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9-5

「……暇だ」

 

 俺は食堂の椅子に座り、天井を見上げて呟いた。

 レイがミスコンとやらに出場することを決めてから、早くも三日が経過した。

 そして現在、休みで家にいるはずのレイはどこかへ行ったきり帰ってこない。


『自分磨きをしてくる』


 そう言い残し、レイはカノンとアルビンを引き連れて家を出て行った。

 いつも外働をしている彼女がいないのだから、洗濯物などが溜まることもなく、俺はいつになく暇を持て余すという結果になっている。

 何か動こうにも掃除などは全て終わらせてしまっているし、自分のために手の込んだ料理を作るというのも気が進まない。

 小慣れてきたというせいもあるだろうけど、最近こういう暇を感じる時間が増えてきた気がする。

 趣味でも探そうか。

 料理が趣味とは言えるけど、結局はレイのためであるし——。


「うーん、せめて健康のために運動でも……」


 などと考えていると、玄関の呼び鈴が鳴る音が耳に届いた。

 どうやら来客のようだ。

 俺はそっと胸を撫で下ろす。

 呼び鈴を鳴らすということは、少なくともユイ騎士団長ではないからだ。

 あの人は神出鬼没で、一つも物音を立てずにいつの間にか食堂に座っていたりする。

 正直心臓に悪い。


「今行きます」


 食堂を出て、玄関扉の向こうへと声をかける。

 そして扉を開ければ、目の前に立っていたのは知っている顔だった。


「リーンさん!」


「おお、テオの坊やが出てくれたんだねぇ!」


 その人物は、商店街でレイが贔屓にしている果物屋のリーンさんだった。

 リーンさんとその旦那さんが仕入れている果物はどれも新鮮で、デザートを作る際は欠かせない。

 故に俺もかなり通うようになり、その過程で仲良くさせてもらえるようになった。


「ああ、すみません。今レイは家にいなくて……」


「そうなのかい? あ、でも大丈夫さ。あたしが用があるのはあんただからね」


「俺にですか?」


「そうそう! 勇者祭が始まると、商店街の連中は一斉に屋台を展開することは聞いてるね?」


 バートルさんが言っていたやつのことだろう。

 浅漬けの作り方を教えてもらうきっかけになった話だ。


「はい、バートルさんから聞いています」


「なら話は早いね! うちも屋台の準備を始めているんだけどさ、ちょっと人手が足りなくて……あんたに手伝ってもらえたらなと思って訪ねてきたんだよ。あ、もちろん報酬は用意するからさ。一年間、うちで買う果物は三割引で取引するってことでどうだい?」


「三割引⁉︎」

 

 破格の話だ。

 レイの財布に頼っている以上金の心配はあまりないんだけど、元々俺は安月給の人間。

 割引という魅惑的な言葉にはつい引かれてしまう。

 それに三割も引いてくれるのであれば、大量に購入することに対しての値段的罪悪感が薄れる。

 果物をふんだんに使った料理のレパートリーが増えること間違いなしだ。


「でもあんたに話を通す前に、レイちゃんに許可もらった方がいいかね?」


「本来ならそうしてもらうところなんですけど、生憎レイがいつ帰ってくるのかが分からなくて……なので置き手紙で伝えようかと。リーンさん相手なら彼女も安心すると思うので」


