10-5
その踊りは、まさしく幻想的と言った言葉が相応しいだろう。
炎が回転すれば、それに合わせて彼女も回った。
炎が弾ければ、それに合わせて彼女は跳んだ。
先ほどまで上がっていた歓声はいつの間にか止んでいて、今は皆がメリアさんに魅入ってしまっている。
――それはどれくらいの時間だっただろうか。
ほんの数秒だったようにも、途方もなく長い時間だったようにも感じる。
やがて彼女が動きを止めたとき、観客席のどこかから感嘆のため息が聞こえた。
次の瞬間、地面を揺らしてしまいそうなほどの大歓声が上がる。
それに対し恭しく頭を下げたメリアさんは、勝ち誇った笑みを浮かべて舞台裏へと下がっていった。
「悔しいけど……あいつがたくさんの支持を得ているのも事実なのよね」
興奮冷めやらぬ様子の観客たちを見て、カノンがつぶやいた。
確かにと、俺はその言葉に頷く。
彼女がなぜ四年連続も美を競う大会でグランプリを取り続けられたのかという理由を、嫌というほど見せられた。
しかし、それでも――。
「レイは、勝てるんだろ? 俺は信じるよ」
レイとの付き合いはカノンやアルビンほど長くはない。
それでも、俺は彼女が一番美しかった瞬間を知っている。
初めて出会ったとき、死を覚悟した俺の前に現れたレイは、今まで見てきたどんなものよりも美しかった。
もちろん、メリアさんよりも。
「……そうね。勝てるわ、絶対に」
カノンはそうして目線を舞台の上に戻す。
すると、ライトが一度舞台の端へと寄った。
そこに立っていたディージェーを見て、観客たちも次第に静まっていく。
『いよいよ、最後の女性となりました。彼女が名を上げ始めてから何度も出場依頼を出し続け、そのたびに出場を断られてきました……しかし! 今回は違います!』
ライトがディージェーから舞台の中央へと戻る。
そこにはまだ誰もいない。
しかし、俺たちの耳にはゆっくりと近づいてくるヒールの足音が聞こえている。
『このリストリア王国最強の冒険者であり! 最強ファミリーの親であり! 白銀の姫という異名を持つこの人は! そう! レイ・シルバーホーンッ!』
ディージェーの紹介とともに、舞台の中央に彼女が立つ。
そのとき、会場内の時が止まった――ように感じた。
『レイ・シルバーホーン……よろしく』
いつものトーンでそう挨拶した彼女は、ゆっくりと頭を下げる。
仕草自体に洗練された動きのようなものは感じない。
しかし、すべてがどうでもよくなるほどの美しさが、今のレイにはあった。
かなり念入りに手入れをしたのか、長い白銀の髪は眩しいくらいに艶やかで、後ろでひとまとめにしているため色気のあるうなじが見え隠れしている。
服装はもちろん普段つけている鎧ではなく、豊かな胸元を強調した白銀のドレスだ。
そして首元には、赤いルビーの装飾が施されたペンダントを下げている。
「気づいた? あれはあんたがレイに似合ってるって言ったペンダントよ」
「……忘れるわけがないって」
ティルル様に街を案内しているときに立ち寄ったジュエリーショップで見つけたアクセサリー。
とんでもなく高額で、店の中で慌てふためいたのは記憶に新しい。
そして――よく見れば、レイの頭の上にも見知ったアクセサリーを見つけた。
「ちゃっかりあんたの要素も混ざってるじゃないか」
「だってテオがあたしには似合わないっていうから! 渋々譲ったのよ!」
同じ店でカノンが見せびらかしてきたティアラを、レイは頭の上に乗せていた。
確か使われている宝石はダイヤモンドだったはず。
煌びやかなその輝きと、白銀の髪がよく似合っていた。
「……そろそろね。アルビン」
「はい」
一息ついて、カノンはアルビンの名前を呼ぶ。
するとアルビンは席から立ち、椅子の下から二振りの剣を取り出した。
「レイさん!」
その二振りの剣を、アルビンはレイへと投げ渡す。
『ん、ありがと』
レイは両方の剣を鞘からすらりと抜くと、鞘だけを端へと寄せる。
そして腕を垂らし、自然体で立った。
