10-1
勇者祭当日。
リストリア城下町は普段とはけた違いの活気にあふれている。
特に商店街。
ここは後にパレードが通るため、他の場所よりも人気が多い。
道を歩くのに苦労するくらいには――。
「テオ! いちごホイップ二つ!」
「はい!」
俺はリーンさんに言葉を返し、熱い鉄板に生地を流し込んだ。
生地は小麦粉と牛乳を混ぜ合わせたもので、溶かしたバターと砂糖をどちらも少量ずつ入れてある。
鉄板にはあらかじめ軽く油をしいているため、くっつく心配はない。
「……よし」
焼く時間はそこまでかからない。
コテが下に入るようになったことを確認した後、一旦生地をひっくり返す。
しばらくして生の部分がなくなったら、それを広くスペースを取ったテーブルの上に置いた。
そして生クリームを泡立てて作ったホイップクリームと、いちごをその上に並べていく。
最後にそれを丁寧に畳んで、手で持てるサイズに包み込む。
これがクレープだ。
注文通り、これを二つ分繰り返す。
完成と同時にリーンさんに手渡せば、彼女が持ちやすいよう紙を巻いて客に渡してくれるという仕組みだ。
「はい! 二つで800Gね!」
クレープを売っている場所をほとんど見たことがないため、正直相場がいくらかは分からない。
一つ400Gという値段も、材料費を考えて最低限こちらが利益を得られる程度の金額でしかなかった。
しかし――――驚くほどこれが良く売れている。
さっきから若い女性が中心となってやたら並んでいるのだ。
初めはぽつぽつと来る程度だったのだが、人が人を呼んだらしく開店一時間ほどでこの状態である。
正直、忙しすぎだ。
それでも客が来てくれる以上手を休めるわけにはいかない。
汗が鉄板の上に垂れないよう度々拭いつつ、俺はまた新たに生地を焼き始める。
「テオ! 次は三つだ! 行けるかい⁉」
「はい! 大丈夫です!」
また新たな注文が来た。
迅速に、そして丁寧に仕上げるのは骨が折れる。
特に丁寧にという部分に集中力を削がれていた。
形が崩れていたりクリームの量を間違える程度ではうろたえないが、問題は生地。
この焼き加減を間違えれば焦げきってしまうし、逆に生焼けになってしまうこともある。
生焼けは腹を下す原因となるため、もっとも避けなければならないパターンだ。
多少のクオリティ低下は許容するとして、安全面、そして回転率に重きを置いて、ひたすらにクレープを作っていく。
「――三つくださるかしら? このいちごホイップカスタードって物がいいわ」
ようやく三つのいちごホイップを仕上げたタイミングで、喧騒の中ですらよく通る声が耳に届く。
顔を上げれば、そこには俺の知っている顔があった。
「ティルル様!」
「い、一週間ぶりね……っ!」
隣国のアストラス王国の姫君――――ティルル・メル・アストラス様は、少し視線をそらし照れ臭そうにしていた。
「ええ、一週間ぶりです! まさかお店に来ていただけるなんて……光栄ですよ」
「ふんっ、屋敷を訪ねたら不在なんですもの。このわたくし自ら聞き込みしてここを突き止めたのよ!」
「ああ、それはお手数をおかけしました」
「ま、まあいいのよ!」
――おかしい。
ティルル様のこの態度、一見当初の彼女を思い出させるが、どこか違う。
何か取り繕っているかのような、そんな印象だ。
「ティルル? その方があなたの言っていた男性かしら」
「あ! ええ、そうよお母様」
お母様……?
