8-3
「いや……どうしてそういう話になるんだよ」
俺は自分の頭を掻く。
何がどうなって俺の褒める権利がかけられているのだろうか。
「ん、負けた方は当分テオから褒めてもらえない。だから私たちは必死」
「そういうこと。決着がつくまでそこで見てなさい!」
そうして二人は再び腕を振り上げる。
俺はそれを止めるため、慌てて間に割り込んだ。
「ちょっと待ってくれ! そんなことで争う必要はないだろ……?」
「ん、そんなことではない。死活問題」
「だから……俺は似合ってると思えば素直に褒めるし、そうじゃなければ褒めないだけだ。誰かから強制されて褒められて、それで二人は嬉しいのか?」
レイとカノンは天を仰いで考え込む。
「確かに嬉しくないわね」
「ん、想像したら全然嬉しくなかった」
二人はしょんぼりした様子で腕を下ろす。
本当に、今まで彼女らは戦うことや依頼をこなすことだけを考えて生きていたんだろう。
やはりどことなく考え方が幼かったりするのはそのせいだ。
「冷静になってくれたか?」
「ん。ごめん、騒がせた」
レイは小さく頭を下げるとともに、謝罪を述べた。
「はぁ……そうね、あたしもいつになく冷静さを欠いてたわ」
「「いつになく?」」
「そこは声そろえなくたっていいじゃないのよ!」
とりあえずは一件落着か。
だいぶティルル様たちを待たせてしまった。
俺は振り返り、彼女が機嫌を損ねてしまっていないか確認する。
「……?」
思わず俺は首を傾げていた。
ティルル様が、泣きそうな顔で俺たちを見ていたからだ。
気になる点は、悲しみや怒り、悔しさから来ているものではないところ。
強いて言うのであれば――羨望?
「もう、いいわ」
ティルル様はそうつぶやくと、俺たちに背を向ける。
「ここまで付き合ってくれたこと、感謝するわ。ここからは勝手に見て回るから、あなたは城へ戻ってもらって結構よ」
行きましょ、爺――。
彼女はそう言葉をつけ足して、足を踏み出す。
「……お待ちください、ティルル様」
そんな彼女を、俺は思わず呼び止めていた。
咄嗟だった。
そのせいで言葉も上手くまとまっていない。
しかし、引き留めなければならないと思った。
アルバさんに頼まれたから、というのもあるが……このまま終わりにしてしまうのは、どうにも後味が悪い。
「何? 厄介払いができて嬉しくないの?」
「――ティルル様が現在置かれている状況について、聞きました」
「っ!」
ティルル様は肩を跳ねさせると、アルバさんを睨みつける。
「爺! 話したのね!?」
「出過ぎた真似をして申し訳ありません。ですが――」
「い、言い訳なんて聞きたくないわ! それで、何が目的なの!? わたしの出生をチラつかせて、強請ろうとでも思っているわけ!?」
まるで捲し立てるかのように、ティルル様は俺へと言葉を浴びせる。
こうしてまとめてしまうのは申し訳ないのだが、思春期とはこういうものなのだろう。
「お節介であることは承知しております。ですが……俺には、ティルル様がお母様との関係を改善したいと思っているように見えました」
「っ! ……だったら何よ。そんなこと、できるものならとっくに――」
「その切っ掛け作りを……俺にさせてはくれませんか?」
「――え?」
ティルル様は目を見開き、驚いた様子を見せる。
付け焼刃のような、たった今思いついたこと。
これを実行するには、俺だけでは不可能だ。
「レイ、頼みがある」
「ん……何?」
「屋敷にティルル様を案内したい。いいか?」
「……テオはお人好し。何をするかは分からないけど、あなたの頼みなら構わない。好きに使っていい」
「……助かる。ありがとう」
俺はレイへ感謝を伝え、ティルル様へ向き直る。
今考えていることを実行するには、場所が必要だったのだ。
「ティルル様、どうかついてきてくださいませんか? この先で気に入らないことがあれば、そのときは離れてもらって構いませんので……」
「……分かったわ」
ティルル様は訝しげな視線を向けてきているが、頷いてくれた。
