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6-2

「紅茶です。ミルクと砂糖はどうしますか?」


「ミルクはたっぷりと。砂糖は三つお願いしますわ」


「分かりました」


 だいぶ甘党だな――なんて思いながら、俺は自分で淹れた紅茶の中にミルクと砂糖を落とす。

 これを差し出す相手は、どういうわけだかこの屋敷を訪れたユイ騎士団長である。

 

「いい香りですね。高い品なんでしょうか?」


「いえ、別に高級でもなんでもないですよ。商店街で買える物です」


「あら。ではあなたの腕が良いんですね。下手な給仕が淹れた紅茶よりもよっぽど美味しいわ」


 そんな訳がないだろうに。

 先日会ったときから、やはりこの人の内面はまったくもって読めない。

 悪意がないことは確かなのだが、常に気を張っていないと一瞬にして彼女のペースに持って行かれそうだ。


「それで……どうしてここに?」


「妹が姉に会いに来るのに理由が必要ですか?」


「……嘘ですね。あなたから本心を口にしている気配を感じない」


 俺がそう伝えると、ユイ騎士団長は驚いた表情を浮かべた。


「……驚きました。嘘が分かるのはレイお姉様だけかと思ってましたが」


「別に、嘘が分かる訳じゃないです。騙そうと思ってつかれた嘘は俺には分からない。ただ、今のあなたは間違いなく俺をからかっていた」


「ふふっ、あなたの中に根付く察する力(・・・・)は思った以上に強いようですね。からかって申し訳ありません。もうしませんから、安心してくださいませ」


 ――これも嘘だな。

 この人はわざと俺に分かるように感情をさらけ出している。

 おそらく俺を自分の脅威として見なしていないのだ。

 男としてのプライドが傷つくシチュエーションだが、正直彼女に敵と見なされていないだけマシだと思ってしまう。

 それだけユイ・シルバーホーンという人物は、俺からすると恐ろしいのだ。


「では本題と行きましょうか」


 ユイ騎士団長は、胸元から一枚の紙を取り出す。

 なんというところに仕舞っているんだ。

 目のやり場に困る。


「二週間後、リストリア城下町にて大規模なフェスティバルが開かれるのをご存知ですか?」


「ええ、まあ。五年以上はこの国に住んでますし……勇者祭ですよね?」


 勇者祭とは、魔王を封印したと言われている英雄を讃えるための感謝祭のことだ。

 毎年商店街を中心に、様々な催し物やその時期限りの屋台などが出店される。

 他国からの重役なども訪れることから、騎士団時代はよくその護衛などで駆り出されていた。

 

「その勇者祭がどうかしたんですか?」


「……そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。決して大きな問題が起きたわけではありません。単に少々――――人手不足でして」


「へ?」


 俺は一瞬、彼女が何を言っているか分からなかった。

 あれだけ毎年大規模で行われている催し物が、人手不足?

 少々信じられない。

 しかし、こればかりはからかわれているわけでもなさそうだ。


「勇者祭の時期になると、他国の重役がこの国を訪れるのは知っていますね?」


「はい。俺は直接その警護に当たったことはないですが、騎士団が任されている仕事ではあるので知っています。……まさか、その警護が足りないと?」


「いえ、そこまで騎士団は落ちぶれておりませんわ。人手が足りていないのは、そんな重役をもてなす給仕の方です」


「……は?」


 俺の理解が追いつかないでいると、ユイ騎士団長は大きくため息を吐いた。


「お気持ちは分かりますわ。給仕が足りていないなど、国の問題としてありえないことですから。しかし、これは事実なのです」


「は、流行病にでもかかったんですか?」


「いいえ」


「ではなぜ?」


「……純粋に、皆嫌がっているのですよ。これから来る重役をもてなすことを」


 ユイ騎士団長の顔は、神妙にも、そして呆れているようにも見て取れる。

 嫌がっている? まだ話が見えてこない。


「その重役というのは、隣国であるアストラス王国の姫でしてね。これがまたとんでもないわがまま娘でして……あ、お前が言うなっていうのはなしにしてくださいね? 皆彼女のわがままに振り回された結果、できることならもう会いたくないと言っているのです」


「プロにそこまで言わせるほどですか……まさか、俺にその姫のもてなしをしろと?」


「そのまさかですわ。彼女の滞在中、あなたにはその世話役を任せたいのです!」


 ユイ騎士団長は、満面の笑顔を俺に向けてきた。

 俺が断るとは微塵も思っていない顔。

 さすがはレイの妹と言う他ない。


「……他にも、頼む相手はいたでしょう。どうして俺なんですか? ただの一般人ですよ」


「ただの一般人? それは勘違いですわ。少なくともあなたは、このリストリア王国において最強とされる人物、レイ・シルバーホーンを支える人間なのです。それが一般人であるはずがないではありませんか」