彼女の母はシェリル・メル・アストラス、アストラス王国の王妃であるはずだ。
そんな人物がこの商店街を訪れるわけが――。
「初めまして、私シェリル・メル・アストラスと申します。この度は娘がお世話になりました」
上品でありながら装飾などが極めて控えられているドレスをまとい、後ろでウェーブのかかった金髪を揺らしている女性は、そうして俺に向け頭を下げてきた。
隣では執事であるアルバさんが同じように頭を下げ、優しく笑みを浮かべている。
「……え、本物……ですか?」
「え? はい……私は本人ですけども」
腰を抜かしそうになった。
人垣から現れた女性は、俺へと優しい笑みを向けてくる。
やはりティルル様とは顔つきなどが似ていないのだが、佇まいというのだろうか、雰囲気自体はよく似ている気がした。
溢れんばかりの気品が、これだけの人混みでもよく目立っている。
「し、失礼いたしました! 私はテオと申しまして――」
「ああ、お話は伺っておりますわ。帰国した娘が毎日のようにあなたの話をするんですもの。大層お気に入りなんだそうで」
「ティルル様が?」
俺が視線をティルル様へと向けると、彼女は途端に頬を赤らめてシェリル様へと向き直る。
「ちょ、ちょっとお母様⁉ 毎日はしてないわ! せいぜい二日に一回程度よ!」
「それだけ話していれば毎日みたいなものじゃない?」
「全然違うからっ!」
ムキになって否定するティルル様を、シェリル様は微笑ましげに見ている。
この一連の様子を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ユイ騎士団長から二人が仲直りできたとは聞いていたが、自分の目で確認できるとまた感覚が違う。
表面だけでなく、彼女らは心の底から家族に戻ることができたんだ。
「な、何でニヤニヤしてるのかしら? もしかしてわたしが話題に出してるからって浮かれてる⁉」
「いえ、違います」
「そ、そんなすぐに否定しなくても……」
「いちごホイップカスタードが三つでしたね?」
何かしょぼくれてしまったようだが、ティルル様は俺の問いに対し一つ頷く。
俺は「かしこまりました」と一言告げて、調理台の下へと戻った。
ティルル様が変に態度を取り繕っていたのは、シェリル様がとなりにいたからだろう。
母の前で恥ずかしくないよう、威厳を保とうとしていたわけだ。
不敬罪になりかねないため本人の前では決して言えないが、妹がいたら彼女のような人であってほしいという気持ちが俺の中に芽生えつつある。
「ちょ、ちょっとテオ……! この方たちは本当にその……アストラス王国の?」
調理に入ろうと思っていた矢先、青ざめた顔のリーンさんが声をかけてきた。
一般人である彼女からすれば、こういった反応をしてしまっても仕方ないことだろう。
「あ、はい。姫君に王妃様、そして使用人の方です」
「あたしゃ卒倒しちまいそうだよ! 知り合いなのかい⁉」
「ああ、知り合い……そうですね。そんな感じです。少しお世話になったことがありまして」
お世話になったというか、むしろ世話をした側ではあるのだが、ここは彼女の名誉のため余計なことは口にしない。
「レイちゃんもレイちゃんならあんたもあんただねぇ……でもまさかこんなところでお目にかかれるなんて思いもしなかったよ。もう他の客もブルっちまって近づいてこようともしない」
「でしょうね……」
「まあ午後からはあのアストラス国の王族も食べた味! って感じで売り出してやるさ。ひとまず今は相手してくれるかい? あたしはちょいと失礼働いちまいそうで怖くてねぇ」
「分かりました。任せてください」
これが初対面であれば当然のように縮こまってしまっただろうけど、もうティルル様やバートルさんに対してであれば緊張は薄い。
問題はシェリル様だが、感謝していると言ってもらえている以上、真面目に対応すれば悪いようにはされないだろう。
「……よし」
俺は腹を括るようにして、鉄板に生地を流し込んだ。
1月10日より、書店にて「社畜騎士がSランク冒険者に拾われてヒモになる話 ~養われながらスローライフ~」が発売されます。
レイたちが大変素敵なイラストで描かれておりますので、ぜひお手に取っていただければと思います。
今後ともこの作品をより良い物にしていければと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたします!




