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コミック アース・スター様のサイトにて、「社畜騎士がSランク冒険者に拾われてヒモになる話」の連載が始まりました。小説第一巻も発売されてますので、そちらと合わせてお楽しみいただければ幸いです。
『投票タイムが終わり、こちらの集計も完了いたしました!』
ディージェーの声が会場に響き渡る。
俺たちはこの時を今か今かと待ち構えていた。
舞台の中心にはディージェーのみが立っている。
そしてその後ろに並ぶ形で、出場者たちが並んでいた。
『では……グランプリ受賞者を発表いたします!』
どこからかドラムロールの音が聞こえてくる。
俺は思わず唾を飲んだ。
そして、ドラムロールの最後の一打が叩かれる。
『今大会グランプリは! レ————」
ディージェーが受賞者の名前を口にしようとした瞬間、突如として彼の立っていた舞台の床が弾け飛ぶ。
床——いや、地面から舞台を突き破り何かが飛び出してきたのだ。
何が起きたのかさっぱり分からない俺は、それが土の柱に見えた。
巨大な建造物を支えるための支柱となり得るほどの、とんでもなく太い柱。
しかし、すぐにそれが勘違いであったと気づかされる。
違和感は柱の歪さから始まり、その形が人間の腕のように見えてきたところで止まった。
それはまさしく何者かの腕だったのだ。
何人もの人間を一掴みにできてしまいそうな拳が、ゆっくりと動き出す。
「っ! アルビン!」
「分かってます!」
俺が呆気に取られているうちに、アルビンが飛び出す。
アルビンが全力で駆けつけた場所には、何かが落ちてきていた。
「ウオォああああああ⁉︎」
「下手に暴れるな! 受け止めにくい!」
それは、謎の腕によって下から吹き飛ばされたディージェーだった。
ディージェーの落下地点へとたどり着いたアルビンは、そのまま彼を受け止める。
カノンとアルビンはこの人に気づいていたのか。
やはり場数の違いとしか言いようがない。
「た、助かりましたー!」
「下がっておけ。ここは冒険者である俺たちが対処する」
「はい!」
大混乱の中逃げていく観客に混じり、ディージェーもできる限り舞台から離れるために走り出す。
アルビンとカノンはすでにそんな彼へ視線を向けておらず、地面から真っ直ぐに突き出た腕へと注意を向けていた。
ようやく目の前のことに理解が追いついてきた俺は、ハッと気づく。
「レイたちも舞台の上にいた!」
「大丈夫、もう離れてるわ。みんな連れてね」
そうしてカノンが指し示した方向には、確かにレイの姿があった。
隣にはメリアさんもいて、その後ろに他の出場者たちが怯えた様子で集まっている。
「それはともかく……だいぶ揺れそうね、注意しなさい」
「ゆ、揺れるってどういうことだ?」
「現段階であんだけでかい腕が見えてるの。だったらまだ見えていない部分はどうなってると思う?」
「あ……」
俺が気づかされると同時に、案の定地面が揺れ始める。
ただ伸びていただけの腕が突如として動き出し、拳を大きく開いた。
開かれた手の平は地面へと置かれ、腕の生えていた地面がさらに盛り上がる。
そして姿を見せ始めたのは、巨大な何かの肩だった。
「気配自体は魔物なんだけど……初めて見るタイプね。何で街のど真ん中にあんなものが出てくるのかしら?」
「——あれが魔王ですわ」
「は?」
振り返れば、そこにはいつもの笑みを浮かべたユイ騎士団長が立っていた。
彼女のさらに後ろには、五人の騎士が並んでいる。
新隊長であるカトールさんを含めた第一部隊の隊長たちだ。
「ユイ騎士団長……じゃああなたの予感は本当に——」
「ええ、当たってしまったようです。これほど早いお目見えとは思いませんでしたけど。どうです? もてなすことはできそうですか?」
「……ご冗談を」
「でしょうね」
あんなものをもてなすことは、どういった手段を用いてもできるわけがない。
そんなやり取りを俺とユイ騎士団長がしていると、ふんッとカノンが鼻で笑う。
「あんたら騎士団はあの化物がここに出現するって知っていたわけね。だから最初からこの会場に張り付いていた」
