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8-6 閑話

「――お母様」

 

 わたしは母のいる部屋の扉を叩いた。

 母の名前は、シェリル・メル・アストラス。

 この国、アストラス王国の王妃だ。

 わたしはその娘。

 けど……母とわたしは血がつながっていない。

 

「ティルル……? どうか、しましたか?」


「入ってもよろしいでしょうか?」


「……ええ、どうぞ」


 わたしはお母様とどう接せばいいのか分からなくなっていた。

 だから避けて、避けて、避けて――極力会わないように生活していた。

 妙な苛立ちがずっと心の中に渦巻いていて、周りの人間にわがままをまき散らして……バカみたいに。

 お母様も驚いていることだろう。

 そんなわたしが突然自分から訪ねてきたのだから。


「突然押しかけてしまって、申し訳ありません」


「そんな他人行儀な……私たちは、家族なのですよ?」


 家族、そう言ったお母様の声は少し震えていた。

 お母様は初めからわたしを愛していてくれた。

 受け入れられなかったのは、わたしだけだ。

 

「……今、お時間いただけますか?」


「え? ええ、特に急ぎの用はありませんが」


「ありがとうございます。実は――」


 ――急に、言葉に詰まった。

 わたしの作った料理を食べてほしい。

 それだけの言葉が、なぜか口にできなかった。

 もし喜んでくれなかったら、迷惑だったら。

 そんな不安がこみ上げてきて、怖い。


 彼は――テオは、こういう経験はあったのだろうか。


 ああ、聞いておけばよかったな。

 

「ティルル? もし体調が悪いなら……」


「あ……」


 お母様を心配させてしまった。

 ここで頷いて、自分の部屋へ戻れたらどれだけ楽だろう。

 だけどそうすれば甘えたな自分に戻ってしまう気がして、わたしの足を縫い付けている。

 

「――ティルル様」


 そのとき、わたしの背中にそっと手が添えられた。

 いつの間にか、爺が背後に立っている。

 ああ、退路を塞いでくれたんだ。

 こうなったら、わたしも前に進むしかないじゃない。


「お、お母様……わたし、料理を作りましたの。た、食べてみてくださらない?」


「あなたが料理を⁉ どういう風の吹き回しかしら……」


「リストリア王国にて教えていただいたの。味見だけでもいいから、少しだけお母様の時間がほしいの」 


 お母様は少し考えた様子を見せた後、一つ頷いた。

 ひとまずほっとしたわたしは、城の厨房からカートを引いて例の料理を持ってくる。

 

「ロールキャベツという料理です。教えてくださった方の故郷の味だそうですわ」


「初めて見ました……面白そうな料理ですね」


 ナイフを差し入れたお母様は、一口大に切ったロールキャベツを口へと運ぶ。

 作り方は間違えていないはず。

 だけどわたしなりの工夫を加えてしまった。

 もちろん良かれと思ってしたことだけど、もしそれが悪い方向へ作用してしまったら――それだけが私の不安。


「どうでしょうか……」


 わたしがそう問いかければ、お母様はフォークを置いて目線を合わせてきた。


「――――美味しいわ」


「っ!」


 膝から力が抜けそうになった。

 それだけの安堵が突如として押し寄せてきたのだ。

 

「肉料理は最近重たく感じてきていたのだけど……これは味も濃くなくて食べやすいわ。これをティルルが作ってくれたのよね……こんなに難しそうな料理なのに」


 味付けを薄めにしたのは、どうやら正解だったみたい。

 お母様は濃い味の料理を食べた後いつも体調が悪そうだった。

 ここ最近まで忘れていたけど、料理しているときに思い出したんだ。


「お口に合ったのでしたら……よかったですわっ」


 いつの間にかわたしは泣いていて、深々とお母様に対して頭を下げていた。

 

「これまで……っ、娘として相応しくない態度を取ってしまって申し訳ありませんでした」

 

 お母様がわたしを娘として扱ってくれている限り、この人がわたしの母であることは揺るがない。

 それは血がつながっていようがいまいが関係ないはずだ。

 わたしがこの人をお母様として接することに、何の間違いもない。


「私も……あなたに何と謝ればよいか分からずにいました。そしてその罪悪感を言い訳に、荒れてしまったあなたを避けるような真似をしてしまった……本当にごめんなさい」


 だけど、これだけは信じてほしい――。


 お母様はそう言って、言葉を続けた。


「あなたが生まれてから、大切に思わなかった日はありません。私はあなたを娘として愛しています」


「っ……!」


 塞き止めていた水が決壊するかのように、涙が溢れて止まらなくなった。

 そんなわたしを見て、お母様は両腕を広げてくれる。

 そこに飛び込めば、大好きだったお母様の温かさを全身で感じることができた。


「ふふっ、あなたに料理を教えてくれた方に感謝しないとですね」


「っ、そうよ。とてもすごい人なの。お母様みたいに温かくて、何だか近くにいるだけで安心する……そんな人」


「あら素敵。私もぜひ会ってみたいわ」


「それがね! お母様! その人ったらわたしのスカウトを断っちゃったの! 自信なくしちゃうわ……」


 ――と、言いつつ。実はわたしも諦めてなかったり。

 だって、レイの前で言ってやったんだもの。

 

『わたし、やっぱり諦めないから』って。


 彼には聞こえてないと思うけど、レイには聞こえたよね。

 だって一流の冒険者なんだもの。


「でしたら勇者祭当日に私もリストリア王国を訪れますし、そのとき私からも頼んでみましょうか。娘のおねだりですものね」


「いいの⁉ ありがとうお母様!」


 確かにわたしの目は覚めた。

 今までもやもやしていたのが嘘みたいに気分がいい。

 けど、欲しいものは何が何でも手に入れたいという欲望に関しては、紛れもないわたし本来のものだ。


 見てなさい――絶対わたしのモノにしてみせるんだから。

 

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