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9-1

「……どうして、俺はここに連れてこられたんでしょうか?」


 俺は目の前の女性、ユイ・シルバーホーンへそう問いかけた。

 ここはリストリア王国城内にある彼女の自室らしい。

 彼女は鼻歌を歌いながら、後ろ手に縛られ(・・・)椅子に座らされている俺に歩み寄ってくる。

 ずいぶんと上機嫌だ。


「どうして? あなたはすでに気づいているでしょう?」


「……」


 ティルル様が帰国してから、三日が経った。

 勇者祭まで残り一週間となり、国の賑わいがさらに膨れ上がってきた頃である。

 レイファミリーのメンツは再び舞い込んでくる依頼をこなすことにてんてこ舞いとなり、昨日帰ってきたと思ったら今朝方出発した。

 そうして家に一人になっていたところを、俺はユイ騎士団長に拉致されてしまったのだが――。


「ティルル様をもてなしたことへの報酬の話、でしょうか?」


「その通りですわ!」


「反応を見る限り……お眼鏡にはかなったようですね」


「ええ。あなたは素晴らしい活躍をしてくださいました!」


 ユイ騎士団長はパッと表情を明るくすると、その場で数回回り始める。

 上機嫌どころじゃない。超上機嫌だ。


「アストラス王国から今朝方感謝状が届きました。彼女は母親と仲直りができたそうです」


「っ……そうですか」


 自然と口角が吊り上がる。

 本当によかった。

 ティルル様の苦しみも、これで改善されただろうか。


「あなたとこの国に対して大変感謝なさっているようで、改めてお礼をと書かれておりますわ。そして……当初の話の通り、私からもあなたへお礼の方を差し上げたいのです」


「じゃあ、こうして拘束する必要はなかったんじゃないですか?」


「だってこうでもしないと、あなた受け取ろう(・・・・・)としなかった(・・・・・・)でしょう(・・・・)?」


「……」


 どこまでも読めない人だ。

 確かに俺はユイ騎士団長からのお礼を受け取らないつもりだった。

 というか、うやむやにしてしまうつもりだった。

 こうして再び対面し、俺は確信している。

 ユイ騎士団長、この人は信用できない。


「私がまだ何かを企んでいる、そう思っているようですね」


「……失礼ながら、その通りです。俺はいまだにあなたが怖い」


「まあ、何と可愛らしい。安心してくださいませ――と言ったところで、あなたは迂闊に人を信じることはなさそうですね」


「信じたいとは思っています。ただ、馬鹿正直にそうできるほど、俺はもう子供ではいられない」


 正しいことがすべてでないと、騎士であった時間が俺に教えてくれた。

 正義感だけで走り続けることは、もう俺にはできない。


「また一つ、ティルル様の件を経て成長したようですね。あなたの中に自信の芽生えを感じますわ」


「自分の力で何かを成し遂げられたことが……初めてでしたから」


「それは結構なことです。……では、改めまして本題と行きましょう」


 ユイ騎士団長は俺の背後に回り込むと、腕に巻き付けられていた縄を瞬く間に切り裂いた。

 俺が自由になった腕をさすっていると、ユイ騎士団長は一つ椅子を持ってきて俺の前に座る。


「あなたをここへ連れてきたのは、お礼の他にも頼み事があるからです」


「……一応、聞かせてください」


「感謝しますわ。……と、その前に。勇者祭はなぜ行われるか覚えていますか?」


「魔王を封印した勇者を称えるための祭り、ですよね」


「ええ、その通り。そう、勇者は魔王を封印(・・)したんです」


「――嫌な言い方をしますね」


 俺がそう言えば、ユイ騎士団長はにこりと笑った。

 それがどうにも嫌な予感を助長させる。


「勇者は魔王をこのリストリア地方に封印しました。だからこのリストリア王国にて勇者祭が行われるのです。しかし……ずいぶんと前から日に日にその封印が弱まっていくのを感じます。それにつれて魔物が活発になっているような、そんな感覚も覚えますわ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 封印が弱まる……? 何言ってるんだ……」

 