『パフォーマンスって言われても、私は何をしていいか分からない。見せるための特技なんて、ない。だから、私の普段の姿を見てもらうことにした』
一度深く息を吐いたレイは、観客たちの視界から一瞬にして消える。
皆が呆気に取られる中、カノンが一言つぶやいた。
「――上よ」
その言葉に反応し、俺は舞台の上を見る。
そこには、夕陽を反射し鮮やかに輝く髪が見えた。
一瞬遅れて、それがレイであることに気づく。
彼女はまるで重力を感じさせないほどの軽やかさで、身を捻った。
そして剣を左右合わせて六度振るう。
軽い旋風が巻き起こり、俺たちの髪や衣類を揺らした。
それで目が乾きそうになっても、俺の目がレイからそれることはない。
瞬きすら惜しいと思ってしまう。
『んっ……』
小さな息遣いが聞こえた。
次の瞬間、レイは舞台へ着地すると同時に剣を振り下ろす。
再びふわりと風が吹いた。
そして彼女は身を何度も翻しながら、舞うように剣を振るう。
「すごい……ほんとに戦ってるみたい」
音が消えたのかと錯覚するほどの静けさの中、観客の誰かがそうつぶやく。
その誰かの言う通り、俺の目にもレイの前に立ちはだかる異形の姿が映っていた。
異形はときにオークのような巨体に見え、ときに竜のような空を飛ぶ生物に見え、ときには一人の剣士に見える。
彼女は入れ代わり立ち代わりで、様々な敵とイメージの中で戦っているのだ。
(そうか……レイの一番魅力的な瞬間は――)
普段の姿を見せる、レイは確かにそう言った。
そしてこの場にいるすべての人が理解した。
レイ・シルバーホーンは、戦いに身を投じているときがもっとも美しいと。
それを認識してしまった瞬間、もはや誰一人として言葉を吐くことはなくなった。
観客全員が一切レイから目を離さない。
少しでもその姿を記憶に残そうと必死なのだ。
――やがて、レイはイメージの中の敵を一つ斬り伏せる。
そしてまた一つ、また一つと、立ちはだかる敵を二振りの剣で斬り伏せていった。
最後の一つに刃が届いたとき、レイはようやくその動きを止める。
遠心力で舞っていた髪もようやく重力に従い、するりと落ちた。
しかし、ここまで動いても髪はまったく乱れていない。
まるで今のことがすべて幻かのような錯覚に陥った。
『……これで終わり。見てくれて、ありがとう』
再びレイは観客に向かって頭を下げる。
体感にして十秒ほど、誰も言葉を発することは叶わなかった。
故に、皆何も言わず拍手をする。
そしてようやく現実へと戻ってこれた者から、喝采を上げていくのだ。
「……っ」
ふと、レイと視線が合う。
彼女は俺を見つけたからか、他人では絶対に気づけない程度にふわりと笑った。
それを見て、俺は再び思い出す。
初めて彼女に会った日、竜の首を軽々と断ち切ったその姿を。
あの日のことを忘れることは、生涯ないだろう。
そうだ、俺はきっとあの日からレイのことを――――。
『私は……っ! この大会の司会者であったことにこれほど感謝した日は他にありません! 素晴らしいパフォーマンスでした! まさに美の最高峰と言っていいでしょう! 生きていてよかった!』
俺の思考は、司会者としての仕事をこなしに来たディージェーの声で引き戻される。
彼の後ろには、出場者である二十二名全員が並んでいた。
しかしほとんどの女性が、レイに視線を向けている。
その目は憧れや諦め、羨望で染まっていた。
唯一メリアさんだけは恨めしく見つめているが……。
『では、お待ちかねの投票タイムと行きましょう。投票時間は今から約一時間! 皆さま全員の票が集められるわけではないことをあらかじめお伝えさせていただきます。それでは! 投票コーナーの方へ!』
ディージェーの宣言の後、舞台の横に設置された投票コーナーが解放される。
残念ながら、関係者である俺たちは投票権を持っていない。
すべてが決まる瞬間を、俺たちはただ待つことにした。
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