 否定しにくい部分を突いてきた。

 もちろん俺の存在などレイありきでしかないのだが、事情を知らない者が客観的に見たら、相当格の高い人間に見えなくもない。


「けど、姫に出すような上品な料理なんて作れないですよ? 今だって一般的な料理しか作ってないんですから」


「何も出せないよりはよっぽど良いですわ。見栄えに関しては、最低限整えることのできる人間はこちらで用意しておきます。あなたは彼女の食事と、街の散策の簡単なエスコートをしてくださいませ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 食事だけならともかく、散策の手伝いまでですか!? 俺には荷が重すぎます!」


「そんなことはありません。自分を過小評価するのは良くないですわ。あなたには才能(・・)があります。今回でぜひそれを見せていただきたいのです」


 ユイ騎士団長は、笑顔を崩さずそう言い切った。

 冗談じゃない。

 これでもし俺に粗相があって責任を取らされることにでもなれば、せっかくまっさらになった俺の人生に再び傷がついてしまう。

 しかも今回はことがことだ。

 その場で処刑だってあり得る。


「何の才能かも分かりませんし、俺にとってリスクが高すぎます。だいたいいつなんですか? その姫とやらが来るのは」


「四日後ですわ。まずは下見ということで」


「じゃあ尚更不可能です。まだしばらくはこの腕が使えませんから」

 

 俺は布で吊るされた腕を見せる。

 しかし、ユイ騎士団長は余裕の笑みを崩さない。


「もしもこの話を受けていただけるのであれば、明日騎士団お抱えの治療魔術師を手配してすぐさまその腕を治して差し上げましょう。それともう一つ交換条件として、私があなたの願いを一つ聞くというのはどうでしょうか?」 


「ユイ騎士団長が?」


「ええ。何でもいいですよ? お金でも、地位でも。少々照れますが、私の初めて(・・・)でも、お渡しできるものであれば何でもお渡しします。他に願いがあるのであれば、それも私のできる範囲で叶えましょう。どうです? 多少は魅力的だと思うのですが」


 ユイ騎士団長は、自分の体に指を這わせる。

 歳下でありながら、レイに匹敵する美貌。

 引き締まっているはずなのに、魅惑的な柔らかさを持つ肌。

 男であるならば、ここは一二もなく頼みを受けるべきシチュエーションなのだろう。

 それでも――――。


「……俺がそれを要求しないと分かっていて、候補に出していますね」


「あら? バレてしまいましたか。ええ、お優しいあなたが、私の処女を求めるとは思いませんもの。仮にこの依頼を受けたとして、実際にあなたが求めるものはある程度の地位か、申し訳程度の金銭でしょうね」


「それが分かっているのであれば、俺がこの依頼を受けないことも分かっているはず。どうしてそこまで俺にこだわるのですか?」


 俺がそう問いかけると、ユイ騎士団長はキョトンとした表情を浮かべた。

 

「だって……面白そうなんですもの」


「……そんなことだろうと思いました」


 自然とため息が漏れる。

 この人はそもそも俺に断らせる気がない。

 ここで断ったところで、何かしらの手段を持って俺に依頼を受けさせるだろう。

 今の俺にはレイも、カノンも、アルビンもいない。

 大変恥ずかしい話だが、守ってもらうことはできないのだ。


「――――分かりました。とりあえず受けますよ。だけど正式に受けるのは、レイの許可が出てからです」


「あら、お姉様の許可が必要なのですか?」


「はい。今の形がどうあれ、レイは俺の雇い主です。この屋敷を勝手に留守にするわけにはいかない」


 俺とレイの関係は、雇い雇われから始まったことは確かなのだ。

 他の場で働くことになるのであれば、許可はとっておくべきだろう。

 ……大部分の目的は、時間稼ぎだが。


「なるほど。ではレイお姉様はいつお帰りになりますか?」


「三日後と言ってました」


「では間に合いますわね。私も三日後にまた来ることにします」


 紅茶を飲み干したユイ騎士団長は、食堂の椅子から立ち上がる。

 俺は食堂の扉を開け、玄関まで彼女を案内した。

 

「エスコート、感謝いたしますわ。では、また三日後に」


「……はい」


 ユイ騎士団長はひらりと手を振ると、屋敷を後にした。

 去っていくその背中を眺めながら、俺はいの一番の大きなため息をつく。

 訓練所から去るときに感じた嫌な予感は、どうやら間違いではなかったようだ。

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