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5-6

 この国に住んでいて、レイ・シルバーホーンの名を知らない人間は誰一人としていないだろう。

 噂として広がっている伝説は数知れず。もはや歴史に語られる偉人と言っても差し支えない存在。

 そんな彼女が今、俺の前に立っていた。


「レイ……」


「ん、迎えに来たよ」


 冒険者たちが譲った道を、レイが悠々と歩いてくる。

 それを呆然と見ていた騎士たちだったが、いち早く冷静さを取り戻していたブラムが指示を出した。


「っ! 何してやがる! そいつは不法侵入者だぞ! さっさと取り押さえねぇか!」


 その指示が飛んだことで、ようやく騎士たちも動き出す。

 訓練されている者たち特有の動きで、瞬く間にレイは囲まれてしまった。


「――退いて」


 しかし、そんなレイの一言で異変が起きる。

 囲んでいた騎士たちの一部が、まるで意識を失ったかのように地面にへたり込んでしまったのだ。

 よく見れば、彼らは失禁してしまったようで、顔は恐怖に染まっている。

 倒れることを免れた騎士たちも、カタカタと震えまるで動けない。

 レイはそうして開いた道を、まるで何事もなかったかのように歩いてくるのだ。


「テンメェ! 何しやがった!」


「退いてもらっただけ」


「ふざけんじゃねぇ! これは立派な不法侵入及び暴行! 加えて公務執行妨害だ! ただで帰れると――」


「大丈夫? テオ」


 ブラムの声を遮るようにして、気づくとレイが俺の眼前に立っていた。

 彼女は俺の前にしゃがみ込み、目線を合わせてくる。

 正真正銘、いつも通りの彼女だ。


「あ、ああ……見た目よりはずっと元気だよ」


「ん……そう。少し安心。ここからはゆっくり休んでて。そんなにかからないで終わると思うから」


「……分かった」


 そうして、レイが立ち上がる。

 俺はレイをいつも通りと表したが、それは少し違ったかもしれない。

 どことなく、目の色が変わっていた気がするのだ。

 もちろん色味やそう言った話ではない。

 目つきとも言い換えられるだろうか? 要はなんとなくなのだけれど。


「て、テメェ……俺を無視してんじゃ――」


「さっきから、うるさい」


「へ――――」


 俺が瞬きをした一瞬。

 目を開いたときには、もうブラムの姿はそこにはなかった。

 遥か遠くで、崩れ去った倉庫が見える。

 あそこまでの距離……おそらく100mは越えている。

 

「これでしばらく静か」

 

