”の違いについての座談が開かれた。
「乙女座はこの国では律姫。だが中原では“筆皇女”、海の彼方では“帳面を持たぬ女神”と呼ばれるらしい」
それぞれが、乙女座の性格を反映しながら、文化と結びついている。
アストレイアは初めて、“神話とは定まった記録ではなく、織り続けられる布”であると気づいた。
「神が人を導くのではない。人が“必要とした神”に、星が宿るのかもしれない」
その晩、彼女は庵に“律姫像”の模写を貼った。その下には自らの筆で一行が添えられた。
『私の名はアストレイア。だがこの姿も、また私』
星は一つ。
しかし語り部の数だけ、女神は生まれていた。
今回は“文化差による神の解釈の違い”が登場しました。
同じ星の下でも、求められ方が違えば、神の名も姿も変わる。それは間違いではなく、むしろ“信仰が生きている”証拠なのだと思います。
アストレイア自身がその柔軟性を受け入れられるかどうか――。これが彼女の“記録者”としての旅の一歩でもあります。
次回は、さらにこの多様性が“神々の側”に波紋をもたらします。
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