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9-4

「「……」」


「どうしたんだ二人とも……」


 俺は食堂で突っ伏しているカノンとアルビンを見て、そう言った。

 現在の時刻は昼を過ぎたあたり。

 少し前に彼らは来て、それからずっとこの調子だ。


「すまない……全くもって活力が湧かなくてな。迷惑なのも重々承知なのだが、温かい飲み物をもらえないだろうか?」


「迷惑だなんてそんなわけないだろ? 今淹れてくるよ」


「すまない……」


 俺はキッチンへと移動すると、冷却ボックスから数枚のチョコレートを取り出す。

 カカオと呼ばれる木に実った実から特殊な魔術にて作られたもので、かなりの甘みを感じる菓子だ。

 これを砕いておき、横では鍋にミルクを入れて温めておく。

 十分温まったところで砕いたチョコレートをミルクに入れ、さらに溶かした。

 一口味見をして、俺は一つ頷く。

 即興にはなったが、チョコレートドリンクの完成だ。

 これで少しでも疲れが取れればいいのだが。

 俺は食堂に戻り、二人の前にチョコレートドリンクを置く

 

「美味い……生き返るようだ」


「それはよかった。カノンも飲んでみてくれ」


 俺がそう伝えると、カノンは突然跳ねるように身を起こす。

 

「いただくわ!」


「あ、ああ……熱いから気をつけてくれ」


 カノンはカップを手に取ると、そのままゴクゴクと飲み始める。

 さすがは炎の魔法使い、熱いものには強いようだ。


「ぷはぁ! もうしばらく仕事なんてしてやらないんだから! 絶対に!」


「それに関しては同意ですね……明らかに我々の仕事量は多過ぎた」


 二人がここまで仕事疲れを見せるなんて、本当に相当なストレスがあったのだろう。

 聞くところによると、後半はファミリーメンバーが全員無事であったことが奇跡だったとか。

 それくらいにはミスが目立っていたらしい。


「レイも昨日寝てから今の今まで寝てるからな……何か俺にできそうなことがあれば言ってくれ。幸いここ数日は俺だけだったから、家事が溜まってないんだ」


 こう言っておきながら、膝枕を所望されたら断るつもりだけど。

 レイはそれを目標に働き抜いてくれたわけだし、簡単に同じことをしてしまうのは彼女に失礼な気がしたからだ。


「俺は大丈夫だ……忙しくはあったが、レイさんやカノンさんほどではない」


「そうか? あ、じゃあ今晩食べてくなら好物を作るよ」


 今日が難しいなら別の日でも——。

 

 そう伝えてみると、アルビンはしばらく悩んだ後に口を開く。


「……濃いソースのかかったステーキが食べたい」


「だ、大丈夫か……? 普段はそんなもの食べないだろ?」


「体調が悪いわけではないのだ。しかしいかんせん気分がな……だから何もかも忘れさせてくれるようなインパクトがあるものが食べたいのだ」


「そうか……じゃあ作ってみるよ」


「ああ……助かる」


 大丈夫だろうか、心なしか目に力がないように感じるのだが。

 ――いや、彼よりもひどい顔をした人間が隣にいるんだったな。


「……カノンは?」


「一生甘やかしてほしい」


「悪いけどそれは難しい」


「…………うわぁああぁああん! じゃあマッサージ! マッサージして! 全身くまなく! 余すところなく!」


 泣いてる、ものすごく泣いてる。 

 決して俺が言うべきことじゃないんだろうけど、こう――哀れだ。


「分かった。それでいいなら後で時間をもらうよ」


「時間なら依頼以外にならいくらでもあげるわよ! もう! 何でうちばっかり働かないといけないのかしら!」


「ん? うちばっかり?」

 

 俺は視線をアルビンへ向ける。

 カノンはわめくばかりで説明には向いていなさそうだったからだ。


「はぁ……いや、他の冒険者が働いていないというわけではない。取り逃した魔物が街を襲わぬよう、周囲の警護に当たっていたのだ」


「え? それこそ騎士団の仕事だと思うんだけど……」


「……この前の一件以来、騎士団の中にも混乱があるようでな。聞くところによると、一斉汚職調査が行われているらしい」


 ――ああ。

 ユイ騎士団長から聞いた話にはなるが、ブラムはかなり広範囲の犯罪組織とつながりがあったようだ。

 やつを泳がしておいたおかげで、その犯罪組織もまとめて捕縛することができたらしい。

 しかしその過程で、他にもつながりを持っている騎士団の人間がいることが発覚した。

 だから予期せぬ面倒ごとが起きていると、先日ユイ騎士団長に拉致された際に聞いている。


「結局は騎士団の不手際をあたしたちがカバーしてるのよ! だいたい! あたしたちが外の魔物をほとんど倒しているんだから街の警護なんていらないじゃない! 楽しちゃって!」


