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「何を隠そう! このシナモンハーブは天才魔術師ことフリッツ・アイオーンが完成させた物だ!」
「え、これをフリッツ先生が!?」
「おう! ま、上からの依頼ではあったけどな。シナモンは流通しないが故に高いけど、国の重役たちからすりゃはした金だ。けど問題は数でよぉ……金はあっても品がねぇって状況が続いたんだわ。そこでとにかく数をってことでこいつを作ることになってな。値段云々って話は、国民どもへいい顔をするための作り話だ」
とんだ裏話が暴露されたものだ。
しかし裏話はどうあれ、これを作り出したことは素直に偉業だと思う。
「あ? 何だお前、そんなにハーブを見て。もしかして欲しいのか?」
「へ!? あ、ああ……もちろん欲しいですよ」
「何だってお前みたいな男が欲しがんだよ」
「俺は料理を作ることが多いですから、レパートリーが広がるんですよ。スパイスってことでカレーにも使えますし、クッキーとかパンを作るときにも混ぜ込むといい香りがするんです」
だいぶ前に作ってからしばらくカレーは作っていなかったが、またそろそろ作りたいと思っていたところだったのだ。
シナモンがあれば、他のスパイスと合わせてバターチキンカレーなんかにしてもいいだろう。
一緒に平べったいナンと呼ばれるパンを焼いて、それにつけて食べるのだ。
もちろんライスもいい。
少し硬めに炊いて、軽い味付けをしておいた方が合うだろう。
っと、シナモンハーブを手に入れられなければ意味がないのだが。
「へぇ、そうなのか。……そんなにこいつが必要なのか?」
「ええ、まあ。これがないと締まらない料理ってものがありますし、高価なシナモンはフリッツ先生が言った通り中々手に入りませんから。こんな世紀の発明手に取ってみたいに決まってます」
「ふーん、なるほどね。ふーん……」
どうしたのだろうか、フリッツ先生が突然にやけ始めた。
もしかして、褒められたことが嬉しかったり……?
「いいぜ」
「え?」
「そいつの葉を持って行っていいって言ってんだよ。茎さえ残ってりゃまた葉はつくからな」
「い、いいんですか⁉ ありがとうございます!」
俺は彼女に頭を下げてから、シナモンハーブと向き合う。
できる限り古いものがいい。
新しいものは青臭さが強く、乾燥させなければ料理の味を損ねる可能性がある。
古いものは新鮮さという意味では劣るかもしれないが、どのみち細かくしてしまうのだ。あまり意味はない。
これは品種改良されたものだからこそ現れた悩みだろう。
本来のシナモンやハーブでは、こういった悩みはそもそも発生しない。
「これと、これ……それとこれもちょうどいいな。この三枚をいただきます」
「おいおい遠慮してんのか? 別にもっと取ったって怒りゃしねぇぞ?」
「いえ、十分です。香りづけがメインなので」
一枚はスパイスとして。もう二枚は砂糖と混ぜてシナモンシュガーにするつもりだ。
半端に多く持って帰ったところで、俺の想像つく範囲の使い道はそう多くない。
使い切る前に飽きがくるくらいなら、ない方がマシだ。
「ふーん……おい、それならこれも持ってけ」
フリッツ先生はそう言うと、どこからか小さい革袋を持ってきた。
俺がそれを受け取って開いてみると、中には無数の茶色い種が入っている。
「これは?」
「シナモンハーブの種だ。土は何でもいい。二日に一回水をやりゃ勝手に育ってく」
「いいんですか……?」
「有り余ってるからな。その代わり…………今度そのお前の言った飯や菓子を持ってこい。わたしはそいつらに興味が湧いた」
「そんなことで良ければいくらでも持ってきますよ。ありがとうございます」
これは大変嬉しい。
量産が利くようになったからと言って、シナモンハーブはまだ市場では多く出回っていない代物だ。
それが家の庭で採れるようになれば、かなり手間が省ける。
あれだけの庭があるのに、ただ整えただけではもったいないと思っていたところだ。
「珍しいですわね、フリッツ先生が男性に贈り物をするなんて」
「お、贈り物なんて気色わりぃことは言わねぇでくれよ! いらねぇもんをくれてやった、それだけのことだ。ほら、もういいだろ? 用がねぇならとっとと出てけ!」
フリッツ先生は突如として取り乱すと、俺たちを部屋の外へと追い出す。
後ろで勢いよく扉が閉まり、この様子だともう戻らない方がいいだろう。
「あらあら、素直じゃない方」
「どういうことです?」
「フリッツ先生は褒められることに弱いのです。国に仕えているのも、多くの人から褒めてもらえるからなのですよ。可愛い方ですよね」
ユイ騎士団長はにこにこと笑いながらそう言った。
なるほど、だからあんなに機嫌が良さそうだったのか……。
「まああのセクハラだけは認められませんが――――と、この話はさておき。先に厨房へご案内いたしましょう。何かと準備などもあるのでしょう?」
「助かります。仕込みの時間も欲しかったので」
そうして俺とレイは、ユイ騎士団長に連れられて城の中にある厨房を訪れた。
さすがは国の中心を支える厨房。広さは桁違いだし、設備も申し分ない。
いや、むしろ過剰なくらいだ。
逆に使いこなせないかもしれないという不安がこみ上げてくる。
「設備は常に最新のものを揃えてある――らしいですわ。そしてここからこの範囲が、あなたへ貸し出されているスペースです。この範囲であればご自由にお使いくださいませ」
「……えぇ」
ユイ騎士団長が指し示した範囲は、俺からすればあまりにも広すぎた。
レイの屋敷のキッチンのおよそ三倍以上。
……落ち着かない。
「不満がありましたら早急に改善させますが、いかがなさいました?」
「いや、気持ちの問題なので……作業に影響は出ないと思います。それよりも、次は食材を見せていただけますか?」
「分かりました。ひとまず用意した食材はすべてこの冷却ボックスへ入っています。だいたいの食材は揃っているはずですが、何か足りないものがあればお申しつけください」
ユイ騎士団長が開けた特大の冷却ボックスの中には、所狭しと食材が詰まっていた。
野菜に肉、果物に魚介類……確かに必要な物はすべて揃っている。
調味料などは脇に固めて置かれており、これも不自由はしなさそうだ。
「ユイ騎士団長、その姫の好みなどって分かりますか?」
「甘い物全般と紅茶だと聞いております。この全般というのが厄介でして、中々好みに合った物が提供できないと給仕たちが嘆いておりましたわ」
「甘い物、それに紅茶ですか……」
プロですらそうして苦しんでいるのだから、俺がどうにかできるとは正直思えない。
少なくとも、正攻法で戦ったところで給仕さんたちと同じ末路を辿ることになるだろう。
ならば少し変わり種を目指さなければならない。
甘いだけではなく、紅茶に合う物という点を重点的に攻めてみるか。
「シナモンハーブをもらってきて正解だったな」
俺はいただき物のシナモンハーブを意識しながら、とある果物へと手を伸ばした。




