出会い
この世界には、二種類の人間がいる。
神に愛された加護を持っているか、持っていないか。
この物語は、愛されなかった一人の人間の英雄譚である。
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「暑いねー、この国は」
と、ここ日本の気候に文句を言っているのは僕の姉である。
「そうだね」
その隣を歩く僕-鈴木結斗-は聞き流すように言う。
「あんたって、ほんと何事にも無関心よね」
「そういう気持ちが湧かないからね」
こう言うのも理由がある。
『加護』
地球にいる人間が一人残らず所有している能力の通称。
『加護』は、人類史に様々な恩恵や問題を残した神様の気まぐれの産物である。
ある時は、飢餓に苦しんだ人間を癒したり、またある時は、戦争の道具になったりと複雑。
その中でも、やはり差別は出てくる。
端的に言えば、使えるか、そうじゃないか。
神様を信仰している人達は、愛されてるか、愛されていないかって言うらしい。
まぁ、その解釈を借りると、
僕は愛されていないらしい。
「あんたの『加護』って、融通利かないとこあるわよね~」
「けど、僕みたいに人畜無害な人間は他に探してもいないよ」
「確かに」
そんなごく普通の話をしながら、僕たちは高校へと足を運ぶのであった。
「じゃ、私はここで」
「わかった」
姉は、三年生なので下駄箱前で友人達のほうへ向かった。
そして、僕は上履きに履き替え、教室に向かおうとした瞬間―
「よっ、今日もシケた顔してるな」
「おはよう、結斗!今日も暑いね!」
朝から元気ハツラツなこの二人は僕の幼馴染の龍二と夏鈴だ。
僕の小学校時代からの友人である。
「おはよう」
そう挨拶を交わし、三人で教室へ向かう。
「なぁ、今日四組に転入生来るらしいぜ」
「あっ!昨日その話聞いた!なんでもハーフだってね!」
「え。」
僕たちはクラスが違う。
龍二と夏鈴は三組。そして、僕は四組だ。
「お前、知らなかったの?」
「マジ…?」
と、二人が残念そうな目でこっちを見てくる。
そうです、僕は
「知りませんでした」
「お前は俺たちが居ないと、ほんっとダメダメだな」
「結斗、友達居るよね…?」
今度は、夏鈴が心配そうな目で聞いてくる。
その答えは...まぁ、わかるよね。
「まっ、お前は面白いし、頭良いし、顔も中の上位だし、社会に出てもなんら影響はない!」
「そ、そうだ!そうだ!」
僕は「ありがとうございます」と言葉を返し、2-3と書かれた札がある教室の前で二人と別れた。
その後は、別段やるべきこともないので、そのまま教室に直行した。
教室に入ると、案の定、いつもの倍以上騒がしい。転入生が来るっていう噂は真実だったらしい。
多分、二人から転入生のことを聞いていなかったら、それなりに驚いただろう。
毎度ありがとうございます。
「ほら、早く席つけー」
四組の担任である九条先生がニヤニヤしながら教室に入ってきた。
何考えてるかはなんとなく分かる。
「男子共、お前らに朗報だ。女子には、恋敵になるかもしれない凶報かな。」
とか、冗談交じりにそれなりの事実を言うもんだから、そこら中阿鼻叫喚である。
「余興もここまでだな。よし、じゃ入っていいぞ」
余興とか、この人の言葉選びには教師たるものの威厳が感じられない。
三十路突入して、独身。やはり、やけにもなるのか。
そんなこと考えていると、転入生だと思われる人が教室に入ってきた。
多分、先生と僕以外の人間は、性別問わずその子に目を奪われていたと思う。
目立つ銀髪に、藍色の眼、華奢な体に堂々とした姿。ハーフって言うのも真実だったらしい。
毎度流石です。
「こんなに静かになるもんかねー、先生ちょっと悲しいわ。じゃ、自己紹介いってみようか」
自分の生徒に何だか裏切られた気分なんだろう。本当に悲しそうな顔で教壇から離れた。
そこに代わって、銀髪の少女が立つ。はっきりと日本語で自己紹介を始めた。
「東雲アリスです。イギリスから父親の仕事の都合で日本に来ました。あ、父親はイギリス人で、母親が日本人とイギリス人のハーフなので、私自身はクォーターです。好きな食べ物は寿司。嫌いな食べ物は...」
生まれてこの方、ハーフならまだしもクォーターなんて珍しいものを前にしたクラスの人達は好奇の眼差しを向けているのだった。
その後も、自己紹介を進めていき、締めに差し掛かろうとした時だった。
「皆さんと日本についてもっと知りたいです。よろしくお願いします。」
(知りたい、か。出自はイギリスだって言ってた所から考えるといいのかな。)
と、僕はなんてことない思考を張り巡らして凡庸な結論を導き出すのであった。
「よろしくー」
「マジで可愛いな...」
「負けないわよ!」
朝の騒がしさがまた、到来した。
すると、ある生徒がその周りの空気の乗せられてか、調子づいて
「アリスちゃんの『加護』を教えてくださいっ!」
と言い放った。
この世界では、別に他人の『加護』を聞くのは法律違反ではないが、普通初対面には聞かない。
けど、『加護』って言うのは、個人情報としてはかなり上位の部類だ。
それが使えるものだと好待遇待ったなしだが、使えないとあういう目立つ子だったら、いじめとは言い切れないけど、蔑まれる対象になるかもしれない。
「・・・」
分かってたけど、場は凍るよね。
そんな中、話題の中心である生徒が口に出す。
「私は『加護』を持っていません。私は―」
この世界で『加護』を持っていないということは有り得ない。
けど、一ついや二つの事例を除けば有り得る。それは、
「―『天命』持ちです」
そう、それは『加護』の上位互換である『天命』である。
『天命』とは、『加護』に比べて希少性が高い能力のことである。
人類史を挙げて説明すると、織田信長とかナポレオンとかが持っていたとされている。
使えないものなんてない、一握りの人間だけに許された特権である。
その発言を機に、凍った場は一瞬で溶けた。
「「「マジすか!!」」」
朝の騒がしさの倍以上の盛り上がりを見せて、東雲アリスは自己紹介を終えた。
何分か経ち、場の盛り上がりが静まった頃、先生が教壇に戻り、連絡を続けた。
「さっき質問したやつは、あとで来い。流石に指導しなきゃいけない。東雲もあまりそのことを軽々しく言うんじゃないぞ。後、席の方なんだが―」
九条先生がまたニヤニヤし始める。男子生徒は俺の隣、俺の隣と唱え始めてる。
妥当なのは後ろの席だろう―
え。今、目があったような。いや、完全にこっちみてるな。終わった。
「よし、じゃ鈴木と一緒に後ろの席だ。後、鈴木学校の案内もしてやれ。あー後…」
もう分かる通り、九条先生は度々僕に面倒事を押し付ける。
しかも、僕が断れない理由を知っててやるんだから、かなり鬼畜な存在である。
僕とは対極な存在だ。
「…鈴木、後は頼んだっ//」
舌を出して、てへって言いつつも、あざとさから無縁のガチ走りでその場から逃走するのであった。
先生が逃げたのを見送ると、男子からは「なぜ鈴木が…」、女子からは「鈴木なら…」と口をそろえて言うのだった。
ここまではテンプレートだった。けれど、問題はこの後だった。
東雲アリスが近づき、僕に「よろしくお願いします。」と一礼をした。
僕も返そうと一礼の動作に入ろうとした瞬間、耳元で
「あなたに決めた」
とつぶやくのだった。