 そう言いながら、レイは蹴り出した足(・・・・・・)をゆっくりと地面に下ろす。

 まさか――あそこまで蹴り飛ばしたとでも言うのだろうか。


「ぶ、ブラム隊長!? くっ……名のある冒険者たちは無理でも、一人でも多く賊を捕らえなさい!」


「「「はっ!」」」


 指揮を変わったのは、フェリスだ。

 フェリスはいまだ外壁周辺でたむろしている冒険者たちを指し、指示を出す。

 するとこの場にいる騎士全員が、彼らに向かって突撃を仕掛けに行った。


「一応……あたしだってSランクなんですけどぉ? 名のある冒険者だって自覚もあるんですけどぉ? 影が薄くてごめんなさいねぇ!」


 そんな騎士たちを迎え撃つのは、先頭に立ったカノンだった。

 カノンが腕を一振りすると、冒険者たちと騎士を隔てるかのように炎の壁が出現する。

 その出現に巻き込まれる形で、数名の騎士が大きく吹き飛んだ。


「この魔法……あなたはまさか、炎魔カノン!?」


「魔法使いっぽくない格好はしてますけどねぇ!? もっと早く気づいてくれても良かったんじゃないかしら!?」


 カノンはムキになって叫んでいるが、確かに魔法使いっぽくはないな。

 あとその二つ名みたいなのも初めて聞いた。

 さては全部レイに評判を持って行かれていたんだろうな。


「くっ……Sランク冒険者が二人も!? すぐさま増援を呼んでください! ここは何とかこの場にいる人間で食い止めます!」


「は、はい!」


 フェリスが騎士に連絡係の指示を出している。

 敵ながら賢明な判断だ。

 この場で彼らを止められる者など、誰一人としていないだろうから。


「アルビン、みんなに指示を。カノンは――――思いっきり暴れていいよ」


「仰せのままに!」


「大将に言われなくたって! そうさせてもらうわよ!」


 カノンが手に炎を灯す。

 その間、アルビンは自身の剣を高く振りかざした。


「お前たち! 話は聞いていたな! 俺たちも存分に暴れるぞ!」


『おぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!』


 待ってましたとばかりに、冒険者は騎士へと飛びかかっていく。

 そもそも完全にフォーメーションを崩された騎士たちは、その動揺も相まってまともに構えを取っていない。

 あっという間に冒険者になぎ倒されていく彼らを見て、指示を出していたフェリスが苦悶の表情を浮かべた。


「ど、どうすれば――」


「――――うおぉぉぉぉ! クソが!」


 そんなとき、崩れ去った倉庫の中から、瓦礫を跳ね除けてブラムが立ち上がる。

 彼は怒りに染まった顔で、レイの下へと駆け出した。

 見かけに見合ったタフさだ。


「こいつはここで殺す! ぶち殺す! そんでもって死体をめちゃくちゃにぶち犯す! 国に逆らったことを死んでからも後悔しやがれッ!」


「本当に、うるさい」


 ブラムが突進とともに振り上げ、そして振り下ろしてきた剣を、レイは瞬時に剣を抜いて受け止める。

 体格差はもはや二倍近いと言ってもいいはずなのに、真下で受け止めたレイはビクともしなかった。


「な、なにぃ!?」


「……あなたが、テオを一番傷つけた」


「うおっ!?」


 レイが剣を押し返す。

 それだけで、ブラムの腕が天高く跳ね上がった。

 

「あなた、いや……お前だけは、絶対に許さない」


 ブラムに対し、レイが数度剣を振る――――ように見えた。

 曖昧な表現を使ったのは、そのほとんどが俺の目には見えなかったからだ。

 三振りするところまでは見えたのだが、それ以降はまったく捉えられていない。


「あ、が……」


 ただ、三振りでは済まなかったことは確かだ。

 まずブラムの鎧に切れ込みが入り、バラバラになって地面に落ちる。

 続いて、彼の全身から血が吹き出した。

 腕、足、そして胴体に数カ所。

 様々な部位から血を流すブラムは、そのまま地面へと倒れ込む。


「足や腕の腱を斬った。死にはしない、けど、当分の間はほとんど動けない」


「ふざ、けんじゃ……ねぇ……俺は、ブラムだぞ、第一騎士団隊長の! ブラム様だ! こんなことしてタダで済むと思ってんじゃねぇ! この罪人どもが!」


「……お前こそ、分かってない」


「ひっ」


 うつ伏せに倒れ込むブラムの頭すれすれに、レイの剣が突き立つ。

 

「私たちは、冒険者。私たちは、自由。私たちは、己の心に従って生きる。私たちを縛るのは、国の決めたルールじゃない」


「な、何言ってんだ!?」


「だから、ここであなたを始末することになんの躊躇いもない。私は、そうしたい。でも、お前の生きている場所は私たちとは違うところ。だから――お前の大好きな法って概念で裁いてもらう」


「はぁ!?」


 レイが視線をカノンへ向ける。

 それに反応し一つ頷いたカノンは、俺たちのいる方へ誰かを連れてやってきた。


「まあなんと浅はかなことかしら。あたしら相手にこんな雑魚を置いていくなんてね」


「グェ!」


 カノンは、その誰かを地面へと転がす。

 それは騎士の格好をした男だった。

 ブラム隊の一員、俺も見覚えがある。


「こいつともう一人がレイの屋敷で待機してたのよ。ほら、あんたがさっきあたしらに説明したことを、ここで大声で説明し直しなさい?」


「うっ」


「早くしろ。あんたの大切なモノ、全部焼き払ってやってもいいんだからね」


「わ、分かった! 分かりました! 全部正直に言います!」


 カノンが顔に炎を近づけたことで、彼の心が完全に折れたことを理解した。

 そして彼は大きく口を開き、訓練所全体に聞こえるよう叫ぶ。


「四年前! フェリス隊長を襲ったのはテオじゃない! ブラム隊長だ! テオはそれを庇った結果、ブラム隊長に犯罪者に仕立て上げられた! テオは何も! 悪くない!」


 そんな一人の騎士の声が、訓練所全体を沈黙へと落とし込んだ。

 

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