8-5
「こ、これがろーるきゃべつ……?」
「はい。綺麗に作れましたね」
俺は皿の上に盛り付けられたその料理を見て、一つ頷いた。
コンソメスープに浸る二つの塊。
先ほど捏ね上げたタネをキャベツで包み、煮込み上げたものだ。
これがよく俺の村で作られていた料理、ロールキャベツである。
「味見してみましょうか」
「うんっ!」
気づけば、ティルル様の子供らしい部分が全面に表れていた。
それだけ楽しいと感じてくれたのだろう。
俺としても自然と口角が上がるくらいには楽しい時間であった。
ナイフを持ち、ロールキャベツを食べやすいサイズへと切る。
その際にキャベツの切れ目から、中の肉汁が少しずつコンソメスープへと流れ出てきた。
決して高価なものを使ったわけではない。
しかしその光景や香りが、自然と食欲をそそってくる。
それはティルル様も同様のようであった。
「た、食べていいの? 本当に?」
「いいんですよ。食べてみるまで成功かどうか分からないのですから」
「……分かったわ」
ティルル様はフォークを持ち、ロールキャベツに差し入れる。
そしてそのまま口に運び入れ、味わうために咀嚼を始めた。
「――――美味しい」
彼女は一口分を飲み込み、そうつぶやく。
フォークを置いて、そして自分の手に視線を落とした。
「わたしが作ったのよね……?」
「ええ、その通りです」
本当に、俺はレシピを教えただけだ。
アルバさんも後ろからアドバイスなどを投げてくれたが、実際にほとんどの作業をしたのはティルル様本人である。
彼女はまったく不器用などではなく、知識を与えればすぐさまそれを反映した。
それが、彼女自身の才を現している。
さすがは王族――という言葉で片付けたくないが、少しだけ羨ましく思った。
「これならお母様も――」
そんな彼女の言葉を遮るかのように、突如キッチンと食堂をつなぐ扉が勢いよく開いた。
驚いている俺たちを他所に、目を見開いたレイがゆっくりとキッチンへ入ってくる。
「いい香り。私は、お腹が空いた」
「お、おい……一週間くらいは飲まず食わずでも動けるんじゃなかったのか?」
「テオのせいで、それは不可能になった。私はもはや半日何も食べないと苦しむ女……」
「嘘をつくな」
俺のせいと言ってもらえるのは嬉しいが、レイはロールキャベツが食べたいだけだ。
とはいえ、どのみち人数分作ってある。
苦笑いを浮かべつつ、俺はティルル様へ向き直った。
「ちょうど腹を空かせた者もいますし、皆で食事にしましょうか。私も最近になってから知ったんですけど、食事は親しい人と食べると美味しく感じるんですよ」
「……うんっ」
頷いたティルル様とともに、皿にロールキャベツをよそっていく。
さて、彼女らも気に入ってくれるといいんだが――――。
♦
「美味しいじゃないの!」
ロールキャベツを一口食べた途端、突然カノンがそう叫んだ。
「正直料理なんて作ったことないでしょうから不安だったんだけど……これ本当にテオが作ったやつじゃないの?」
「もちろん。全部ティルル様が作ったんだよ」
「へぇ、ただのわがまま娘かと思ってたけど、案外やるものね!」
何と失礼な発言だろうか。
しかし言われた本人であるティルル様は、照れた様子で頬をかいている。
「わ、わたしだってやればできるのよ! いつまでも小娘のままじゃいられないもの」
「……ふーん、やるじゃない」
そう言って、カノンは目を細めて彼女を見る。
どことなく成長を喜んでいるような、そんな気配。
カノンもカノンで、根は姉御肌なのだ。
いわゆる自分よりも周り優先という形に近いタイプ。
それ自体はとても素晴らしいと思うのだが、自分のことになると一転してポンコツになってしまう部分はどうかと思う。
「おかわり」
「……そろそろ言う頃だと思ってたよ」
隣を見れば、あっという間に皿を空にしたレイがねだる様な視線を向けてきていた。
こうなるだろうと思って、おかわりができるようにいくつも作ってある。
「ね、ねぇ! わたしが取ってくるわ!」
