5-8
「ふざけんじゃねぇ……っ! ふざけんじゃねぇぞ!」
ブラムが憤りを口から吐く。
その目は真っ直ぐ俺を睨みつけており、実際、体が動くのであれば今すぐにでも斬りかかりたい気持ちだろう。
「俺はブラム様だ……こんなところで終わる玉じゃねぇんだよ……それがテメェのようなクソガキがきっかけで落ちぶれるだなんて、あっちゃいけねぇんだよ……っ!」
「もう! あんたうるさいのよ! 結局はあんたの自業自得なんでしょ!」
「ぎっ!」
カノンはブラムの背中を踏みつける。
もっとやれ――とまでは言わないが、それを止める気は湧かなかった。
「あなたは、もう終わり。このまま大人しく牢屋に入るのなら、これ以上痛い目は見なくて済むけど」
ブラムを見下ろし、レイが告げる。
そうは言いつつも、彼女の表情は不満げだ。
懲らしめ足りないという感情が湧き出てしまっている。
そうしないのは、これ以上の暴力はブラムと同類になってしまうと思っているからだろう。
不必要な暴力は、等しく褒められたものではない。
レイはその辺りまだ冷静だ。
「俺が牢屋に? ……ああ、そうか。いいぜ、連れてけや」
「ん?」
「例え牢屋にぶち込まれてもよぉ、俺にはいくつもコネがあんだよ。生きてさえいれば簡単に出してもらえる。罪をすべてなかったことにしてから、改めてテメェらを……いや、俺に逆らった奴ら全員始末してやる!」
ブラムの高笑いが訓練所に響く。
散々悪どいことをしてきた男が、万が一のときの根回しを済ませていないわけがなかったか。
「ねぇ、やっぱりこいつだけはここでやっちゃわない?」
「……それは、私も考えた」
二人の思考が物騒な方へと向かっていく。
まあ、それも当然だ。
俺もそれより良い方法が思いつかない。
ここまで来ると、俺もむしろ冷静になってきた。
ブラムへの憤りが一周し、もはや呆れの領域へと到達している。
「ハハハハハハハッ! この世はなぁ、俺が勝つようにできてんだよ! 見ろ! あの宿舎には俺の上司がいて、ここの様子を今も見てる! ここでテメェらが俺を殺せば、今度こそ言い逃れができねぇ! 逃げたって世界中どこまでも追いかけて、必ず報いが襲いかかる! はっ! クズどもが! ザマァ見やがれ!」
「……上司って、」
どこにいるのよ――。
「は?」
カノンは、訝しげな視線で宿舎の方を見ていた。
俺もさっき自分を見ていた人影があったところへ視線を向けてみるが、そこには誰もいない。
「ば、バカな! あの人がここで裁くように言ってきたっつうのに……どこへ行きやがったんだ!? まさか、とんずらこいて――――」
「――人聞きの悪い。ちゃんとここにいますわ」
「っ!?」
ブラム、そしてカノンと俺の顔が驚愕に染まる。
この中で冷静にその方向を見ていたのは、レイだけだ。
一人の鎧をまとった女性が、ゆっくりと俺たちの下へと歩いてくる。
その女性が現れた瞬間、それまで血気盛んだった騎士や冒険者たちが、一斉に手を止めた。
皆が皆、圧倒的な存在感を放つ彼女へと視線を向けている。
騎士団にいる者であれば、この女性を知らない人間はいない。
俺は思わず彼女の名をつぶやいていた。
「ユイ……騎士団長」
「はい、皆様のユイ騎士団長ですっ。今日は皆様お疲れ様でした!」
そう言って手を合わせ、彼女はニコリと微笑む。
ユイ騎士団長――リストリア王国第一騎士団をまとめる、ブラムやフェリス直属の上司だ。
実力は知らない。
しかし、誰も彼女が負けたところを見たことがないと聞いている。
ユイ騎士団長は緩くウェーブのかかった銀髪を耳にかけると、視線をレイの方へと向けた。
ん? 銀髪――?