今から彼女へ教えようとしていることが、役に立つかは分からない。
ただ、何もしないということはできない。
今日一日だけは、俺は彼女の世話役なのだから。
♦
「へぇ……静かで、いいところね」
ティルル様はレイの屋敷を前にして、そう口にした。
だいぶ歩かせてしまったが、機嫌を損ねていないようで安心する。
「こちらへどうぞ」
玄関を開け、まずは彼女を食堂の方へと通す。
しばし周りを見渡していたティルル様だったが、やがて素直に席に座ってくれた。
「ティルル様、料理をされたことはありますか?」
「な、ないけど……それがどうしたのよ」
そりゃそうか。
立場が立場だし、自分で家事を行ったことはまずないだろう。
「分かりました。では、これから俺――じゃなかった、私と料理を作りましょう」
「え……え? わたしが……料理を?」
「はい。今日作ろうと思って下準備をしていたものがあるので、それを完成させる形にはなりますが」
俺はキッチンへと続く扉を開け、入ってもらうようにティルル様を促す。
恐る恐るといった様子で彼女がキッチンへ入ると、それに続くようにアルバさんもついてくる。
「レイたちは待っててくれ」
「ん、邪魔になる?」
「いや、邪魔ではないけど……二人には試食を頼みたいからな。何が出てくるか楽しみに待っててくれ」
「そういうことなら、分かった」
レイとカノンにはぜひ初見のリアクションを見せてもらいたい。
いつも淹れている紅茶を二人の前に出して置き、俺は改めてキッチンへと入る。
「テオ殿、ここは普段あなたが使われているのですか?」
「はい。私はレイに世話になっているので、基本的にいつもここで料理を作ってます」
「ほう……よく手入れなされている」
「ありがとうございます」
毎日使うところであるが故に、日々の掃除は欠かしたことがない。
そういう部分を褒められるというのは、いつになく嬉しいものだ。
喜びを噛み締めつつ、俺はキッチンに備え付けられた棚を開け、エプロンを一つ多く取り出す。
そしてそれをティルル様へと差し出した。
「これをどうぞ」
「ちょ、ちょっと! わたしまだやるなんて言ってないわ! それに料理がお母様と仲直りするのにどんな意味があるのよ!」
「……口で説明するのは難しいんですけど――料理は
はっきり言ってすごく手間のかかる面倒くさいものです。だからお金とかが発生しない限り、嫌いだったり何とも思っていない人に作るのってただただ辛かったりして」
俺がそう思うのは、騎士団にて作りたくもない飯を作り続けてきたからだ。
今思えば、ただただ地獄であった。
「今から俺がティルル様と作ろうと思っている料理は、かなり手間がかかるものです。俺だったら、好きな人以外には決して作ろうとは思えない。そしてそれは、食べる人にも伝わると思います」
「っ……」
「あなたがこの料理を作り、お母様に振舞えば……きっとティルル様の気持ちも伝わるかと」
確証は、ない。
しかし王妃様が娘の努力を理解しない人とも思えない。
勝算はある提案だ。
「もちろん強制するものではないので、断っていただいても構いません。ただ、提案を呑んでくれるのであれば……俺は全力でティルル様の助けになりたいと思っています」
俺はティルル様の目を見つめ、正面から伝える。
しばらく難しい顔をしていた彼女であったが、やがて観念したかのように息を吐いた。
「――分かった、やる。やって……みたい」
「っ、ありがとうございます」
ティルル様は俺からエプロンを受け取ると、体につける。
そしてアルバさんから白いシュシュを受け取ると、その髪を後ろで一つに縛った。
「それで、何を作るの?」
「私の故郷でよく作られていたものです。別に高級であったりとか、上品であったりはしないんですけど……」
要はお袋の味というやつである。
俺は冷却ボックスから、緑色の塊を一つ取り出した。
「ほう、キャベツですか」
アルバさんの言葉に、俺は一つ頷いた。
今回はこのキャベツがメインを張ることになる。
「今から作ろうと思っているのは、ロールキャベツです」