「お、ってことは受けてもらえるってことかい?」


「はい。いつもお世話になっていますし、その報酬は素直に嬉しいですから」


「正直者だね! けど正直な若者はあたしも好きさ! それじゃ早速で悪いんだけど、うちまで来てくれるかい?」


「分かりました。じゃあ手紙だけ置いてきます」


 俺は屋敷の中に戻ると、紙にリーンさんの手伝いに行くとだけ書き残して食堂のテーブルの上に置いた。

 ここならレイが俺を探そうとした際に真っ先に見てくれるだろう。

 そして軽く身支度を整え、外へ出た。


「お待たせしました」


「構やしないよ! んじゃ行こうかね」


「はい!」


 俺はリーンさんについていく形で、商店街へと向かう。

 商店街は俺が最後に買い物に行った日からさらに活気を増しており、そこら中で楽しげに屋台を準備している人々の姿が確認できた。

 勇者祭にちゃんと参加するのは俺も初めてとなるため、年甲斐もなくワクワクしてしまう。


「おーい、テオの坊やを連れてきたよー!」


 到着した果物屋の前で、リーンさんが叫ぶ。

 すると店の奥から返事が聞こえ、一人の男性が現れた。


「おお、テオくん。すまないね、呼んでしまって」


「ご無沙汰してます、旦那さん。いえ、むしろ頼ってもらえて光栄ですよ」


「そんな風に言ってもらえると少しは気が楽だよ……ありがとうね。よろしく頼むよ」


 そういって微笑むリーンさんの旦那さんなのだが、心なしか顔色が悪い気がする。

 俺は心配になり、眉をひそめた。


「ああ、旦那は今ちょっと腰やっちゃっててね。重い病とかじゃないから安心しておくれ」


「あ、そうだったんですね……だから今回人手不足と」


「そういうことさ。いつもは二人で果物飴でも作って売ってたんだけど、今回は旦那が店番も作る側もできないからどうしようかと思ってね」


 果物飴——。

 確か果物の周りを甘い飴でコーティングしたお菓子のことだったはず。

 この店の果物でそれを作るとなると、さぞ美味しい果物飴ができたことだろう。


「とはいえあたしは不器用でね……飴でうまく包めなくて。だから基本は店番さ」


「え、じゃあ俺が作ることになるんですか? 一度もやったことないですけど……」


「初めはそうお願いするつもりだったんだけど、旦那が面白い提案をしてくれてね」


 リーンさんは愉快そうに旦那さんを見る。

 

「ああ……せっかく初めて俺たち以外の人に店を手伝ってもらうんだから、その人の意見を取り入れさせてもらおうと思ってね。果物を使った物で、屋台で売るのに向いている料理を考えてみないかい?」


「……なるほど、それなら少しは力になれるかもしれないですね」


 これまで通り果物飴を作るのも悪くはないだろう、俺が練習すればいいだけの話だ。

 ただせっかくの機会、俺自身何か今までにない物に挑戦してみたいと思う。

 例えば、フルーツタルト。

 一度だけ試しに作った経験があるが、そのときは切り分けられるようホールサイズで作った。 

 だから今回は片手で持てるサイズで量産して、屋台用に工夫する。

 これなら他の店にないものとして提供できるのではないだろうか?

 ……ただ問題なのは、前日に作り置きをしなければ提供が間に合わないということ。

 しかし新鮮さを売りにしているこの店で、それを欠くのはあまりにも勿体ない。

 他に思いつくとしたらパフェなのだが、これに関しては持ち運びに適さないという問題がある。

 つまり条件となるのが、鮮度を保つため当日に調理ができて、なおかつ食べ歩きに適しているもの——。


「——クレープ、なんてどうでしょう?」


「ふむ……なぜそれに行き着いたか聞いてもいいかい?」


「はい。クレープは客の注文を聞いてからその場で作るものです。これなら作り置きする必要もなく、店の果物の持ち味を失うことはないと思いました。それに食べ歩きにも向いてます」


 クレープは、クリームや果物を薄く焼いた生地で包む可愛らしいデザートだ。

 包む、という工程があることで、上から食べていけば中身が溢れにくい。

 スプーンなどを使う必要もないため、食べ歩きにも向いているというわけだ。


「クレープ……聞いたことはあったけど、実際試してみたことはなかったねぇ」

 

「ああ。でもいい案だと思う。若い子に受けそうだ」


 二人にはいい印象を与えることができたようだ。

 しかしまだ肝心なことが残っている。


「ただ、クレープを作るにはいくつか必要な物があります。生地を焼くための大きな鉄板や、果物以外にクリーム用のミルクや砂糖、卵なども使います。その準備で普段よりも手間を増やしてしまうことになりそうなんですけど……」


「いいさいいさ! そのくらい安いもんだよ! 必要な物があったらおばさんに全部言っとくれ! すぐに集めてくるよ」


「ありがとうございます。これでだいぶ現実味を帯びたと思います」


 料理本に乗っていたのを見て、暇なときにクレープの作り方自体は何度か練習した。

 作っていて楽しかった料理の手順は、決して忘れない。

 せっかく頼ってもらえたのだ、二人の店をさらに盛り上げることができるよう尽力しよう。


 ——このときの俺は、後にこの提案をした自分自身に深く深く感謝することになるなんて、知る由もなかった。

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