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2-3

「食材、衣服、洗濯用洗剤、石鹸、歯ブラシ、タオル……まあ思いつく限り必要なものは買えたかな」


「ん。結構大荷物」


 そう言って、レイは自分の魔法袋に軽く触れる。

 どれだけ買い込んでも、この袋があることによって全くかさばらない。

 いつか俺も給料で買おう。


「もうすぐ家」


 買い物を終えた俺たちは、ようやくレイの家へと向かっていた。

 レイの家は城下町から少し離れた位置にあり、周囲にあまり人が住んでいないためかとても静かなんだそうだ。

 商店街からそれなりに距離は感じたものの、これくらいの距離なら体を鈍らせないためにはちょうどいい。


 そうしてやがて、塀に囲まれた一軒の屋敷が見えてくる。


「ん、ここ。私も久々に帰ってきた」


「……は?」


 立派な家であった。 

 二階建てで窓も多く、ここから見える範囲で部屋の数は10以上。

 敷地に入るための門もしっかりしており、庭は訓練に使っても差し支えがないほどに広い。


 ――しかし。


 広い庭は荒れ放題で雑草が生い茂り、屋敷の壁には植物のツタが広がっている。

 もちろん、初めはこんな風ではなかったのだろう。

 レイはあまり帰ってこないとは言っていたが、まさかこうなるまで放置しておくとは……正直予想外だ。

 そして当の本人である彼女は、特に気にした様子もなく門を開けて中へと入っていく。

 

「ん、入らない?」


「いや……立派な屋敷だと思って」


「ありがとう。それなりに高かった」


 だろうな――。

 

 言いたいことは山ほどあったが、これまでのことをレイに言ったところでどうしようもない。

 今後は俺が手入れすればいいだけの話である。

 だけど本当に恐ろしいのは――屋敷の中だ。

 

「入って」


 レイは屋敷の玄関の扉を開け、中へ入るよう俺を促す。

 ……まだ踏み入れていないのに、何だかかび臭い。

 長いこと換気すらされていないのだから、これも当然か。

 

「お……お邪魔します」


「ん、これからはただいま、だよ」


「た、ただいま」


 何だろう、本来であればこのレイの言葉は嬉しくなるものであるはずなのに、今はちっとも嬉しくなかった。

 とは言え、不潔さに怖気づいて立ち止まっていても仕方ない。

 俺は意を決して屋敷へ足を踏み入れる。


 一歩、二歩と進んだのちに、振り返ってみた。


 ――薄く足跡ができている。

 埃が積もっていたのだ、まだ玄関なのに。

 これは掃除のし甲斐がありそうだ。

 

「キッチンは……確かこっち」


「そこも曖昧なのか……」


 できるだけ埃を吸い込まないようにしつつ、レイについて屋敷の中を歩く。

 そしてキッチンへとたどり着き、中へと入った。


(ここも酷いな)


 埃が積もっているところは他と同じ。

 しかし食材を扱う場所という部屋の用途まで考えるのであれば、比較してここが一番酷いと言ってもいいかもしれない。

 さらに、水の魔法が搭載された最新型の水場に信じられない物を発見した。


「……いつのだ?」


「この前忘れて家を出たきりだから……3カ月くらい?」


「いや、多分もっとだと思うけど」


 水を流すためのシンクに、使用済みの皿が積まれていた。

 汚れがへばりつきすぎて、もはや模様みたいになっている。

 ここまで来ると処分した方が早いのではないだろうか?


