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体調を崩しておりまして、更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
今後は毎日更新とはいかずともコンスタントな投稿を心がけていきます。
「……もう一度言ってくださるかしら?」
「嫌だ。冒険者はやめない」
「あ、あのですね、お姉様。今そういうワガママが言える状況ではないのです。お分かりですか?」
「でも冒険者はやめたくない。でも、捕まりたくもない。どうすればいい?」
「……そうでしたわ。私のお姉様はこういう方でした」
はぁ、とユイがため息をつく。
「――分かりました。今回は大目に見ましょう」
「ありがとう」
「その代わり、たまには実家に顔を出してください。お父様が会いたがっておりましたので」
「……」
レイはお父様と聞いた瞬間、複雑そうな顔を浮かべる。
しかし俺はそれどころではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺が言うのもなんですけど……本当にお咎めなしでいいんですか……?」
「良くはありませんわ。でも私はお姉様に折れていただく方法を知りませんもの。あなたは知ってるのですか?」
「い、いや――」
「なら仕方ありませんわ。力尽くで何とかしたくとも、それがレイお姉様相手では難しいですし」
第一騎士団の団長ですら、レイには敵わないのか……。
何はともあれ、結局はレイのおかげで俺たちは助かったらしい。
「はぁ、冒険者などと言う野蛮な仕事は卒業させて、さっさと実家に戻っていただくか、騎士団に入団していただこうと思いましたのに。思惑が台無しですわ」
「例え冒険者を卒業しても、それだけは嫌」
「んもう! 相変わらず強情なんですから!」
「ん、それはお互い様」
この二人、一見ただ会話しているように見えるが、その目はお互いを牽制しあっている。
どちらかが深く踏み込めば、その瞬間均衡が崩れ争いが起きる――そんな気配。
そして彼女らが一度争いを始めれば、少なくとも俺は一瞬にして塵と化すだろう。
「ふぅ、まあもうお帰りいただいても構わないのですが……テオ様、一つあなた様へ聞きたいことがあります」
「え……?」
「この男の処遇ですわ」
ユイ騎士団長が、足元に転がっていたブラムの背中を踏みつける。
それまで波風たてないよう黙っていたブラムは、ついに呻き声という形で声を発した。
「レイお姉様と関係を持った後のテオ様に手を出さなければ、このまま知らぬ存ぜぬで放置する予定だったのですが……罪が暴かれた以上、もう放置しておくことはできませんわ」
「放置ってあんた……団長なんでしょ!? 部下の管理だってあんたの仕事じゃないの!?」
カノンの言うことはもっともだ。
しかしユイ騎士団長は、彼女の言葉を鼻で笑う。
「私は別に騎士団長になりたくてなったわけではないですもの。お父様にそうなれと言われたからそうなっているだけです」
騎士団の魂などどうでもいい。
正義感などどうでもいい。
規則などどうでもいい。
彼女はそう俺たちに語った。
「私さえ良ければそれでいい――これが私のモットーです。異論はありますか?」
「異論しかないせいで言葉を失ったわ!」
「きゃっ! 野蛮なお人! 女性はもっと慎ましさを覚えるべきですわ」
「むきーっ! 慎ましさがあるように見えてまったくないあんたには言われたくない!」
――なぜだろうか。
二人のやり取りを見ていると、カノンがレイと喋っているときと同じテンポを感じる。
そこはやはり姉妹ならではのリズムがあるのだろうか?
「こんな女性の皮を被った猿は置いておいて、「はぁ⁉ ふざけんじゃ――」 テオ様、改めてあなたに質問をさせてください。この男、どうしたいですか?」
「……どうして、俺に聞くんですか?」
「あなたが一番この男に恨みがあるのでは? と思いまして。こちらで処分を決めてしまってもよいのですが、それではあなたの気が収まらないかと」
「……」
俺はブラムへと視線を落とす。
ブラムは俺を見上げ、まるで懇願するかのような視線を向けてきた。
「な、なあ、テオ? 俺はお前の上司だったよなぁ? 助けてくれるよなぁ⁉」
「……なぜ、俺があんたを助けなきゃいけないんだよ」
「ッ! 散々面倒見てやっただろうが! ここで俺に恩を返せよ! 恩をよォ!」
必死な形相のブラムの口から、つばが飛ぶ。
汚い。挙動的な意味でも、人間としてという意味でも。
「はぁ、黙りなさい、ブラム。あなたの意見は今求めておりませんわ」
「かっ――――」
ブラムがまた言葉を吐こうとした瞬間、彼の喉から血が噴き出す。
見えやしなかったが、どうやらユイ騎士団長が一太刀入れたらしい。
「死には至りませんが、二度と声を発することはできないでしょう。さあ、続きを」
「……じゃあ」
俺は考えていた。
どうすれば自分の気は晴れるだろうかと。
ブラムを殺す、それでは空しいだけ。
ブラムを牢へ入れる、これも何だかんだで、こいつは上手くやる気がする。
結局は思いつかなくて、俺は考え方を変えた。
ブラムが、もっとも嫌なことは何だろうかと。
そして俺は、思いついたのだ。
「ブラムを――俺と同じ目に遭わせてほしい」
