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1-4

 握手を終えた俺たちは、自然と手を離した。

 俺はそのまま視線を竜の死骸へと向け、改めてレイ・シルバーホーンのレベルの違いを認識する。


「レイ……さんは、あの竜を追っていたって言ってましたけど」


「レイでいい。敬語も嫌い。でも言ってることは合ってる。遠く西の方に竜が出たから討伐してほしいって依頼を受けて、いざ行ってみたら逃げられたの」


 竜が逃げ出すほどの人――聞いていた噂はほとんど合っているようだ。

 そうして会話をしていると、突然周囲に腹の鳴る音が響く。

 自分ではない。となると……。


「……恥ずかしい」


「腹が減ってるんです――――いや、腹が減ってるのか?」


「ん。ひたすら竜を追ってここまで来たから、一週間飲まず食わず」


「はぁ⁉」


 どういう体の構造をしているのだろうか。

 一週間何も摂取していないはずなのに、彼女の顔色は健康そのものに見える。

 腹からは絶え間なく空腹を訴える声が聞こえてきているけれど。


「竜って、食べられるかな? 回収すべきなのはウロコと爪、そして牙だけって聞いてるから、肉はいらないはず。きっと食べていい」


「食べていいって……魔物は基本生では食べられないぞ。聖水で揉んで、よく焼かないと」


「生で食べたらどうなる?」


「肉に含まれてる魔力が細胞を壊してしまうはず。全身の激痛と神経麻痺。それで済めばまだ良い方で、下手したら死ぬな」


「それは困る。ぜひ調理しないと」


 あんたなら大丈夫そうだけど……という言葉は呑み込んでおいた。

 話していて気付いたが、この女はどこかズレている。

 下手に大丈夫などと言えば、本当に食べかねない気がした。


「聖水って、これでもいいの?」


「ん?」

 

 レイはしばらく腰につけていた小さな袋を漁ると、透明な液体が満ちた小瓶を中から取り出した。

 明らかに袋のサイズと瓶のサイズが釣り合っていない。

 おそらくあの袋は、本人の魔力量によって容量の変わる魔法の袋(・・・・)なのだろう。

 

「おい、これ『最上級聖水』じゃないか?」


「そうなの? 一本は持っておけって言われて適当に買ったやつなんだけど」


「これは金銭感覚が違うやつだな……」


 超常現象を引き起こすためのエネルギー、その名を魔力という。

 魔王によって生まれた魔物の魔力は人間にとって毒であるため、先ほども言った通り魔物の肉を食べたければ毒を消さなければならない。

 そこで必要なのが、『魔』を祓う聖水。

 これで魔物の肉に含まれた魔力を消し、通常の肉と同じ状態にする。

 彼女が渡してきた聖水は、その中でも浄化の力がもっとも強い『最上級聖水』と呼ばれるものだ。

 ちなみに値段は20万G。

 ちょうど下っ端騎士の月給と同じくらいの値段だ。

 まあ、奴隷のような扱いを受けていた俺はそのほとんどをブラムに取られ、四分の一の5万Gしかもらっていなかったけど。

 

「これがあれば、肉食べられる?」


「まあ……さっきも言ったけど、あとはよく焼けば心配ないはずだ。さすがに竜の肉は調理したことないから、やってみないと分からないけど」


「テオは魔物の調理をしたことがある? ならやってみてほしい」


「へ?」


 レイはそう言って、俺に聖水を差し出してくる。

 20万Gをこんな簡単に……。


「私は料理、できない。家事だってしたことない。だからやってほしい。必要ならお金も払う」


「なっ……別に金なんてもらわなくてもやるって。あんたは命の恩人だし、それくらいお安い御用だ」


 レイがいなければ、俺は呆気なく死んでいた。

 その時点で、俺には彼女に対しての返しきれない恩が発生している。

 何か役に立てることがあるならば、要求を断る理由などない。


「いいの?」


「少し時間はもらうけど、それでもよければ」


「ん、問題ない。一週間も我慢した。あと三日はギリ行ける」


「そんなに待たせないって!」


 素なのか冗談なのか分からないことを言う女だ。

 俺はレイに背を向け、竜の亡骸へと近づく。

 緊張状態が解けたからか、妙に心が落ち着いていた。

 圧倒的な存在である彼女が近くにいる安心感も大きいのだろう。

 もはや何も怯えることなく、竜へと近づくことができた。


(ウロコは硬い……断面から掘る形じゃないと取れそうにないな)


 俺は剣を抜き、レイによって切断された腕の断面へと向かう。

 竜のウロコは最高級防具にも使われる素材であり、硬さ、強度とともに最上級だ。

 少なくとも俺の剣なんかじゃ傷一つ入らない。

 これを一刀両断してしまうのだから、ますますレイの規格外さが目立つだろう。


「よっと」


 重めの肉のブロックを何とか切って取り出し、抱える。

 まるでレンガでも抱えているかのような重量感。

 心なしか、普通の豚や牛の肉よりも重く感じた。

 

