第12話「牡牛神タウロス、土に種を刻む」
翌朝、夜明け前の村に、地鳴りのような足音が響いた。
それは地面の奥からごうごうと突き上げるような音で、家々の壁を微かに揺らした。
「まさか、また神様……?」
村人が広場に集まる頃、一頭の巨大な神獣が姿を現した。
それは、角を持つ獣のような姿をした牡牛座の神・タウロスだった。
体は樫の木のようにごつごつと硬く、背中には畑を背負ったかのような大地の香りが漂っていた。
「おう……ここが、空腹の村か」
彼はそう言うと、何も語らず、広場の隅に鍬を突き立てた。
そして、そのまま黙々と地面を掘り起こし始めた。
アストレイアが訪れると、彼は一瞥もくれず、低く呟いた。
「食えるかどうか、それだけだ。食えなきゃ死ぬ。死ねば何もできん」
サジタリアが放った希望の矢とは違い、
タウロスの言葉は“重力”のように村に沈んだ。
それでも、彼の耕した土地には確かに、柔らかな土が生まれた。
村人たちは最初、神が鍬を振るう姿に戸惑った。
だがやがて、その土に種が蒔かれ、水が注がれ、芽が出た。
芽が出る。
当たり前のようでいて、ここでは初めてのことだった。
「神様の力じゃない。これは、土と種と、手間の結果だ」
アストレイアはその言葉に、はっとする。
「……制度や秩序が人を導くと信じていた。でも、まず人は“生きて”いなければならない」
村では“神の畑”が整備され始めた。
星座神ごとに異なる土の配分が研究され、タウロスは時折「この土地は焼いてから使え」などと短く助言した。
リーブラはその内容を記録し、「農業暦」の第一稿が作られた。
やがて初収穫の日、村人たちは並んで作物を口にした。
「……うまい」
誰かが呟いた。
その言葉が、最初の“信仰”だった。
星でも、律法でもなく、“味”によって神を信じた瞬間。
そしてアストレイアはまた一歩、
“村”というものの意味に近づいていった。
改めて、タウロスの登場回です。今回は「生きるための地に足つけた力」を中心に描きました。
星の巡りや理想よりも、まず人が食べられること――。
それは村を作る上で最も本質的な起点かもしれません。
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