「言い方を変えましょう。私は、もうすぐ魔王が復活するものだと考えているのですわ」


 言い方を変えられたところで、正直言って意味は分からなかった。

 はっきり言って、俺はこの勇者と魔王の話を昔話程度にしか認識していない。

 怖い物を例に出して、子供を躾けるための手として使うような……そんな感覚だ。

 それがいざ魔王復活などと言われたところで、実感など湧くはずがない。


「この際です。すべてお話してしまいましょう」


 ユイ騎士団長は懐に手を入れると、そこから何かを取り出した。

 よく見てみると、それは懐中時計であると認識できる。

 ただ、見たこともない模様が表面に刻まれていた。


「この模様は、我がシルバーホーン家の家紋です。あまり表では見せることすらありませんが」


「……」


「これは勇者の剣と、光を表しています。この意味が分かりますか?」


「……シルバーホーン家が、勇者と何らかの関わりがある――とか」


「ええ、正解です。我々シルバーホーン家は、勇者の直系の末裔なんですよ」


 ただただ、言葉を失った。

 ユイ騎士団長の言葉に、嘘が感じられなかったからだ。

 彼女が勇者の末裔ということはつまり、あのレイも同じということになる。

 ――少しだけ思い出した。

 様々な書物にて、勇者はたびたび銀髪で描かれることがある。

 それを思い出した途端、俺の中で何かが噛み合った。


「……我がシルバーホーン家に課せられた使命とは、魔王の封印を見張ること。そして再び魔王がこの世に復活したとき、今度こそ葬ること。それが世間一般の者には知り得ない、勇者と魔王の話の続きです――――などと言ったら、笑いますか?」


「……は?」


 噛み合ったと思ったのは勘違いだったかもしれない。

 突然ユイ騎士団長から真剣な気配が消え去った。


「いえね? 勇者の末裔という点は嘘じゃないんですよ。ただ使命とかは知りません。現当主である私たちの父であれば何か知っているかもしれませんが、今伝えたのはあくまで私の予想です」


「は、はぁ……」


 やはりこの人、掴みどころがなさすぎる。

 話していて疲れるタイプだ。


「ですが……ずっと嫌な予感だけが消えないのです。地の底から這い出てくるような、おぞましい何かの気配……私はこれが魔王のものであると言われれば、そのまま納得してしまうでしょう」


「どうして……そんな話を?」


「――いつか、本当に魔王が復活したら……あなたは、そんな存在をもてなす自信はありますか?」


 馬鹿馬鹿しいと言ってしまえる話だった。

 言い方は失礼だが、ティルル様とは訳が違う。

 そもそも話すら通用するかも怪しい相手に、もてなしも何もない。

 近づきざまに殺されるのがオチだろう。


「それが、次の頼みでしょうか?」


「ええ。もしもの話ではありますけどね」


「……不可能だと、思います。もしそのような馬鹿げた試みをするときは……きっと、レイにそれを望まれたときです」


 レイがそうしろと言えば、俺はやる。

 レイが必要というのであれば、俺はやる。

 言われたことをその通りにやる従属とは違う話だ。

 俺がそうしたい。

 レイのためにできることをする、それが今の俺の喜びの一つだ。


「……少々嫉妬してしまいますね」


「御冗談を」


「いえ、本心ですわ。ですが、あのお姉様からあなたを奪うというのも楽しそうではありますね」


「……そこまでの価値が、俺にあるとでも言うんですか」


 俺の問いに対し、ユイ騎士団長は無邪気な笑みを浮かべる。

 レイと似た顔立ちをしているのに、到底似つかない表情だ。


「ええ、あります。あなたは自分の価値を理解していない。あなたの才能は、騎士団を抜けた際に開花した」


 ユイ騎士団長は俺に歩み寄ると、そっと頬に手を添えてきた。

 手のひらから頬へ彼女の温度が滲み込んできて、少し心地が悪い。


「ああ、いっそのこと私があなたのものになってしまうというのはどうでしょう? ねえ、どうかお礼として私を受け取ってくださらない?」


「……そんな玉じゃないでしょう、ユイ騎士団長」


 俺は彼女の手をそっと払う。

 この人の思惑や思考は読み切れないが、一つはっきりしていることがあった。


「あなたの本質はレイと同じだ。縛られることを嫌い、自由を好む。あなたやレイが人のものになることなど、絶対にない」


「ふっ……ふふ、いいですわ……とてもいい。やっぱり私はあなたが欲しい」


 ゆらり、ゆらり。

 まるで踊るようにユイ騎士団長は自分の座っていた椅子へと戻る。

 大笑いを我慢しているような――そんな顔で。


「分かりました。今のあなたには特に必要な物などなさそうですし、今回は私の借りとさせてくださいませ。何かが入用になったとき、そのときは間違いなく力を貸しますわ」


「感謝します、ユイ騎士団長」


「ですが、忘れないでくださいませ? 隙あらばあなたを私のものにしてみせますので」


「……それを諦めていただくということで願いを伝えるのは?」


「残念ながら、私の力では不可能な願いは叶えられません」


 清々しいほどの笑顔だった。

 俺は一つため息を吐くと、椅子から立ち上がる。


「じゃあ、俺は帰ります」


「馬車の手配をしておきましょうか?」


「いえ、大丈夫です。帰りに食品の買い出しを済ませたいので」


「なるほど。ではせめて城外まではお送りいたしますわ」


 ユイ騎士団長も席を立つと、俺の横に並ぶ。

 こうして俺は、城内を第一騎士団団長とともに歩くことになるのであった。


 

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