「何か恥ずかしい」


「まあ……羞恥心があるだけマシだと思う」


 とりあえず、食材を置くにしても現状じゃ無理だ。

 まずはキッチンだけでも清潔にして、氷の魔法が施された冷却ボックスに食材を移したい。


「じゃあ掃除を始めるから、悪いけどレイはどこかで時間を潰しててくれ。すぐに夕飯の用意はできないからさ」


「なら、手伝いたい」


「え、いいのか?」


「どうせ暇。それに、一人なら何から手を付ければいいか分からないけど、テオがいてくれるならそれも解決」


 なるほど、指示を出せば従ってくれるわけか。

 男としては恥ずかしい話だが、レイの方が力も体力もある。

 掃除を手伝ってくれるのであれば、百人力と言ってもいいだろう。


「分かった、じゃあ頼む」


「ん、任せて」


 俺たちは屋敷内の倉庫に埋もれていた掃除道具を引っ張り出し、キッチンの掃除へと挑んだ。



「――ドラゴンを倒すときより疲れた」


「普通逆だと思うんだけど……ともあれ、手伝ってくれて助かったよ」


「ん」


 あれから一時間ほど格闘しただろうか。

 ゴミが散乱しているなどといったことがなかったために、埃の処理と拭き掃除、そして皿の処分だけで済んだのが救いだった。

 レイがあまり帰ってこないおかげで物が少ないという点が、まさかこんなにも長所として輝くとは誰も思わなかっただろう。


「物はないけど……家具とかはしっかり揃ってるんだよな」


 俺は埃のなくなった台の上を指でなぞる。

 食材の劣化を防ぐ冷却ボックス、魔法によって水を生み出す最新の水場、火の魔法が施されたコンロ(・・・)と呼ばれる物、純粋なかまど。

 食堂の方も軽く掃除したが、そこには高級な長テーブルと椅子が置かれていた。

 何だかもったいないようにすら感じる。


「家を買うときにまとめてついてきた。どれがいいかとかよく分からなかったから、全部一番いい物にしてもらった」


「あんまり聞くつもりはなかったんだけど、相当高かったんじゃないか?」


「確か屋敷も家具も全部合わせて3億Gくらい。ドラゴンを十匹くらい狩れば手に入る値段」


「……あんたがどれほど規格外か、よーく再認識できたよ」


 まるでひと月分の給料とでも思っていそうな口ぶりに、俺は一つため息をこぼす。

 いや、多分本当に十匹程度(・・)って思っているんだろうな。

 ここでの仕事に不安はない。

 しかしここまでの規格外とともに暮らすという部分には、若干の不安を感じ始めた。

 俺の常識が大きく塗り替えられていくという意味で。


「設備で必要な物があったら言って。また最新型が出たときも、言ってくれれば交換する」


「ありがたいけど、今はここにあるものだけで十分だ。前の職場とはえらい違いだよ」


 騎士団では火も自分で熾していたし、水も汲まされていた。

 それがここでは魔法によって自動的に火がつくし、水だって湧き出てくる。

 誰がどう見ても大きな差だ。


「今日中に済ませたいのは寝床と浴室の掃除かな……そこさえ済めばあとは明日でも困らな――」


 ――俺の言葉を遮るようにして、くぅ、と何かの鳴る音が聞こえた。

 

 視線をレイの方に向ける。

 すると彼女は自分の腹に手を添え、俺に視線を合わせてきた。


「お腹……空いた」


「……分かった。先に夕飯の準備だな」


「……っ! ん!」


 俺がそう言えば、レイは嬉しそうに目を輝かせる。

 これだけ楽しみにしている様子を見せられては、俺としても不味い物を作るわけにはいかない。

 

「料理、私も手伝う?」


「いや、こっちは全部俺に任せてくれ。まずは俺なりのやり方で作ったカレーを食べてもらいたいから」


「ん、分かった」


 納得してくれたレイは、突然食堂から椅子を一つ持ってくると、部屋の隅にそれを置いて自分で座る。

 どうやら俺の料理姿を観察しようとしているらしい。

 

「……ちょっと気になるんだが」


「ん、できるだけ気にしないで。テオの料理しているところが見たいだけ」


「何も面白くはないと思うぞ?」

 

「大丈夫。面白みは自分で見つける」


 そこまで言うのであれば、俺はもう何も言うまい。


 気を取り直して調理を始めよう。

 


2019/07/24 日間ランキング総合3位になりました。応援、ありがとうございます!

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