「まあ……確かに一匹たりとも逃がした記憶はありませんが」


 これをさらっと言えてしまうのが彼らのすごいところだ。

 それが却って忙しさを助長させてしまっているのは気の毒としか言えないけれど。


「ん……二人とも、来てたんだ」


 そうして話をしていると、食堂にレイが顔を出してきた。

 髪の毛が所々跳ねており、目は半開き。明らかに寝起きであると見た目が主張している。


「おはよう、よく眠れたか?」


「ん……おかげさま」


「ならよかった。顔洗ってきたらどうだ? その間にチョコレートドリンクを温め直してくるよ」


「チョコレートドリンク……っ! 分かった、洗ってくる」

 

 レイが洗面所へ向かうのを見送った後に、俺はキッチンへと向かい残ったチョコレートドリンクを温め直す。

 とは言え冷めきっているわけではないため、すぐに温め切れてしまった。

 新しくカップに注ぎなおし、食堂へと戻る。

 すると向こうの方が早かったようで、すでにレイは椅子に座っていた。

 その後ろに、文句を垂れつつも彼女の髪の毛を整えるカノンの姿がある。


「もうっ、一応ファミリーの親なんだから、身だしなみくらいきっちりしなさいよ」


「カノンたちの前に出るのに、かしこまる必要はない」


「意識の問題よ! い、し、き!」


「んー……いらない」


 見事にカノンが一蹴されてしまった。

 レイがそういうものに関心がない以上、いくら言っても無駄というものだろう。

 俺は余計な口を出さず、目の前にドリンクを置いた。


「そうだ! テオだって可愛い恰好のレイが見たいわよね!」


「へ?」


 突然の質問に、肩が跳ねる。

 レイの可愛い恰好、そう聞いて、視線は思わず彼女へ向いた。


「……どう、なの?」


「……」

 

 答えにくい質問だ。

 しかし答えないにしても、興味ないというにしても、どちらにせよレイに失礼かと思う。

 自分のスケベ心を見せるようでかなり恥ずかしくはあるのだが――。


「ああ、見たいとは思う。レイは何でも似合いそうだしな」


「何でも似合う……ほんとにそう思う?」


「え? あ、ああ……本心だけど」


「――決めた」


 レイはそう告げると、突然立ち上がり、食堂を出る。

 俺たちが呆気に取られているうちに戻ってきた彼女は、テーブルに一枚の紙を置いた。

 どうやらこれを取りに行っていたらしい。

 

「ミスコン……?」


「美女たちの祭典って書いてあるな」


 俺とアルビンが、紙に書いてある文を読み上げる。

 ミスコンとは何だろうか?


「ミスコンってのは、ミスコンテストの略称ね。勇者祭のときに毎年行われているイベントなんだけど……どういう風の吹き回し? あんた今まで誘われても誘われても絶対参加しようとしなかったじゃない」


「出場者には、おしゃれな服がプレゼントされるって言われた。だから、テオにもいいところ見せられる」


「う、嘘でしょ……? まさかレイをここまで動かすなんて……」


 用紙をよく読んでみたところ、どうやらミスコンは女性の美しさを競うイベントのようだ。

 会場に来た観客の投票にて結果を出すらしい。

 そして優勝賞品は――――。


「――ユニコーンの角で作った包丁」


 俺は自然と声をもらしていた。

 幻の魔物と呼ばれているユニコーン。

 実際幻というほどにまで出会えないわけではないのだが、希少な魔物であることは間違いない。

 その角はあらゆる鉱石をしのぐ硬度を持ち、これを加工するためには相応の道具が必要だという。

 こちらに関しては包み隠さず言おう。

 正直、とてもほしい。

 これほどまでに自分が女性でなかったことを悔やんだ日はないかもしれない。


「あら、珍しいわね。テオが物欲しそうに何かを見てるの」


「そ、そうか?」


「ふーん、包丁ね。確かにあなたが欲しがりそうな物だわ」


 カノンも優勝賞品の記述を見つけたらしく、微笑ましそうな顔を俺に向けてきた。

 途端、恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じる。

 

「テオ、これ欲しいの?」


「あ、いやっ、気にしないでくれ! 今の包丁でも十分満足しているんだ!」


 ここで欲しいと言えば、レイは出場を決意して、なおかつ優勝できなかったときに責任を感じてしまうだろう。

 それは俺にとってもあまり望ましくない。

 しかし、俺はレイの頑固さを失念していた。


「ん、私これに出る。そして優勝する。カノン、アルビン、手伝って」


「ふっ、面白いじゃないの! 手伝ってあげるわ!」


「レイさんがそう言うのであれば、ファミリーの総力を挙げて協力すべきでしょう。何か必要な物があればいくらでも用意します」


 レイに続くように、カノンとアルビンが立ち上がった。

 誰がどう見ても、彼らはやる気に満ち溢れている。

 ここに茶々を入れることなど、今の俺にできるわけがなかった。

 

 

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