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俺は冷却ボックスから何種類かの野菜を取り出し、一口大の半分程度の大きさに切り始めた。
これくらいが食べやすく、煮込んでいるうちにほろりと溶けてちょうどいい――気がする。
あくまでも俺の料理は独学。
もっと美味しい作り方だって当然あるだろうが、今の俺に作れる限界で常に取り組んでいるつもりだ。
今後は効率も味もあげるために、ちゃんと料理を学ぶことも視野に入れている。
肉はレイの狩った竜の物を使う。
野菜を火の通りにくい順にフライパンで焼き、大体火が通ったら肉を足して、また色が変わるまで焼いた。
やはりこのコンロという魔法道具はかなり便利だ。ここまで何のストレスも感じない。
「鍋はこの大きさでいいか」
この屋敷のいいところは、機材だけでなく調理器具もしっかりしているところだ。
これですべてレイが選んで買ったということであれば手放しに感謝できるのだが、すべて適当に他者に任せたというのだから微妙な感情に落ち着いてしまう。
もちろん感謝自体はしているのだけど。
俺は鍋をコンロに置き、炒めた野菜と肉を入れる。
そしてそこに水を注いで火をつけた。
レイは見かけによらずよく食べる。
かなり多く作っている自覚はあるのだが、おそらく明日の夜にはなくなっているはずだ。
今後のことも考えると、俺が大人数用の料理に慣れていて本当に良かったと思う。
具材の上に浮かんできた灰汁を除去しつつ、俺はライスの準備を始めた。
とは言っても、水で洗った後に蓋のできる鍋に入れて、そこにちょうどいい量の水を注いで火をつけて待つだけである。
水の量を間違えれば硬かったり柔らかかったりするし、火加減を間違えれば焦げたり芯が残ったりする。
そう言った点がライスを炊く難しさだが、さすがに五年近くやり続けて慣れた。
「あ、そうだ。聞き忘れてたんだけど、辛さはどうする? 甘くもできるけど……」
「ん、ちょっと甘い方が好き」
「分かった」
俺はカレー用に購入したスパイス類を取り出し、調整しながら鍋に入れていく。
だいぶ分量調整が難しいのだが、これも慣れた。
ここで甘味を出すために、すり下ろしたリンゴとハチミツを混ぜる。
これで辛いという印象はだいぶ薄れるはずだ。
「いい匂いがしてきた」
「あとは待ちだ。しばらくやることがないし、ついでに寝室の掃除もしようと思う」
「ん、火は大丈夫?」
「ああ。最新型の魔法コンロだし、火の強さは常に一定に保ってくれる。今は弱火にしてあるから、焦げる心配もあまりない」
「すごい。効率がいい」
とにかく時間がなかった俺は、料理の合間を縫って別のことに取り組む技術を身に着けていた。
とは言え失敗もあったし、そのたびに何度もブラムに殴られたことはよく覚えている。
聞いた話によると、子持ちの主婦にとっては並行作業が基本技術なんだそうだ。
母親、おそるべし。
「掃除だったら手伝わせてほしい。私も何かやりたい」
「一度手伝ってもらってる手前聞きづらいけど……いいのか?」
「ん。掃除は嫌い。難しい。でも、テオと一緒なら楽しかった。だからもう少しやりたい」
「……あんたがそう言うなら、俺は助かるけど」
給料をもらっているためか、手放しに頼みにくい複雑な心境だ。
ただ雇用主の意見を突っぱねるというのも難しい。
結局俺はレイの気持ちに甘えて、掃除を手伝ってもらうのであった。
♦
「――よし、完成だ」
煮込み終わったカレーを一口味見した俺は、想像通りに作れたことを確信して小さく拳を握る。
そしてライスの様子も確認してみると、これまた上手く炊けていることがはっきりと分かった。
「たくさん、食べたい」
「分かってる。大盛だな」
俺は皿にライスを半分よそい、もう半分にカレーをかける。
理想的な比率。そして色合い。
いつもとは違い、今日はなぜだか料理が楽しく思えていた。
レイのために作ったからだろうか――。
「食べよう、すぐに」
「慌てるなって。カレーは逃げないんだから」
俺は自分とレイの分の皿を持ち、食堂のテーブルの上へと運ぶ。
そしてその横に付け合わせのサラダを置いて、これでようやく完成だ。
「さ、食べてみてくれ」
「ん! いただきます」
レイは手を合わせると、スプーンを使ってカレーを口に頬張る。
物静かな雰囲気からは想像もできないような大口だ。
そしてしばらくの咀嚼の後、正面の席に座った俺に今までで一番きらきらと光る視線を向けてくる。
「美味しいっ」
「……そうか。安心したよ」
「今までで一番、美味しい」
そう言いながら、レイは大盛のカレーをどんどん口に運んでいく。
美味しい――誰かにそう言ってもらえたのは、果たしていつぶりだろうか?
