8-2
「わ――わたしは!?」
ティルル様は、カノンがつけていたティアラとデザイン自体は同じものを頭に乗せていた。
これが何と言葉にすればよいものか。
カノンには絶妙に似合っていなかったそれが、彼女にはこれ以上ないほどに似合っている。
まるでもともとティルル様のものだったのではないかと思えてしまうほどだった。
「ど、どう? 感想を言ってもいいのよ?」
「あ……ええ、とてもお似合いです。思わず言葉を失っていました」
「本当……? ま、まあ当然だけど!」
ほんの一瞬しおらしくなったティルル様であったが、すぐに自慢げな顔を浮かべて胸を張る。
そうして何かしらに満足したようで、彼女は再び品定めへと戻った。
「ほほっ、ティルル様はテオ殿に褒められて喜ばしかったようですな」
「俺にですか?」
ティルル様から少し離れ、声が届かないようにしてアルバさんが俺に話しかけてくる。
「ティルル様は歳の近い者とあまり関わり合いがありませんでしたので……給仕の者たちに若者がいても、彼女の性格が災いし恐れられてしまう始末。だから嬉しいのでしょう。あなたの言葉は決して機嫌取りのための言葉ではなかった」
「そう言われると……なんだか照れくさいですね」
「誠意のある者の言葉というのは、重く響くものですよ」
俺としては思ったことを素直に伝えただけなのだが……。
それで喜んでもらえたなら、それはそれで嬉しい。
たださっきのカノンのように、はっきり伝えることは人を泣かせる可能性もある。
そこは気を付けなければ。
「――あ、これ……」
そうしてアルバさんと会話していると、突然ティルル様が声を上げる。
何事かと見てみれば、彼女は手に小さなブローチを乗せていた。
もちろん、この店にある以上はただのブローチではない。
中心に真っ白な宝玉が埋め込まれており、淡く光を放っている。
「おお、それはホワイトブライトでございますね」
「ほわいとぶらいと……?」
アルバさんの言葉に、俺は疑問符を浮かべる。
少なくとも俺は聞いたことがない宝石の名だった。
「ホワイトブライトとは、一般的に男が結婚を迫る際に女性へ送る魔石でございます。これには魔力が込められており、一つだけ魔術を封じ込めておけるという大変貴重な宝石ですな」
「へぇ……でもそれって悪用されたりしませんか?」
「皆初めはそう考えましたが、ホワイトブライトが悪用されたことは一度たりともありません。詳しくは研究中のようですが、ホワイトブライトは真に愛し合った者同士の間でしか魔術が発動しないのです」
何と都合のいい――いや、都合が悪いのか。
確かにそれなら悪用したくともできない。
「魔術の内容は守護であったり治癒であったり様々ですが、相手の危機を救うものがよく見られますな。ただ発動しなかったときが悲惨というか……」
「……お察しします」
魔術が発動しなかったということは、愛し合った者同士という条件が満たされていないということになる。
長年共にいたからか、それとも初めからか――どちらにせよ、想像しただけでやるせない。
「これ……母様がわたしへくれたものと一緒」
ティルル様はそう言うと、自分の懐からペンダントを取り出す。
そのペンダントには、手に持っているホワイトブライトと同じ光を放つ宝石が埋め込まれていた。
「ティルル様、使用人である私が言っても余計なお世話かと思われますが……お母様はどういう形であっても、あなた様のことを愛しておりますよ」
「っ……そんなの、信用できないわ」
ティルル様は苦しげな表情を浮かべると、商品を置いて店外へと足を進めてしまう。
「ほら! 次の場所へ行くわよ!」
速足で店から出たティルル様を見て、横にいたアルバさんは小さくため息を吐く。
ティルル様もかなり意固地になってしまっているようだ。
彼女が出て行ってしまうのであれば、俺たちがここに残っているわけにはいかない。
そうして俺たちも、彼女の背を追って店を後にした。
♦
「……何やってんだ、あんたら」
店から出た俺たちの前にいたのは、肩で息をするレイとカノンだった。
周りを巻き込むような大事になっていないのは安心したが、これはこれで何が起きたのか分からない。
なにせ二人とも無傷なのだから。
「ん……ごめん、テオ。もう少しかかるかも」
「あ、ああ……」
いや、受け入れてどうするんだ俺。
やっぱり止めようと口を開こうとした瞬間、突然勢いよく彼女たちが腕を振り上げた。
「これで最後よ!」
「望むところ……っ!」
まさか、こんな街中で本当に戦おうとするんじゃ――。
「さーいしょーはグー!」
「じゃん、けん」
「「ポンっ」」
そんな掛け声とともに、二人は腕を振り下ろす。
二人の手の形はグーとグー。いわゆるあいこというやつだ。
――心配して大変損をした。
「ほほ、やはり彼女らは次元の違う方々ですな」
「え、ただじゃんけんしてるだけだと思うんですけど……」
「それなりに心得のある者なら気づくでしょう。彼女らは腕を振り下ろすまでのほんのわずかな時間で、相手の手の形を読み、とっさに違う手に変えています」
アルバさんは大変感心した様子でそう語る。
「さらにお互いがそうして反応するものですから、何度も何度も手が変わっています。私程度では途中までしか判別することはできませんでした。それだけのことを彼女らはあの短時間でやってのけているのです」
「なるほど……」
アルバさんがこう語ると確かにとんでもないことのように感じる。
ただ――。
「はぁ……はぁ……結局こうなるのね」
「っ……三十回連続あいこ……カノン、腕上げた?」
「はっ、元からあんたに劣った覚えはないわよ!」
吐き捨てるように言ったカノンは、かなり悔しそうだ。
そしてあのレイすらも、珍しく苦い顔をしている。
「なあ、二人とも。何でじゃんけんなんだ?」
「……テオ、私たちファミリーのルールって覚えてる?」
「争いごとは喧嘩でってやつか?」
「ん。でも私たちが喧嘩したら、それこそ周りの人には避難してもらわないといけない」
「なるほど、それでじゃんけんか」
「ん。これでもちゃんと勝敗が決まったことはないけど」
確かにあれだけの攻防が繰り広げられるのであれば、勝敗がつくのも難しい話だろう。
なぜじゃんけんだったのか、という点は分かった。
しかしもう一つ聞きたいことがある。
「それで、何で争ってたんだ? てっきりムカついたから殴るって……そんな感じの話だと思ってたけど」
「あんたに『似合ってる』って言ってもらえる権利をかけてたの」
「……は?」