「あら、お久しぶりですわ。――レイお姉様」
「ユイ……こんなところにいたの」
「ええ。でも私はずっとあなたの噂を聞いておりましたわ。随分とご活躍なさっているようで」
レイお姉様?
よく見れば、二人の顔立ちはどことなく似ている――ような気がする。
しかし言われてみれば、という程度だ。
こうして対面してみて、ようやく俺も気づいた。
「ふふっ、そもそも騎士団の人間には名乗ってませんからね。改めまして、私の名前はユイ・シルバーホーンと申します。姉妹にしては似ていないのは、母親が違うからですわ。テオ様」
「て、テオ様!?」
「テオという騎士は死にました」
「なっ……」
「あなたは死んだ騎士とは違う、まったく無関係な同じ名前を持つだけの一般人。その方が都合が良いのではありませんか?」
俺は押し黙る。
ここまで見ていただけのことはあり、事情はすべて把握しているようだ。
ユイ騎士団長の言葉は、俺としてはありがたい。
しかし、彼女は得体が知れなさすぎる。
人の顔色を窺うことにだけは自信のあった俺も、一度たりともユイ騎士団長の心意を読み取れたことはない。
だから、俺の口は迂闊なことを言わぬよう閉じたんだ。
「何よ、こいつ……っ! レイと同じ匂いがする」
カノンの表情が歪んでいる。
俺もここまで近づいたことがないから知らなかったが、ユイ騎士団長も大概格が違う。
最年少で隊長になったのがフェリスだったら、最年少で隊長をすっ飛ばして団長になったのがユイ騎士団長だ。
その年齢、まさかの12歳。
現在19歳とのことだから、俺が入団したときにはすでに団長だった。
「ゆ、ユイ騎士団長! こいつら全員犯罪者です……っ! すぐに拘束を――」
「お黙りなさい、ブラム」
「ぎ――」
ユイ騎士団長が、ブラムの手の指を踏みつける。
嫌な音が何度か響き、彼は声にならない悲鳴を上げた。
おそらく人差し指から薬指にかけて折れてしまったのだろう。
「まったく、何のためにこれまであなたを泳がせていたと思っているのですか。すべてはこの日のためだったのですよ?」
「は、はぁ?」
「私はレイお姉様自らが攻めてくる、この状況を待っていたのです」
ユイ騎士団長は、レイの前へと歩を進める。
彼女らが放つ雰囲気のせいで、この場にいる人らは誰も動けない。
ただ、その様子を黙って眺めるのみだ。
「あなた方は、どういう理由があれど騎士団の訓練所に攻め込んできました。これは立派な犯罪行為です。私がいる以上、ブラムがどれだけ悪事を行なっていようが、その罪を消すことはできない」
「……」
「しかし、それを帳消しにすることも私には可能です。条件はありますけどね。その条件、聞きたいですか?」
「……早く言って。あなたは昔から回りくどい」
「ふふっ、そうでしたか? まあそれは後ほど話しましょう。あなた方へ提示する条件は、レイお姉様、あなたが冒険者を辞めることです」
ぶちりと、何かが切れる気配がした。
その気配の方へ視線を向ければ、そこには青筋を浮かべたカノンの姿がある。
「黙って聞いていれば……っ! あんたさっきから勝手なことばかり! 元はと言えばあんたの躾がなっていないからこんなことになったんじゃないの!?」
「きっかけはそうかもしれませんね。それ自体は申し訳ありません。ですが、ここに攻め込んできたのはあなた方の意志でしょう? 自らの行動には責任を持つ。これは常識ではなくて?」
「むっ! ぐぬぬ……」
カノンがまるで小者のように払いのけられてしまっている。
レイとはまったく違うタイプではあるのだが、やはり他人に有無を言わせないところが似ているようにも感じられた。
まともな感性を持っている人間では、到底適わないだろう。
「さあ、どういたしますか? レイお姉様」
「嫌だ」
これはかなり悩み込む場面だろう。
俺のせいである部分も大きいわけで、ここは何としても別の解決策を――。
――――ん?