また少し心が軽くなる。
安心した途端、俺は自分自身の空腹を自覚した。
すると自然と手が動き、カレーを口へと運ぶ。
「……美味いな」
レイの言っていることは、あながち間違いではなかった。
確かに今まで食べたカレーの中で、一番美味しい。
スパイスの食欲を誘う香りが鼻に抜け、辛みをリンゴとハチミツが絶妙な強さで抑え込んでいる。
辛みが苦手な子供でもこれなら食べられるだろう。
野菜は少し溶け気味だが、その旨味がルーに混ざっているため全体の完成度を上げているように感じた。
そして、このドラゴンの肉――。
カレーに入れたのは大成功だった。
おそらく一番美味くできた理由はこいつである。
上からスプーンを押し込めば、呆気なく……まるでほどけるようにして二つに切れた。
口に運べば、脂身がゆっくりと口の中で溶けていく。
上品な味とでも言えばいいのだろうか。
脂身であってもくどくなく、肉の旨味だけが舌を刺激する。
「私、またドラゴン狩ってくる」
「竜を食べるために討伐するのはあんたくらいだろうな」
「美味しいのだから、仕方ない。絶対また食べる」
「確かに俺も竜の肉は欲しいけど、その前に一匹分の肉はまだまだ残ってるんだ。それを食べきってからで頼むよ。じゃないと食べきれない」
「ん、そうだった。じゃあなくなりそうになったら言って。すぐに狩ってくる」
まるで竜を草食動物扱い。
さも当たり前かのように狩ると言うものだから、俺の感覚も少し麻痺してきた。
少なくとも素材だけで3000万G。
そんな魔物が乱獲されれば、市場は大パニックになるだろう。
トラブルを避けるためにも、レイにはある程度自重させた方がいいのかもしれない。
――しばらくは他愛もない話を交わした。
お互いの話や、今後の料理の希望。
そして幾度かのレイのおかわりの後、俺たちはほぼ同時に食事を終えた。
「お腹いっぱい」
「お粗末様。食器、片付けさせてもらうぞ」
「ん、ありがとう」
腹を擦るレイからカレーとサラダの皿を受け取り、自分の分と合わせて水場へと持っていく。
蛇口と呼ばれる部分に彫られた魔法陣に触れれば、そこから水が出る仕組みだ。
洗剤を使って皿を洗いつつ、俺はこれから寝るまでの時間をどう使うか考える。
(やっぱり、まずは風呂だよな)
寝室――というかレイの部屋だが、そこの掃除はカレーの待ち時間でほとんど終わっている。
これでレイはいつでも寝られるわけだ。
あとは汗を流すために風呂に入ってさっぱりしてもらいたい。
いくらSランク冒険者とは言え、疲労がないわけじゃないはず。
仕事を手伝えないのだから、俺は彼女が常にベストコンディションでいられるように努力するべきだ。
「テオ」
そうして頭の中でプランを建て直していると、突然レイがキッチンを覗き込むようにして声をかけてきた。
「何だ?」
「お願いがある」
「叶えられることなら聞くけど……」
俺がそう答えれば、レイは嬉しそうに目を輝かせる。
「嬉しい。じゃあ――――今日、一緒に寝よう」
……はい?