6.覚醒ー12
ノジマは髭もじゃの言葉に絶句した。トロッコから飛び降りた?それが本当であれば普通の人間なら死んでいるだろう。普通の人間なら。
「儂も止めようとしたのだが、上手くいかなくてな。みすみす見逃してしまったのだ。本当に申し訳ない。何が何でも止めるべきだったのだが」
髭もじゃが頭を下げてくる。ノジマはその対応に困惑した。確かにあの華奢な子どもが飛び降りたとなれば、もう手遅れだと思うのだろう。
だがノジマには、エミが無事でいるという確信があった。どこからその自信が来るのか分からなかったが、エミはその程度のことで怪我をするような子ではないと疑いもしなかった。だから自分の口からどこに行ったか訊ねる言葉が出てくることにも疑問を覚えなかった。
「…何処へ行ったか、だと?」
「ええ。どこへ行く、とか言ってませんでしたか」
「お主…」髭もじゃが同情するような目を向けてくる。「…気持ちは分かるが、今からあそこへ戻ることは出来ん。残された者には残された者の使命があろう」
ノジマは眉を顰める。「いや、仰る意味が分かりませんが」
「─ノジマ、さん」
突然名前を呼ばれ、声の方へ目を向けると、リュウが薄らと瞼を開けていた。
「リュウっ!気が付いたか!」ノジマは周囲の目も気にせずにリュウを抱き締めた。「馬鹿野郎っ!心配させんなよ!」
「ノジマさん…いてぇよ」リュウが弱々しく反応する。そのことに安堵した。
「ああ、すまない。でも、無事で本当に良かった」ノジマは力を緩めて放してやる。するとリュウが小さく口を開けた。「─エミが…」
「エミっ?エミがどうしたんだ?」
「あいつ…戻るって…。…止めるって言って…」
リュウの言葉は譫言のようで要領を得ない。けれどノジマはそれを聞いでがばっと立ち上がった。そして髭もじゃに顔を向ける。
「御侍様、二人を保護した場所は分かりますか」
「場所?ユシマの方だが、それがどうした」
髭もじゃは恐らく怪訝そうな顔をしたらしいが、ノジマはそれだけ聞くと踵を返した。「ちょっと行ってきます」
「ば──何を言って」髭もじゃが声を上げた。
ノジマは馬車に戻って奥から使い古しの鞍を引っ張り出してきて、馬を一頭馬車から外しにかかった。そのまま老婆に声をかける。「アイクラさん、私が戻るまで馬車とリュウをお願いできますか。エミを迎えに行ってきます」
「ノジマさん、正気かい」老婆は狼狽した。
髭もじゃが膝立ちになる。「待て待てっ!今更行って何とする!トロッコから飛び降りたのだぞ!?残念だが、もう─」
「エミなら大丈夫です。きっとどこかで迷子になっているんだ」
「やめんかっ!!」髭もじゃが大声を張り上げて詰め寄ってきた。胸ぐらを掴まれる。「お主が今せねばならんのは、この子の傍にいることだ!今ここで生きておる子を放って、生死不明の子どもを捜しに行くなぞ正気の沙汰ではないわ!」
「あの子はっ!」今度はノジマが大声を上げた。胸ぐらを掴んでいる手を振り解く。「あの子は幸せになるんだっ!幸せにならなきゃいけないんだ!今度こそ、守らなきゃいけないんだよっ!」
髭もじゃが気圧されたように後ずさった。
ノジマはそそくさと出掛ける準備に戻る。「すみません。大声を出してしまって。でも行かせてください」
ノジマは老婆や髭もじゃ、リュウを看てくれている女性の返事も待たずに馬に跨ると、振り返りもせずに拍車をかけて走り出した。
エミ、今行くからな。そうして脳裏に浮かんだ少女は、何故か白い髪をしていた。




