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ティルル様が頼んだいちごホイップカスタードには、先ほどのいちごホイップに加えてカスタードクリームというものが追加されている。
これはホイップクリームとはまた違った甘さを持っており、作る手順も少しだけ多い。
卵黄、ミルク、砂糖、少な目の小麦粉を混ぜ合わせ、熱したのちにゆっくりと冷ます。
まず火を使わなければならないところがハードルの高さを生んでしまっているのだが、個人的にはクレープの生地ほど難しくはない。
――まあ、昨日のうちに大量に作ってあるため、今はあまり関係ないのだけど。
「よし……お待たせしました」
ホイップを半分にして、その分カスタードを足したクレープをティルル様たちへ渡す。
「へぇ、やっぱり面白い食べ物ね。このまま口をつけていいの?」
「はい。お召し物が汚れないようお気を付けください」
こう伝えてみたものの、ティルル様はしばらく興味深そうにクレープを見つめている。
元々クレープは最近発明されたものだ。
印象としてはクリームの中に顔を突っ込むようなもので、多少抵抗を覚えるのも無理ないだろう。
それでも、ティルル様は意を決して噛り付いた。
「っ! 甘くて美味しいわ!」
口の端にクリームをつけながらも、彼女は目を輝かせている。
どうやらかなりお気に召してくれたようだ。
その横で、シェリル様も控えめにクレープに口をつける。
「確かに……とても美味しいですわ。甘いだけでなく、いちごの酸味が程よいというか。歯応えにも違いが出て飽きるということもなさそうね」
「使用しているフルーツにつきましては、このお店の力が大きいかと。いつでも新鮮な状態で仕入れてくれるので、どの料理に使うにしても重宝しているんです」
俺がクレープ用に頼んでいたフルーツは、いちごの他にブルーベリーなどのベリー系や、バナナ、キウイなどだ。
どれもクリームとの相性が良く、特にバナナとチョコレートソースを組み合わせたチョコバナナホイップは、いちごホイップに続いて人気商品になっている。
「ふむ……テオ殿、このカスタードクリームに使われているのはひょっとしてバニラハーブでしょうか?」
「さすがアルバさん。その通りです」
バニラハーブとは、ほんのり甘い香りがする食材のことだ。
食材と言ったものの、実際に食べてみると甘いどころか苦みを感じてしまう。
あくまで香りなのだ。
そのため一度エキスを抽出し、数滴だけカスタードクリームに混ぜ込んである。
それだけで大きく風味が変わるのだから、やはりハーブというものは侮れない。
「なるほど、勉強になりますな」
「アストラス国ではあまりそう言った使い方はしないのですか?」
「ええ、せいぜいタルトなどの横に添えておく程度で、どちらかと言えば彩りのために使用するのが主でしたので。いずれ試してみたいと思います」
「そう言っていただけると自分も嬉しいです。もし他の料理での使い道を見つけたら教えていただけませんか? 自分も試行錯誤中でして……」
「もちろんでございます。こちらこそ年甲斐もなく学ばせていただきます」
――そんな風に話しているうちに、俺はいつの間にか周囲から注目を浴びていることに気づいた。
顔を上げてみれば、野次馬と化した人々が興味深そうに俺たちを見ている。
俺自身もマヒしていたが、この人たちは一国の超重役たちだ。
それが庶民の屋台に留まっているのだから、注目を浴びてしまうのも無理はない。
「さすがに……留まり過ぎましたかね」
シェリル様も今の状況に気づいたようで、俺たちだけに聞こえるよう小さくつぶやいた。
それを聞いて、ティルル様が残念そうに肩を落とす。
「そうね、お母様……そろそろお父様とリストリア王の対談も終わった頃でしょうし、迎えに行った方がいいかしら」
「ええ。元々無理を言ってここまで来ている身ですし、戻って安心させましょう。アルバ、代金の方を」
シェリル様がそう口にすれば、アルバさんは懐から金貨一枚を取り出した。
それを受け取り、俺はお釣りの分を返すために銀貨と銅貨をかき集めようとする。
しかし、そんな俺をシェリル様が止めた。
「よいのです。お釣りはいりませんので」
「え……?」
「はい。私たちが無遠慮に訪れてしまったことで、少なからずこの店舗へ迷惑もかけてしまったことでしょう。それはお詫びの値段でもありますから」
「なるほど……しかしそういうことであれば、お釣りを返さないわけにはいきません」
「……なぜでしょう?」
俺は銀貨と銅貨を袋に詰め、それをアルバさんの方へと差し出す。
「客の方々は皆平等です。俺たちはあなた方がこの店を訪れたことに感謝こそすれ、迷惑だなんてことは一切思っていません。だから、これは受け取れないんです」
無礼な行為と思われてしまうかもしれない。
だけどこれは、俺にとっては大切な行動だった。
俺はレイのようにはなれないが、彼女のようにどんな人が相手でも態度を変えない人間でありたいと思う。
「時間がありましたら、またこのお金でクレープを食べに来てください。いつでも歓迎いたします」
「……娘があなたを欲しがる理由が、少し分かった気がします」
シェリル様はそう言って美しい笑みを浮かべる。
その様子を見て、アルバさんは俺からお釣りを受け取ってくれた。
「ティルルの世話役を受け持っていただいたことに関するお礼は、いずれしっかりとした形で返させていただきます。今度はぜひアストラス王国にも来てくださいませ。もてなしの用意をしておきます故」
「ありがとうございます。ぜひ祭りが落ち着いた頃に訪問させていただければと思います」
「はい。お待ちしております。――では、行きましょうか」
残ったクレープを持ち、三人は店から離れていく。
その途中で、なぜかティルル様が俺の方へと振り返った。
「絶対に来てよね! 約束よ!」
「はい、もちろん」
「ふ、ふん! 分かっているならいいわ!」
彼女は顔を戻し、リストリア城の方へと向かっていく。
心なしか、その足取りは軽いように見えた。
分かってはいたことだけど、社交辞令を言われているわけではないらしい。
約束を守るためにも、本格的にアストラス国旅行をレイに考えてもらおう。
「……行ったかい?」
「あ、はい。帰って行かれましたよ」
「ふぅ……おっかねぇおっかねぇ。何かトラブルが起きちまわないかってひやひやしたよ」
「俺も何事もなくて安心しましたよ。じゃあ……ここからはまた通常営業ってことで」
俺がそうリーンさんへ伝えると、彼女はニッと楽しげな笑みを浮かべた。
そして大きく息を吸い込むと、周りで見ていた人に対して叫び散らかす。
「さあさあ! あのアストラス国の王妃様や姫様が食べたクレープだよ! 売り切れる前に買わなきゃ損だよ!」
何ともたくましい人だ。
先ほどまで縮こまっていたのが嘘のように、周りの喧騒をかき消すほどの声で客を呼ぶ。
たった今通り過ぎようとしていた人もさすがに反応せざるを得なかったようで、俺たちの屋台の方へ視線を向けてきた。
『王族が食べたってほんと?』
『見てた見てた! あたしも食べてみたい!』
そんな会話がそこら中からしたと思えば、瞬く間に屋台の前に列ができる。
その数はどんどん増えていき、当初できていた列よりも今の方が長くなってしまった。
「さて、こりゃ捌くのが大変だね! やるよ! テオ!」
「……せっかくですしね。ここを今回の勇者祭で一番利益を上げた店にしましょう」
「その意気だ!」
リーンさんに背中を叩かれ、俺は再び液状の生地が入った器を手に取る。
ここまで来たら、もっとリーンさんたちに喜んでもらいたい。
最後まで手を抜かず、やり切ってみせようじゃないか。
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