8-1
「……っ」
「……」
俺はティルル様の斜め後ろにつく形で、城下町を歩いている。
ともにいるメンバーは、彼女とそのお付きの人であるアルバさん。
そして俺と、俺の護衛という話になったレイとカノンだ。
もちろん一国の姫を送り出すにあたって向こうの国もかなりの人材を付き添わせているが、正直それもレイ一人と比べればあってないようなもの。
故にアルバさんの判断で、現在は城にて待機中ということになっている。
傍から見れば警備が薄いように見えるだろうが、実際の彼女らの存在を知っていれば、口が裂けても同じことは言えなくなるだろう。
「――ちょっと、どういう空気よ」
「……俺も知りたいよ」
こそこそと話しかけてきたカノンに、そう返す。
先ほどから、ティルル様と俺の間に何とも言えない空気が流れているのだ。
俺の方からティルル様に対し特別な感情を向けているなどということはないのだが、どういうわけだか向こうからこちらへと妙な視線が送られてくる。
この空気が皆の口数を圧倒的に少なくしており、はっきり言って――気まずいのだ。
「……ティルル様。どちらを訪問したいなどご要望はありますでしょうか?」
「へ? あ、ああ! そうね! 行先ね! えっと……面白いところ! 面白いところよ!」
「面白いところ、ですか」
一番欲しくない回答だった。
要するに特に目的はないということだ。
まあ、彼女の口から「散策」とも出ているし、目的がないことを責めるわけにはいかないのだけれど。
「では女性らしくアクセサリーの店などどうでしょうか? リストリア国の宝石細工をご覧になるいい機会かもしれませんし」
「ふ、ふーん……分かったわ! じゃあそこに連れて行ってちょうだい」
「かしこまりました。こちらになります」
俺は手で指し示すようにして、ティルル様をジュエリーショップの方へと案内する。
商店街とはまた違う、少々高貴な身分の方ばかりが歩いている地域。
貴族たちがいつも服を仕立ててもらっているような店や、ドレスコードが必要な飲食店、それだけ言えば本来平民である俺が歩くには不釣り合いな場所であることは分かってもらえるだろう。
今回ばかりは姫の付き添いということで紛れているとは思うが、存在が浮いてしまうことが恐ろしくてプライベートでは絶対来たくない場所だ。
「ここですね。ここではリストリア国王の服の装飾に選ばれるほどの品を取り扱っています」
「じゃ、じゃあ少しは期待できるかもしれないわね!」
どうやら入り口で突っぱねられることは避けられたようだ。
この店はあらかじめユイ騎士団長から教えてもらったもので、国王であるディアード様が実際に訪れた――なんてことがあるくらいには有名な店である。
もちろん取り扱っている宝石に偽物などなく、中には魔法が込められているものもあったりするらしい。
「では、入りましょうか」
俺は宝石店の扉を開け、ティルル様を中へと案内する。
そうして俺も中へと入ったのだが――。
「うっ」
あまりの宝石の眩しさに、一瞬立ち眩みを起こした。
どの宝石も一切のくすみを持っておらず、ただただ純粋に店内の明かりを受けて煌びやかに輝いている。
もはや興奮などしない。
早く帰りたい。切実に、早く帰りたい。
「ふーん……確かに、悪くないわね」
そんな声が、ティルル様から聞こえてきた。
連れてきたこと自体に間違いはなかったようだ。
「わー! テオ! レイ! 見てみなさいよ! でっかいダイヤモンドだわ!」
「お、おい……あんまり騒ぐなよ」
さすがはSランク冒険者。
一つが数千、下手すれば億を越える宝石が並ぶ中でも、まったく動じていない。
あんまり考えたくはないが、壊してしまっても買い取れるだけの財産を持っているということなのだろう。
「テオ、こっち見て」
「今度はなんだ……?」
レイに呼ばれ、俺は振り返る。
そして、息を呑んだ。
「似合う?」
彼女は、美しいルビーの装飾が施されたペンダントを首から下げていた。
そのルビーの輝きがレイの赤い瞳の色と絶妙に合っており、双方が双方の魅力を大きくしている。
これを見れば、十人が十人――――いや、百人が百人「美しい」と答えても不自然ではない。
むしろ、そう答えさせたい。
「あ、ああ……似合ってる。一瞬言葉を失ったくらいに」
「ん、嬉しい。これ買う」
「ま、待て! ね、値段を見せてくれ!」
きょとんとしているレイから、俺はそっとペンダントを回収する。
そしてついている値札を確認すると、そこには一億二千万Gという目が飛び出そうな数字が書いてあった。
「こ、これを買うのか……? 本当に?」
「ん。だって、テオが似合うって言ってくれた。私が欲しくなったのは、そういう理由」
「そうかもしれないけど、家が買えるだけの値段だぞ……?」
「でもドラゴンを三匹討伐すれば稼げる値段」
「……」
反論ができなくなってしまった。
そう言われると高く感じないのが不思議である。
俺の金銭感覚も狂い始めたのだろうか。
「ちょっと! レイばっかりじゃなくてあたしも褒めなさいよ!」
「へ!?」
俺は肩を強く引っ張られ、カノンによって強制的に振り向かされる。
「あたしのだってかわいいでしょ? ほらほら!」
「……」
カノンは自慢げに胸を張っている。
その頭にはダイヤモンドが埋め込まれたティアラが乗っており、ひときわ美しい輝きを放っていた。
しかし――。
「う、うーん」
「何よ、その反応。似合ってないって言いたいわけ?」
俺はしばし考える。
カノンの容姿は、万人受けという点においては分からないものの魅力的であることは間違いない。
そんな彼女がティアラをつければさぞかし似合うだろうと思っていたのだが――これが意外にもそうではない。
何というか、色合いという部分でも髪型という部分でも、絶妙に合っていないのだ。
「……正直に言えば、そうだ」
「……うわぁぁぁぁぁん! 宝石に負けてるって言いたいのね? そうなのね!? どうせちんちくりんですよ! ちっこいですよ! 子供が背伸びしているようにしか見えないですよ!」
そこまでは言ってないのだが。
「何よ! もう宝石なんていらないわ! いらないわよね!? 分かったわ! 今すぐ吹き飛ばしてやる!」
「れ、レイ! 止めてくれ!」
こんな場所で暴れられたら敵わない。
俺がとっさにレイに懇願すると、彼女は素早くカノンの後ろに回り込み、その体を羽交い絞めにする。
「カノン、せっかく褒めてもらえたネックレスが壊れる。やめて。テオが褒めてくれたの。だからやめて」
「あ! 今あんた絶対さらっと自慢したわよね!? さらっとっていうか結構しっかり自慢したわよね!? はっ! どうせならその自慢げな顔を歪ませてあげるわ! レイ! 表出なさい!」
「分かった。でも負けても泣かないでね?」
「ちょーっとボンキュッボンだからってバカにしてくれちゃって!」
「ん、ちょっとじゃない。かなり」
「あー、もう怒った。絶対泣かす。小一時間泣かしてやる!」
――などと喚き散らしながら、二人は店内から出ていく。
後でティルル様と店員には俺から謝っておこう。
「ね、ねぇ」
「ん?」
またもや、後ろから声がかけられる。
声の主はティルル様だ。
何の警戒もなしに振り返った結果、俺は目を見開いて驚くはめになる。




