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6-1

「ん……こう? 初めてだから難しい」


「うん……うん、そうだな、そんな感じでいい」


 俺はレイの手にそっと自分の手を重ね、握り方を調節する。

 強すぎず、弱すぎず。

 そんな絶妙な力加減は、結局手馴れてこなければ分からないものだ。


「やっぱり難しい――――料理っていうのは」


 レイは包丁にて野菜を切りながら、そうつぶやく。

 俺は野菜を押さえていた彼女の手から、自分の手を退けた。

 この押さえる力が強すぎても、弱すぎても事故につながってしまう。 

 包丁の扱い方も大切だが、それと同じくらいにこれも大切な技術だ。


「でもこの分ならすぐに上手くなるとは思うけど」


「そう? ならもう少し頑張る」


 レイの調理に関する手つきは、初めてということもあり危なっかしい。

 切った野菜の大きさもまちまちで、お世辞にも綺麗とは言えない――が、結局食べることができればすべて同じだ。

 一番大切なのは、最後まで作りきること。


「……申し訳ないな。こんな腕じゃなければすぐに俺が作るんだけど」


「ん、別にいい。私もテオがやっているのをみて、ちょっとやってみたくなってたから」


「そう言ってくれるから少しは救われてるんだけど……」


 俺は自分の右腕を見下ろす。

 そこには三角巾によって首で支えられた腕があった。

 添木とともに包帯でぐるぐる巻きにしてあり、今この腕は下手に動かせない。

 騎士団との一件の際、ブラムに踏みつけられたことで骨折してしまっていたようなのだ。


「ん、治療魔術師を呼べれば、そんな腕すぐに治るのに」


「仕方ないさ。ポーションだって入荷待ちなんだろ?」


「ん。最近怪我人が多いみたい。冒険者にも、騎士団にも」


「魔物の活性化ってやつか」


 ここ最近、レイは依頼で外へ出ることが多くなっていた。

 それはレイのファミリーメンバーであるカノンやアルビンも同じことのようで、最近はこの屋敷へ来ることも少なくなりつつある。

 それもすべて、魔物の凶暴性が増しているかららしい。

 

「魔物が凶暴になる時期は、稀にある。別におかしなことじゃない。でも、最近はやけに多い気もする」


「不吉だな……」


「普段、魔物が活性化しても治療魔術師やポーションが枯渇するような事態は起きない。それが起きてるってことは、今が異常ってこと」


 年齢は若くとも冒険者としてはベテランの域に入っているレイが言うのだから、今が異常ってことは間違いないのだろう。

 とは言え、俺の方からできることは何もないのだが――。


「次はいつ帰ってこれるんだ?」


「……三日後、とか? もしかしたらズレるかもしれない」


「そうか……思ったより先だな」


「ごめん。なるべく早く帰ってくるようにはする」


「いや、俺はただあんたが心配なだけだからさ。無事であるなら、いつ帰ってくることになったって構わないよ」


「ん……そう言われると、ちょっと嬉しい」


 そう言って、レイは小さく笑む。

 

 あれから、レイは冒険者としての仕事を熱心にこなすようになっていた。

 周りの人間との関係性を大切にし始めたというか……ファミリーメンバー内で共に依頼をこなしたりすることが増えているようである。

 人間関係というのはときに枷となるが、決して蔑ろにしていいものでもない。

 俺はレイのそういった変化が、素直に嬉しいと思う。

 

「こうして多めに食材を切ってくれるおかげで、簡単な飯の用意なら何とか自分でできるし……やっぱり外食が増えると、ちょっと罪悪感があってな」


「ん、どうして? テオだって楽をしたっていいと思う」


「ああ、別に気負っているわけでもないんだ。ただ習慣付いたことを突然やらなくなると、体がむずむずするってだけで」


 これまで毎日欠かさず料理を作ってきた身であるため、最近はかなりフラストレーションが溜まってきている。

 今日はレイの初料理を手伝うことで多少発散されているが、早く自由に料理を作れるようになりたいものだ。


「とりあえず今やってる作業を終わらせよう。また午後から出発するんだろ?」


「ん……ごめん」


「謝るなって。あ、洗濯物はちゃんと置いて行ってくれ。この前のはもう乾いているから、交換する感じで」


「ん、分かった。……ありがとう」


 レイが切ってくれた野菜類の一部を別の容器に移していると、彼女はそっと頭を俺の肩へと乗せてきた。

 先ほど風呂に入っていたからか、石鹸のいい香りが鼻をくすぐってくる。

 最近はこうして過ごすことが少なくなってきたからか、タイミングが合うたびにレイはよく甘えてくるようになった。

 肉体的疲れがあるような気配はないが、さすがのレイでも精神的には疲れているようである。

 早く活性化現象も落ち着けばいいのだが――――。


「ん、じゃあ、行ってくる」


「ああ。気を付けて」


 ブラムに壊されてから修繕の入った玄関先で、俺とレイは向かい合う。

 彼女の顔はかなり不服そうと言うか、だいぶ気は進んでいない様子だ。

 

「……レイ」


「ん?」


「落ち着いたら、俺にできることであれば何でも叶えるよ」


「え……?」


 レイがキョトンとした顔を浮かべる。

 

「いや、だいぶ気落ちしてるみたいだったからさ……何か普段やってること以外でできることがあればなって」


「い、いいの? いいの?」


「え? あ、ああ……俺にできる範囲になるけど……」


「じゃあ……膝枕してほしい」


「膝枕?」


 膝枕というのは……自分の膝に相手の頭を乗せるあの行為のことで間違いないだろうか。

 正直ここまで照れくさそうに言われるほど、俺の膝に価値があるとは思えないのだが――。


「いいのか? もう少しくらい難しい要求でも何とかなると思うけど……」


「いい。膝枕がいい。テオが膝枕してくれるなら、私はいくらでも頑張れる」


「……分かった。レイがそう言うなら、いくらでも貸すよ」


「んっ!」


 嬉しそうに頷いたレイは、そのまま振り返って俺へ背中を向ける。

 

「じゃあ、行ってくる」


「ああ、行ってらっしゃい」


 そうしてレイは出発した。

 予定通り三日で帰ってくることができればいいのだが、どうなるかレイにも予想がついていない以上、俺に判断できるようなことじゃない。

 どういう形であれ、無傷で帰ってくることを願うばかりだ。


「それにしても……膝枕か」


 何か予習しておくことでもあるだろうか?

 ――いや、ないよな。座って頭を乗せるだけだし。

 

「膝枕ですか、いいですわね。私も憧れます」


「そういうもんなのか……ん?」


 俺は隣へ視線を送る。

 そこには、黒いワンピースを着た銀髪の女性が立っていた。

 一見、雰囲気からレイと錯覚する。

 しかし、その瞳の奥から感じられる仄暗い雰囲気は、レイには決して存在しないものだ。


「……どうしてここにいるのでしょうか、ユイ騎士団長」


「いやですわ、そんな他人行儀な呼び方。お姉様のことを呼び捨てで呼んでいるのですから、私のこともユイと気楽にお呼びくださいませ?」


「それは……難しい相談ですね」


「あら、残念」


 リストリア王国第一騎士団団長――ユイ・シルバーホーンは、言葉とは裏腹にちっとも残念そうではない顔で、そう言うのであった。

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