「ふふっ、そんなに訝しげな目で見ないでくださいませ? 私たちも匿名のタレコミがあってここに来ているのですから」
「よくもまあ……あんたみたいな曲者がそんなものを信じるわけ?」
「感知能力に長けた魔法使いに街全体を探らせましたからね。そしたらこのリストリア広場の地下に突如として巨大な魔力が見つかったんですもの。そこまで分かってしまえば騎士団も動かざるを得ませんわ」
「魔法使いに探らせたって、どんだけ大変だと思ってるのよ……その子たちはあんたのこと恨んでるでしょうね」
「その分報酬も相当な量をお渡ししましたわ。……まあ、あと一週間程度は魔力切れで動けないでしょうけど」
話の内容はいまいち理解できない。
しかし少なくとも、彼ら騎士団があの化物を討伐するためにここに集まっていたということは分かった。
それでも、あの化物が復活した魔王なのであれば、果たして騎士団の人員で倒すことができるのだろうか。
「テオ、無事?」
「っ! レイ……」
いつの間にか近くまで来ていたレイに、肩を叩かれる。
他の出場者たちはすでに避難したようで、残ったのはレイだけのようだ。
「ちょっと! 私を忘れないで!」
——と思ったら、レイの後ろからメリアさんが姿を現した。
そう言えば、彼女もAランクの冒険者だったな。
「ふふふ、これで戦力としては申し分ないですわね」
ユイ騎士団長はそう言いながら、俺へ向けてウィンクをした。
どうやら俺の浅い考えなどお見通しらしい。
「さてと、そろそろお出ましですわ」
再び地面が大きく揺れる。
先ほどまで確かに存在したはずのミスコン用の舞台は完全に崩壊し、歴史のあるリストリア広場はすでに見る影も無い。
そして地面が一層大きく、割れた。
『ブオォォォォォオオオォォォ!』
俺は思わず腰を抜かしそうになった。
化物の体はまだ上半身しか見えていない。
イノシシのような顔は極めてオークに近く、体の大きさは現段階でこの国のどの建物よりも巨大だ。
そしてその圧倒的な威圧感——俺には魔力やそういったものを感じ取れるだけの力はないが、俺が出会ってきた生物の中で間違いなく最上位の存在であることは理解できる。
「テオ、離れてて」
再びレイが俺の肩を叩く。
その瞬間、俺は目の前の化物の圧迫感から解放された。
「大丈夫、私がすぐに大人しくさせる」
「そんなこと言わずにお姉様、私たちにも一つ噛ませてくださいませ。騎士団のためにも、ね」
「あんたらの事情なんてどうでもいいけど、少なくともあたしの火力はあのデカブツを沈めるのに必要でしょ? レイばっかりにいいところは見せさせないわよ!」
「いまだAランクの俺では前線維持は難しいでしょうが……サポートは任せてください。斬りやすいようこうべを垂らせましょう」
「ちょ、ちょっと! 私はまだ協力するなんて言ってないんだけど⁉︎」
なんと頼もしいメンバーだろうか————メリアさんは完全に巻き込まれているが。
「レイ……」
「ん、なに?」
「……頑張れ」
「ん。頑張る」
俺はその言葉を聞いてから、彼女らに背を向けた。
悔しいが、俺にできることは何もない。
自分では協力もできないくせに応援だけ残すなんてどうかと思ったが、それでも何も告げずに去ることはできなかった。
『ブオォォオオ!』
後方から魔王の咆哮が上がる。
全身が痺れるほどの音の衝撃が駆け抜けたが、それが返って俺の足を加速させた。
「——行こう」
そんな轟音の中でも、なぜかレイの声だけがはっきりと聞こえた。
俺が思わず振り返れば、魔王に向けてかけていく五人と、騎士団の人間たちの姿が見える。
対する魔王は、腕を大きく振り上げて彼らを迎え撃った。
なぜか、俺はその魔王の姿に違和感を覚える。
あれが魔王?
——いや、何を疑問に思うことがある。
間違いなくSランクかそれ以上の化物だ。あれが魔王でなければなんだというのか。
そう言い聞かせても、俺の中の違和感はどういうわけだか消えてくれない。
(……どうか、無事であってくれ)
違和感に気付こうが、気付くまいが、今の俺にできることはない。
ただただレイたちの無事を祈りながら、俺は広場を後にした。




