1-5
生まれは辺境の村だった。
少ない村人と生活を共にし、何だかんだ平和で楽しかったことを覚えている。
だけど十歳のとき、両親が魔物に殺された。
当時は泣いた。だけど珍しいことではなかった。
周りの励ましを受け、いつしか俺は立ち直る。
しかし周りの村人たちは、俺に気を使うような生活を送り出した。
……いい気持ちではなかった。もっと普通に接してほしかった。
何だか居心地が悪くなって、俺は村を飛び出す。
辺境のおかげか税も少なく、真面目に働いていた両親には貯蓄がかなりあった。
残してもらったその財産を使って、俺は騎士学園へと入学する。
当時十二歳、そして十五歳で卒業した。
「そして俺は、騎士団へ入団したんだ」
――それからの話も、レイは俺から目をそらさず聞いてくれた。
一年目で上司に襲われかけた同僚を助けようとしたこと。
そのすべての罪を上司に着せられ、性犯罪者に仕立て上げられたこと。
そしてその時点から四年間、周りの人間から馬車馬のように働かされていたこと。
最後に、ここに囮として残されたこと。
話しているうちに、いつの間にか俺は泣いていた。
思い出して苦しくなったというのももちろんある。
しかし一番大きかったのは、誰かに聞いてもらえたという事実。
今まで誰も、俺の話など片時たりとも聞いてくれやしなかった。
それを最後まで聞いてもらえて、俺は嬉しかったんだ。
「……悪い、初対面なのにみっともないところ見せて」
「みっともなくなんかない。少なくとも、私はそう思う。誰かに自分の過去を伝えることは、それだけで勇気のいること――そう聞いた」
レイは焚火で焼いた肉の串を一つ取ると、数秒思案してから元の場所へと戻した。
その後に、俺と視線を正面から合わせる。
「私、確信した」
「へ?」
「あなたが、欲しい」
焚火の向こう側で、彼女はそう言った。
腰かけていた切り株から立ち上がり、彼女はぐるりと焚火を一周して俺の隣に立つ。
「分かっていると思うけど、きっと帰ってもテオの居場所はない。だから、私がその居場所になりたい」
「なっ――――」
「さっきも言ったけど、私は家事ができない。だから家でそれをやってほしい。給料は月100万Gで払う。私の家も、それなりに大きい。でも、テオが今まで掃除していた場所よりはきっと楽。休みは欲しかったら相談してほしい。ちゃんとあげる」
「ま、待て待て!」
「ん、もしかして給料足りない? もっと欲しいなら倍でも――」
「そうじゃなくて! 今日初めて会ったんだぞ⁉ そんな人間を信用して家事を任せるだって……? 俺が悪人だったらどうするんだよ」
俺がそう訴えかけると、レイはきょとんとした表情を浮かべた。
一見無表情に思える彼女の顔だが、よくよく観察していれば様々な感情が隠れていることが分かる。
今はそんな発見、後回しにすべきなんだろうけど。
「それは絶対にない。私は人の嘘が分かる。これは特技。テオは全部本当の話をしてくれた。そして苦しいってこともよく伝わってきた」
だから――。
そう言葉を挟み、レイは続ける。
「同情がないとは言わない。けど私にはあなたが必要ってことも事実。私へのメリットもちゃんとある」
「……」
「テオは、もう自由。だから断るのも自由。生きていれば選択肢はたくさんある。その選択肢の中から私を選んでくれれば、それが一番嬉しい」
レイはそう言って、俺に手を差し出してきた。
俺は困惑する。
俺が悪人ではないと分かったとしても、こうも手を差し伸べられるものなのだろうか。
もしかしたら、俺を騙して何かに利用しようとしているのかもしれない。
――いや、それが何だと言うんだ。
もはや何も持っていない俺を騙したところで、絞れるモノはない。
何かを得る可能性があるのは、むしろ俺の方だろう。
レイの言う通り、俺に帰る場所などないのだから。
「ほんとに……俺を必要としてくれるのか?」
「ん。冒険者と家のことを同時にやるのは、大変。でもテオが家を守ってくれたら、きっと私の生活ももっと豊かになると思う。だから、あなたが必要」