「え……これくらい私がやりますよ?」
「いいの! 今は何かしていたい気分なの」
一体どういう心境の変化か。
ともあれティルル様がそういうのであれば、断るのも変な話。
俺は素直にレイの皿を彼女へわたした。
「はい! どうぞ!」
「ん……ありがと」
ティルル様はすぐに戻ってきて、レイの目の前に皿を置く。
これらの行為に対し、レイの方は少しだけ訝しげな視線を向けていた。
喧嘩――とまではいかないかもしれないが、二人はトラブルを起こした仲である。
だから少し不安だったのだが……。
「さっきは……ごめんなさい」
そのとき、ティルル様が口火を切った。
「わたし気づいたわ。家族を奪われそうになったら、誰だって怒るわよね」
「……」
「わたしも……このままお母様と気持ちが離れたままでいるのは、絶対にいや。そう思ったら……急にあなたに申し訳なくなって」
国の要とも言える少女が、たった今、俺たちの目の前で頭を下げている。
あくまで予想でしかないが、何となく理解した。
別人とも言える変わりようを見せているティルル様だが、実際変わったわけじゃない。
頭の中で理解している現実へ、今までムキになっていた精神が追いついただけ。
今の彼女こそが、本来のティルル・メル・アストラスなのではないだろうか?
「ん……そう言われたら、私だって申し訳ない。カッとなって動いてしまったのは、さすがに大人げなかった」
レイはそう言いながらフォークを置くと、立ち上がってティルル様に手を差し出した。
「テオはあげられないけど……私はあなたのこと嫌いじゃない。またここに来てくれたら、今度は私からももてなさせて」
「っ、また来てもいいの……?」
「テオから学びたいことができたんでしょ?」
「……」
ティルル様はレイから俺へ向き直る。
「わたし……またあなたから料理を学びたいわ。今日はこの国に来た日の中で一番楽しかった。だから――――」
「――ええ、喜んで」
俺はティルル様の目の前に膝をつく。
そして彼女の手を取り、顔を近づけた。
もちろん直接口はつけない。
俺はアストラス王国の人間ではないため、形式が分からないからだ。
あくまでこの形は、この国、リストリア王国の誓いの印である。
「ぜひ教えさせてください。そして今度来たときは、お母様の感想も伝えていただけると嬉しいです」
「っ! ええ、そうさせてもらうわ!」
ティルル様は嬉しそうに、力いっぱい頷いた。
俺の中にも、不思議な充実感が満ちている。
自惚れになってしまうかもしれないけれど、俺は誰かが変わるきっかけとなれたかもしれないのだ。
この経験は、きっとこの先で俺のことも成長させてくれるだろう。
「……では、残りも食べてしまいましょうか」
「あ……」
彼女の手を放し、俺は自分の席へとつく。
正直、俺も少し腹が空いていた。
ロールキャベツが好物ということもあり、この時間が楽しみであったのもまた事実。
そうしてフォークとナイフを使い食事に手を付けようとした。
「――――――――」
ティルル様の唇が少し揺れた気がする。
何か言ったようだが、カチャっというフォークの音で聞きそびれてしまった。
「ん? ティルル様、今何かおっしゃいました?」
「――ふふっ、独り言よ」
なぜか照れた表情を浮かべている彼女は、そう言葉を切って席へと戻る。
さらにおかしなことに、仲直りしたはずのレイがティルル様へジト目を向けていた。
ついでにカノンも同じ目を向けており、アルバさんは苦笑いを浮かべている。
――一体ティルル様は何を言ったのか。
今後俺がそれを知ることは、きっとないのだろう。
このたび、「社畜騎士がSランク冒険者に拾われてヒモになる話~養われながらスローライフ~」がツギクルブックス様より書籍化していただける運びとなりました。
大変美麗なイラストとともに、一月から書店、電子にて発売されます。
同時にコミカライズの方も進行していますので、ぜひ興味を持っていただけると幸いです。
今後ともこの作品をよろしくお願いいたします!