「……ほう、具体的にはどういった内容を?」
「騎士団でもいいし、どこかの別の場所でもいい。まずは奴隷の首輪をつけさせて、誰かに従って生きる生活を、虐げられる生活を送らせてくれ。そうすれば自分が今まで【人】をどんな風に扱っていたのか、理解してくれるはずだ」
「なるほど、罪人奴隷ということですね」
足元で、ブラムが必死に首を横に振っている。
売られた奴隷は、自分が購入されたときの値段を稼ぐことさえできれば解放される。
しかし罪人奴隷は、どれだけ他人に尽くそうが解放されることはない。
その罪を償いきらない限り、死ぬまで奴隷だ。
そして今までのブラムの悪行を考えれば、三回生まれ変わっても奴隷のままだろう。
それだけの恨みを買ってきたはずだ。
俺は意図的にやつから目をそらし、ユイ騎士団長へと視線を戻した。
「分かりました。では今日中に彼を奴隷落ちさせましょう。その後はあなたとはまったく関係がないであろう場所にて役目を果たさせる――これでよいでしょうか?」
「……はい」
「では、そういうことで。もうあなた方にはお帰りいただいて結構ですよ。用は済みましたから」
そう言うと、もう興味はないと言った具合にユイ騎士団長は俺たちから意識を外した。
「――ぉ――――ぅ」
足元では、ブラムが涙を滲ませ俺へ怨嗟の視線を向けてきている。
声が出なくなっていても、言いたいことは分かる。
『殺してやる』――だ。
しかし何も恐ろしくない。
彼はもうどうしようもなく終わってしまった。
フェリスはともかく、この男と会うことは二度とないだろう。
そんなやつから何を言われようが、何かを感じるわけがない。
この男との縁は、完全に切れた――そんな確信がある。
俺は思わずレイと顔を見合わせた。
レイは一度息を吐いて、俺の方へ手を伸ばしてくる。
「ん……帰ろう、私たちの家へ」
「……ああ」
俺は彼女の手を取る。
そして、カノンが開けたであろう壁の穴へと歩き出した。
「――――ごめんなさい」
「っ……」
そのとき、俺たちの後ろから声がした。
目線を送れば、そこには地に頭をついたフェリスの姿がある。
彼女は地面に頭が埋まりそうなほど擦りつけ、涙を流しながら言葉をつぶやき続けていた。
「ごめんなさい……っ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……テオは、もう関わらないでって言ったのに」
レイの顔が不機嫌そうに歪む。
俺はそんな彼女の腕を引き、共に進むよう促した。
「もっと言い聞かせておかなくて、いいの?」
「ああ。向こうが関わろうとしてきても、俺が反応しなければいいだけの話だ。もう放っておこう」
「ん……分かった」
俺とフェリスの間にあった関係も、もうすべて終わったのだ。
いや、そもそも始まってすらいなかったのかもしれない。
フェリスだってそれを分かっている――と思う。
この行動だって、罪悪感で潰された心が最後の防衛本能として動かしているだけだ。
ここで許しの言葉を吐いたところで、彼女の心が救われるわけじゃない。
そして、救ってやる義理もない。
もう関わらない、これが正解のはずなんだ。
「……ありがとう、レイ。迎えに来てくれて」
「んっ、テオは私のモノ。もうどこにも行かせない」
「ああ。俺はあんたのモノだ」
手をつないでいる彼女の手に、力がこもる。
体はブラムによる暴力で軋むように痛むが、それよりも心が晴れやかに満たされていた。
「ふんっ、何よ、見せつけてくれちゃって! あたしらだってあんたを迎えに来たんだからね!」
「ああ、カノンもありがとう。嬉しかったよ」
「……ふん!」
いつの間にか隣に並んでいたカノンは、俺から大きく顔をそらす。
どうやら照れているらしい。わずかに見える頬が赤い。
彼女らとともに歩いていけば、アルビン率いるファミリーの面々が俺たちを迎えてくれる。
俺たちが無事であることを確信してか、アルビンは安堵の表情を浮かべた。
「アルビンも、そしてファミリーのみんなも……ありがとう、助かった」
「ふっ、無事ならそれでいい」
アルビンはそう言って小さく笑む。
そんな彼を、後ろに並んでいた冒険者たちがなぜかくすくすと笑い出した。
「……何を笑っている」
「だ、だってアルビンさん、『友の危機なんだ! 力を貸してくれ!』って必死な形相で俺たちに頼み込んできたのに、そんなすかした言葉で返すから……」
「なっ! なぜ今それを言うのだ!」
「だって面白いもんよぉ!」
真っ赤になって憤るアルビンだったが、ファミリーメンバーたちはお構いなしに笑う。
そしてレイもカノンもちょっと笑っている。
「よし、全員斬り殺してやる。そこに並べッ!」
「やべっ! アルビンさんがキレた! 逃げろ逃げろ!」
「逃げるな! 潔く斬られろ!」
悲鳴を上げながら逃げていくメンバーたちを、アルビンは剣を振り回しながら追いかけていく。
そんな様子を見て、俺も自然と口から笑みがこぼれた。
「いつか、ファミリーのみんなも含めて、まとめてお礼をさせてくれ」
「……ん、分かった」
俺はレイ、カノンとともに、訓練所をあとにする。
こうして、俺の清算は終わった――――はずなのだが、どういうわけだか、興味をなくしたと思っていたユイ騎士団長の視線が俺の背中に刺さっていた。
……どうやら、新たな縁ができてしまったらしい。