もう、騙されていてもいいと思った。
例え嘘でも、言葉だけでも、彼女は俺を必要と言ってくれる。
今まで誰からも必要とされなかった俺は、いつの間にか再び溢れそうになる涙をこらえていた。
「……分かった。俺の命、あんたに預けるよ」
「ん」
そうして俺は、彼女が差し出してくれた手を取った。
♦
あの後満腹になるまで食事を終えた俺たちは、ある程度の仮眠を取って早朝を迎えた。
野宿のはずなのに、心が救われたおかげか久々の熟睡を経験した気がする。
「……あれ」
先に起きたのは俺だった。
レイは近くで規則正しい寝息を立てており、俺が動く音でも起きそうにない。
だいぶ眠りが深い人間なのだろうか。
「朝食の準備をしておくか」
竜の肉はまだ大量に残っている。
朝から肉塊というのはだいぶ胃がもたれそうではあるが、まあ食べないよりはマシだろう。
昨日と同じように焚火を作り直し、同じ手順で肉を焼いた。
「ん……」
しばらくして、レイの起きる気配がした。
ぱちぱちと跳ねる焚火の音が耳に届いたらしい。
「おはよう、もう朝だぞ」
「ん……おはよう」
レイは半ば寝ている様子で、俺の対面にある切り株へと腰かけた。
「朝は、苦手」
「みたいだな。飯は食えるか?」
「……お腹すいた」
「昨日あんだけ食べたのにか……」
昨日の夕食で、レイは肉塊もう一つ分をぺろりと完食した。
一週間食べていないとは言え、あの勢いはまさに驚異的だったと言えよう。
それでもう空腹だというのだから、最強と呼ばれる彼女の腹も相応に強靭なのかもしれない。
「焼けてるやつから食ってくれ。どんどん焼くから」
「ん。ありがたい」
食事はしばらく続いた。
レイが食べるのを確認しながら、俺も何本か胃に入れておく。
驚いたのは、竜の肉の味がまったく落ちていないことだ。
夏場ではないが、傷んでいてもおかしくないはずなのに。
「……確か竜のウロコと爪と牙を持ち帰るんだっけ?」
「ん、そう。武器の素材になる」
「じゃあ肉はどこかで廃棄か……もったいないな」
「その必要もない。ドラゴンの肉がこんなに美味しいとは知らなかったから、最初はそのつもりだったけど。今は気が変わった」
食事を終えたレイは立ち上がり、竜の亡骸へと向かう。
そして腰につけていた袋を広げると、それを亡骸へ近づけた。
すると驚くことに、亡骸が一瞬にして袋の中へ吸い込まれてしまったのである。
一体あの魔法の袋はどれだけの容量があると言うのだろうか。
「この袋は特注品。中に入れた物の時間経過が遅くなって、鮮度が落ちにくい。家に持ち帰って食材にする」
「とんでもない品物だな……でもそういうことならありがたい。その肉で作りたい料理があったんだ」
「んっ、何作るの?」
レイは目を輝かせながら俺の下へと戻ってくる。
かなり食に対して興味があるようだ。
「そうだな……ハンバーグ、生姜焼き、そのままステーキでもいいし、カレーに入れても美味いだろ。ビーフシチューのビーフの代わりもありだ」
淡白な鶏肉の代わりは難しいかもしれないけど、それ以外の肉ならば竜で代用が利くだろう。
しかも、代用どころか本家よりも美味い可能性の方が高い。
ここまで来るとレパートリーは無限大だ。
「帰ろう、今すぐ。今日のご飯はカレーがいい」
「飯の後でもう飯の話か……。分かったよ、今日はカレーにする」
「んっ。そうと決まれば、早く冒険者ギルドに向かって報告しなきゃいけない。報告が遅れて騎士団が出張ってくると面倒くさい」
「……だな」
竜が出たことはもう王国に伝わっているだろう。
今日の午後にでも騎士団は多人数を投入して、竜討伐のために出発するはずだ。
それまでに帰れば、確かに大事にならずに済む。
「じゃあ、帰ろう。私たちの家へ」
「っ……ああ」
私たちという言葉が、なぜか無性に嬉しくて。
俺は後片付けとして焚火を消し、レイについて王国へと歩みを進めるのであった。