 俺は竜によって折られた木に腰かけ、膝に肉を乗せる。

 そしてその上から、少しずつ聖水をかけて揉んだ。

 シューという音とともに、肉から魔力が逃げていく。

 やがて煙のように立ち上っていた魔力が切れると、俺は聖水をかけるのをやめた。

 これで浄化が完了したからだ。


「悪い、これを持っててもらえるか?」


「ん、お安い御用」


 俺は一度肉をレイにわたし、近場に落ちていた枝などを集めてくる。

 そしてそれをひと纏まりにすると、俺は狼煙を上げるために持っていた火打ち石を取り出した。

 魔法が使えない俺は、こうした過去の知恵を使うしかない。

 燃えやすい葉の上で火花を散らし、俺は数十秒の格闘の末に火をつけた。

 これで焚火も完成。

 

「よし、あとは何か布のようなものを持ってないか? できるだけ清潔な」


「ある。……毛布だけど」


「寝る用じゃないか……まあいいけど」


 レイが広げた毛布の上に、一度肉の塊を置く。

 そして自分の剣で小さなブロック状にカットしていき、先を尖らせた枝に突き刺していった。

 

 そうして黙々と作業していると、レイがジッと俺の顔を見つめていることに気づく。


「……何だ?」


「ん、手際がいい。慣れてる?」


「まあな。騎士団じゃずっと飯の係だし。さっきあんたは家事をしたことがないって言ってたけど、俺は反対に家事しかしてこなかったって感じかな」


 やりたくもなかったけど。


「すごい。私にはとてもできない」


「それは俺も同じセリフだ。あんな戦い、俺にはできない」


 俺は簡易的な串に刺したブロック肉たちを、火の近くに並べていく。

 焼き加減が難しそうだが、一本焼き切ってから調整すればいいだろう。これだけ量があるのだから。


「……そろそろか」


 そうしてしばらく待ってみれば、肉の色が全体的に焼けた色に変わった。

 油が滴り落ちており、いい香りがする。

 俺は毒見のために一本手に取り、肉を齧った。

 

 ――美味い。


 何の味付けもしていないのに、本来の旨味だけで胃を刺激してくる。

 中も赤くなく、これなら問題なく食べられそうだ。


「うん、大丈夫だ。もう食べられる」


「……毒見してくれたの?」


「自分が調理したもので腹を壊されたくないからな。ほら、早く食べてくれ。これ以上は焦げる」


「ん……ありがとう。いただきます」


 レイは丁寧に手を合わせると、そのまま串を取って肉に齧りつく。

 すると一口食べた瞬間に、驚いたように目を見開いた。


「ん……! 美味い」


「だよな……竜の肉がこんなに美味いとは思わなかった」


「肉も美味い。だけど、焼き加減も絶妙。テオすごい」


「そ、そうか?」


 レイは嬉しそうに肉を頬張っている。 

 直接誰かから褒められるという経験に慣れてない俺は、照れくさくなって少し視線をそらした。

 

「……そう言えば、ここに来るときに逃げる馬車を見た。中にテオと同じ鎧をつけた人たちがいた。もしかして、知り合い?」


「え……」


 逃げる馬車――多分あいつらだろう。

 そのうち援軍を率いてこの場に戻ってくるのだろうか。

 俺のことを囮に使ったあいつらが、戻ってくる――。


「どうしたの、テオ。苦しそう」


「……悪い。そいつらは確かに俺の知り合い……いや、知り合いだったやつだ」


 レイは俺の言葉の意味に疑問を覚えたようで、小首を傾げる。

 説明するつもりは、あまりなかった。

 一週間ぶりの食事の時間を、こんなつまらない男の身の上話で台無しにしたくない。

 

「話したくないなら、別にいい。でも、私はテオのことをもう少しよく知りたい」


「え?」


「肉の焼き方を知っている人、家の片付け方を知っている人、私は尊敬する。テオのことも、もちろん尊敬している。私が持っていないモノを持っているから。だから――知ってみたい」


 ――ただの興味本位だから、無視してもいいよ。


 ゆっくりと独特のテンポで、レイは俺にそう伝えてきた。

 ……少し、悩んだ。

 だけど、最終的に俺は話してみることにした。

 

 こんな機会は二度とないだろう。

 

 王都に戻れば、犯罪者のレッテルまで貼られてしまった俺が待っている。

 それが分かれば、レイも俺を誤解し軽蔑するに違いない。

 彼女にだけは、そういう目(・・・・・)で見られたくなかった。


「つまらなかったら、止めてくれよ」


 俺はそう一言断りを入れ、一呼吸の後に口を開いた。

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